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◆-1 「風船の中に入っているものは?」

ヒカミ・マツリが最初に滞在していた国は「春の国」と呼ばれ、春の陽気が永遠に続く緑溢れる世界だった。


緑といっても、その世界の木々の葉色は青緑が多く、原色の青や空色、淡い黄色から真っ白なものまであった。


その木々が覆う山々となだらかな丘が続く草原には見たこともない姿の動物が暮らし、昼間の空の色はほとんどが白く、そのさらに上空は時間帯によってさまざまな色に変化した。


また、至る所に点在する古い遺跡には不思議な力が宿り、神秘的な輝きを放ち、この春の国にはまるでメルヘン童話やファンタジーさながらの景色が広がっていた。



ここは異世界。

つまりマツリがこれまで生きてきた世界とは異なった世界である。



そんなカラフルで美しい山々と谷に囲まれた国の中心には大きな城があり、争いの無いこの世界では城壁を立てる必要もなく、大都市ほどの活気は無いものの、城下街にはのどかな風景が広がっていた。


人々の出で立ちや街の建築物はマツリが知るところの中世から近世ヨーロッパのものとよく似ている。

街の人々は素朴で人当たりがよく、突然街を訪れた他所者(よそもの)のマツリに対して親切に接し、笑顔で迎え入れてくれた。

さらには、小さいが住むには充分なほどの小屋も与えてくれて、食料まで分け与えてくれたのである。



      ◆ ◆ ◆



マツリがその街で暮らし始めて2ヶ月ほどたったある日。


街のはずれにある巨大な青い(モミ)の木のふもとに子供たちが数人集まっていた。

皆、後ろに倒れそうなほど仰け反り、よろめきながら木の上の方を見上げている。


というのも、この木はその高さが50m以上もあり、その幹の上方40m辺りに一緒に遊んでいた内の一人の女の子が誤って手放してしまった赤い風船が引っかかっていたのだが、いくらこの木は幹の色も鮮やかな空色で赤が目立つとはいえ、生い茂った枝葉が大きすぎて下からは風船が見えなかったからだ。



その位置が正確に解ったのはマツリだけだった。



子供たちは風船を見上げていたのではなく、風船を取りに行ったマツリが下りてくるのを見上げて待っていたのだ。



「取れたよー!」



上の方から声が聞こえ、すぐに木の枝の間をすり抜けるようにマツリが下りてきた。


枝の付け根から地上まで8mはあるだろうか、マツリはその高さから軽々とした動作でポーンと飛び降り着地した。



「はいコレ!もう手放しちゃだめだよ!」



そう言って風船を持ち主の女の子に渡すと、まさか風船が戻ってくると思っていなかった女の子の方も嬉しそうに礼を言った。


「ありがとう!」



子供たちは驚きながらも喜びはしゃいでマツリの周りを取り囲んだ。


「マツリねーちゃんすごいや!あんなに高いところ怖くないの!?」


「あんな高いところにまで飛んじゃったのにどうやって取ってきたの!?」



「連続ハイジャンプを繋いで…」



マツリはそう言いかけてから、ハイジャンプという耳慣れない言葉に子供たちがキョトンとしているのを見て言いかえた。


「あたし木登り得意なんだ!」



にっこりと笑ったマツリの服には葉っぱ一枚、汚れ一つ付いていないようだ。


そして木の根元に置いてあった黒いエナメルの生地に銀のラインが入ったショルダーバッグを取り、いそいそとその場を立ち去る準備をしたかと思うとピタリと動きを止め、一瞬、間を置いてから切り出した。



「ところでさ、この風船浮いてるけど中に入ってるの何?まさかヘリウムガスじゃないよね?あれ吸ったらダメだよ!」



「風船の中に入ってるのは「たんぽぽの綿毛」に決まってるじゃないか」


「そうだよたんぽぽだよ」


「へいむがーってなにー?」



さすがはメルヘン世界。この世界の常識はマツリの想像を遥かに超えている。


「へぇ…そう…たんぽぽ……?」


マツリは深く追求せずに取りあえず受け流した。

だが実際に見て体験すればその仕組みが解る範囲ではあった。


基本的な物理法則は自分の世界と何ら変わりはない。ただその法則を成立させる物がマツリのいた世界とは違うのだ。


空の色は青ではなく白、風船を浮き上がらせるのはたんぽぽ……

まるで難解なアドベンチャーゲームを解いているようだ。


しかし、そんな常識を目の当たりにするたびに驚かされはするものの、生活で重要な物のパターンはそう多くはない事が解ってきた。


あとはそれをどうやって自分の物理法則にコンバートするか、それ次第で対応は可能だ。




マツリの方も、つい会話に横文字を使ってしまうが、この異世界には英語も科学物質も存在しないので、ヘタに口に出せば子供はおろか、街の大人にさえ興味津々で意味を聞かれる。


そういう時は決まって、自分がこの国に来る前に住んでいた異国文化の言葉だ、と言って誤魔化すようにしている。



「じゃあ私そろそろ行くね!次の依頼が待っているから!」



マツリは良くしてくれた街の人達に何か恩返しができないかと考え、困っている人の依頼を無償で請け負う「何でも屋」をしていた。

今日は朝から子供たちが風船を飛ばしてしまったと泣きついて来たのである。


仕事の依頼は昼からだったので、その前に風船を取ってあげたのだ。

とはいえもうすぐ約束の時間。急いで街はずれに住むお婆さんの牛〈に似た生き物〉の世話に向かわねば。



マツリは子供たちに別れ告げて草原を走り出した。


ちらっと後ろを見ると子供たちが手を振ってくれている…わけではなく、みんなで草原を走り回りもう何か次の遊びを始めたようだ。女の子が持っている赤い風船がふよふよと弾んでいるのが見える。


風船がまた飛んでいかないかと少し不安だったが、ペースを崩さず走り続けた。



      ◆ ◆ ◆



そのまま走り続け丘を一つ越えたあたりでマツリは足を止め、歩き始めた。

これくらい走ればあとは歩いてお婆さんの家まで行っても間に合うだろう。




黄色と白の空のグラデーションと、なだらかに続く草原の丘の一本道を歩くマツリの姿は、まるで絵本の1ページのようだ。


しかしその表情は先ほど子供たちの前で見せていた明るいものとは違い、暗く浮かないものだった。




マツリにはこの世界の人達には見せていない、見せられない部分があった。


それは素朴で純粋な彼らには到底理解できない事だろうし、今はまだ上手く説明できる自信もなく、それを知れば皆が自分の事を嫌いになるのではないか、という恐れを抱かせるものであった。


しかし、それなくしてはこの世界で何でも屋は務まらない事も確かで、依頼は全て誰にも立ち会ってもらわずに、マツリ一人でこなすようにしていた。

先ほども子供たちの前では見られても構わない部分だけを見せ、うまく肝心な部分を隠せたはずだ。



何でも屋を始めてから今まで、様々な依頼をこなしてきた。


一晩で井戸を掘ったり、道を塞いでいる大きな岩をどかせたりと、不可能に思える緊急事態の依頼も、おとぎ話さながらになんなくこなしてしまうマツリを、街の人達は「力自慢娘」と呼び不思議に思いながらも頼りにしていた。


そして「力自慢娘」の噂は、今では城の王子の耳にまで届くほどになった。


マツリは「力自慢娘」という呼ばれ方にはかなり不満があったが、メルヘン世界の住人のボキャブラリーゆえ、まあいいいかと受け入れた。

平和なこの世界で自分にできる事はせいぜい人助けくらいなのだから、頼りにされる事は素直に嬉しかった。



一人になった時、マツリはいつも同じ事を考える。


そしてそのたびに思う。


自分を変えよう、と。



「前」の自分には決して戻らないという決意を心に言い聞かせるのだ。



「もうあんな生き方はしたくない……」



そんな(つぶや)きが、マツリの口をついて出た。


その言葉を言わせるのは、決まって同じ記憶を思い出している時だ。



マツリがこの世界に来る「前」に生きていた世界での最後の瞬間……。



赤紫のオーロラのような光の波と、それに包まれ消えてゆく仲間達。



四角形の粒子状に分解されてゆくマツリを見る親友「レンブリーナ」の歓喜にも似た、何かを促すような眼差し……




この世界は死後の世界なのだろうか。


それとも新しい人生の一ページなのだろうか。



どちらにせよ「前」の失敗を教訓にすれば方向修正は可能だとマツリは考える。


「…………」


――あまり落ち込まずに一からやり直そう――



マツリはいつも決まってこの物思いの最後をそう締めくくった。



      ◆ ◆ ◆



次回は城の王子〈子供〉の我が儘な依頼を引き受けるお話。

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