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◆-6 「怪物」その4

マツリは額の前で、巨大な光る両腕をクロスさせた。

ガチンッと、硬い金属がぶつかる音が響き、青白い光の破片が火花になって飛び散り腕の光が増す。


火花と柱の上に積もった綿毛の光が、足元に置かれたバッグの黒いエナメルの生地に反射する。

バッグのフタは空いている。マツリはここから何か取り出したようだ。


そのまま両腕を下ろし、足に力を込めると、軽やかに光たんぽぽのいる足場めがけて跳躍した。

光の腕の動きはその重さを感じさせず、マツリの移動のバランスには影響していないらしい。



降りた中央の足場では光たんぽぽが根を何本も上に振り上げ威嚇いかくし、攻撃態勢に入っている。

兵士達に槍を刺されたことで攻撃的になってしまったのだろうか。

いや、むしろこの攻撃性は、根に挟まっている赤い結晶の防衛本能の影響の方が強いだろう。


光たんぽぽは、回復する為に必要な自分の寝床に踏み込んだマツリを追い払おうとしている。



「かわいそうに…おまえはここにしか戻る場所がないのにね……」


マツリは少し悲しそうな表情を見せたが、それはすぐに真剣なものに変わった。



「でも…その結晶は危険なの」


握った光の腕の拳に力がこもる。



「返してもらわないと」


マツリの眼差しが鋭くなる。


左腕を突出し、手の甲を相手側に向けて右腕で脇を締め、拳法の型のような構えを取り、一歩も引き下がる気配はない。


それを攻撃の意思と受け取った光たんぽぽは、振り上げていた根を同時にマツリの体めがけて打ち込んだ。



ババババシィィンッ!!


鞭のようにしなった何本もの根がほぼ同時のタイミングで打ち下ろされた。衝撃で床に積もっていた綿毛の緑の光が舞い上がる。


だがそこにはもうマツリの姿はない。


根は石でできた地面を叩きつけていた。


その時、既にマツリの体は光たんぽぽの巨体の左前にあった。

両足の光のラインが作る残像が、根が撃ち込まれる寸前にマツリが高速で移動した事を表していた。


腕と足の役割を果たしている根の殆どを、前方に投げ出している状態の光たんぽぽのボディーはがら空きだった。



光の腕の左前腕部のパーツが腕の周りに沿って円を描き、モーターのように回転し、その光を増す。



だが、腕の拳は光たんぽぽに向かわずにマツリの進行方向の床に打ち込まれた。


マツリの体は急ブレーキをかけた状態になったと同時に、腕の回転パーツの遠心力でグルンと回転して瞬時に浮き上がり、光たんぽぽの頭上まで飛ぶ。


背面跳びの状態になったマツリの体は、根を戻せずにマツリの動きを追って真上を向いた光たんぽぽの頭を飛び越え、大きなバック転の形で背中側に回り込んだ。


更に着地の瞬間、背を向けた状態から、足が地面に着くよりも先に左腕を垂直に床に叩き込んだマツリの体は、またも遠心力で回転し、屈む形で光たんぽぽの背面に片膝立ちの恰好で向かい合う状態になった。



しかし、目の前には光たんぽぽの根の中でも一番太い「尻尾」があった。


光たんぽぽは俊敏にその尻尾をしならせ、マツリの真上から振り下ろす。



マツリは左腕を床に付けていたが、その右腕には力を込め、タイミングを待っていた。


少し開いた掌が瞬時に反応する。


尻尾が叩き落とされた衝撃波と共に綿毛が星雲のように吹き上がった。


緑の光の煙が晴れる。




振り下ろされた尻尾はマツリの右手に掴まれていた。


光の腕のパーツが幾つかスライドしながら組み変わり、シリンダーの形になると、巨大な掌に更に力が加わる。


その怪力は尻尾の動きを封じるだけではなく、それを力強く引き寄せた。


光たんぽぽはそれに抵抗し、引き寄せられまいと反対方向に力をかける。


尻尾は綱引きさながら、ピーンと張られた状態で動きを止めた。



尻尾の先端がマツリの目の前にだらんと垂れている。



光たんぽぽは体を引くのを止め、前方にある全ての根を背中側に向け打ち込んだ。



無数の鞭がマツリに迫る。



マツリのコートの胸の真ん中には、三角形で大き目のブローチのようなアクセサリーが付けられていた。


迫る鞭を前に、マツリは冷静な表情で、そのアクセサリーを素早く尻尾の先端に近づけた。



尻尾の先端には赤い結晶が挟まっている。



その結晶がアクセサリーに触れた瞬間、そこから眩い閃光が走った。


閃光は一瞬で光たんぽぽの全身を包み、その動きを止めた。


マツリの胸のアクセサリーが赤く発光する。

と同時に、結晶の輝きは明かりを絞るように消え、暗い赤になった結晶は小さな音を立てて床に落ちた。


その途端に光たんぽぽの体は、うなだれる様な形でみるみるしぼんでゆき、マツリの背丈と同じくらいの大きさになった。


全体がぼうっと白い光に包まれ、その根は石で出来た足場の床に根ざし、光たんぽぽはもはや動かない普通の植物となったようだ。



光の腕は、パーツ一つ一つが畳まれながら腕輪の発光部分に収縮されていき、そこに吸い込まれて消えた。

腕の上に浮き出ていた光のラインもネオンライトのように素早く点滅し、消えた。




マツリは床に落ちている赤い結晶を拾うと、少し強張った面持ちでそれを眺めた。


静かに脈打つように強弱を繰り返す胸のアクセサリーの赤い光は、この結晶からチャージされたエネルギーのものだ。



その三角形のアクセサリーは一辺が10cmの薄いプレート型で、赤い光を発している透明な材質の周りをシルバーの金属パーツが縁取っている。

マツリがこの足場に飛び移る前にバッグから取り出したのはこれだったようだ。



マツリは種が入っている光たんぽぽの蕾に手を伸ばして囁く。



「……ごめんね……」



      ◆ ◆ ◆




次回、◆-6 「怪物」その5に続きます。

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