◆-6 「怪物」その3
「あやつの頭の中に大きな種が入っておるのです!頭の蕾を切り裂けば取り出せると古文書に書いてありましたぞ!」
大臣はマツリに説明すると同時に兵達にも命令する。
「ええい、おまえたち!さっさと出口を塞がんか!」
光たんぽぽに叩き飛ばされた兵士達は皆、何とか動けるようだ。武器を手に数名ずつ分かれ広間の出入り口へと向かってゆく。
「ほれ、刃物が必要ならばそこに落ちている物をお使いなされ!」
大臣が指差した先には兵士が飛ばされた時に床に落とした短剣がある。
マツリはその短剣に見向きもせずに大臣に質問を返した。
「種を取り出したら光たんぽぽは死んでしまうんじゃないですか…?最後の一匹なら大切にしないと…」
「何をおっしゃる!最後の一匹だからこそ我が国の城の庭に咲くべきなのです!」
マツリは少しの間、無言で大臣の顔を見ていたが、うつむき加減に歩きだし、落ちている短剣の前まで進み、それを見下ろした。
「だからこの短剣で光たんぽぽを切り裂けと……」
もうひと押しとばかりに大臣が更にマツリを促す。
「その刃物では小さいというのなら兵に剣を持ってこさせましょう!」
何かを思い出しているかのような顔つきで短剣を見つめていたマツリは言う。
「武器はそれを使う者の心を試します…。使い方を誤れば武器はどこまでも凶暴になってゆく……」
「ああもう!分かりました、種を取り出すのは我々にお任せ頂こう!マツリ殿はあやつをもう一度下に叩き落としてくだされ!ですが皇帝への贈り物を持ち帰る手柄だけは譲れませぬぞ!」
マツリの言動が理解できない大臣は、とうとうしびれを切らした。
「王子のご依頼ですぞ!お断りなさるおつもりか!それに何でも屋なら依頼は何でもこなすのが当たり前ではありませぬか!?」
入り口の辺りで微かに兵士達の声が聞こえる。
「………………」
マツリは少しうつむき加減で考えると、決心を固めた。
「分かりました…。」
◆ ◆ ◆
マツリの足に浮かび上がる青いラインが光り、床を蹴ったマツリの体はそこから真上に飛び上がった。
柱を越えた辺りでぐるっと一周回転し、奴を探す。
いた!奴はまた中央の足場の上でじっとしている。
槍で受けたダメージを癒しているようだ。傷跡はもうほとんど消えている。
どうやら赤い結晶の効果のようだ。
マツリは瞬時に考察する。
――フルチャージが継続している……奴の生体エネルギーが結晶を通して循環しているんだ…あれを止めないと!――
マツリは近くの柱の上に降り立ち、下を見下ろして言った。
「大臣…あなたの考えは分かりました。」
「おお!分かっていただけましたか!では早く種を!」
マツリは目を閉じる。
「これから私がする事はただの自己満足かもしれません……でも…。私は決めたんです。同じ過ちは繰り返さないと。新しい生き方をすると。街の人達の暖かさと子供たちの純真さと…それに美しい景色が私の背中を押してくれました。」
それから目を開けて、少し大きな声でこう言った。
「まず自分が変わろうと思わなければ何も変わらないんです!」
マツリの目には強く決意が現れている。
「何を言いたいのかは解りませぬが、早く奴めを下に突き落としてくだされ~!」
大臣は掌を口元に当てて大声で言った。
大臣にはマツリの言葉の内容はどうでもいいようだ。
だが、それで良かった。
マツリは大臣に言ったのではなく、自分自身に言ったのだから。
声を聞き、近くにマツリがいる事に気づいた光たんぽぽは頭をもたげて再び動き出した。
マツリはコートの右袖をまくり、二の腕に付けているシルバーの腕輪に青い結晶を当て、つぶやいた。
「…ブレイスジェネレート…」
腕輪の円形のパネル部分に表示されたバーが、マツリの言葉に合わせて伸縮し、音声照合を完了する。
すると、両腕の肩から手の甲にかけて青白い光のラインが浮かんだ。両足のラインと同じものだ。
そのラインが瞬時に両腕全体を包み、それが膨らむように何かを形作る。
まくった袖は元に戻ったが、その光は物理的な法則を無視したものらしく、袖を透過して浮かび上がっている。
それは青白い光でできた巨大な腕、というよりも、ごつい手甲の付いたグローブのようで、マツリの腕の10倍の太さがあった。
その腕は、近未来的にデザインされたユーザーインターフェイスのデジタルアイコンのようなパーツが組み合わさっていて、不透明な青白い光の塊の部分と、クリスタルのように透明な光を放つパーツで構成され、二の腕の腕輪までを完全に覆い包んでいる。
ホログラフのようでいて機械的な造形の立体。しかし攻撃に特化した形状の光の鎧だった。
次回、◆-6 「怪物」その4に続きます。