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◆-4 「再〈構〉生-リアレンジ」その3



光は風に吹かれて流されてゆく。



―――きっとあれが光たんぽぽの綿毛だ!―――




その後に続くように無数の光が、谷に吹き込んだ風に舞い上げられて、青色の空間に広がった。


まるで蛍がパレードをしているかのような光景に、マツリは息を飲む。



一体どこから飛んで来たのだろう…?




「碧色神殿」といっても、見た感じでは神殿らしき物は見たらないようだが…。


何十メートルか先に大きな丸い岩が見え、その辺りにはより多くの光が集まっている。


近づいてみると岩の周りに壊れた神殿の入り口らしき跡がある。天井は崩れ去り、柱は途中で折れ、階段は水に沈んでいる。

碧色神殿はもはや遺跡となっているようだ。


丸い大岩の下に奥へと続く通路があり、その奥は緑色の光に溢れている。


――あそこに光たんぽぽが生えているのかな…。でもこの神殿崩れそう…。入った途端にこの大岩が落ちて来なきゃいいけど……――



マツリが不安に駆られつつも神殿の階段を上ろうとした時、綿毛の光に照らされて崩れた階段の隙間で何かがキラリと反射した。


かがんで近くで見るとその反射は小さな黒い塊のようだ。マツリは足元に落ちている綿毛を一つ手に取り、その塊を照らして見た。



「これは……!」



マツリが驚くのも当然だった。なぜならその塊は、ジェネレーガーによって分解された黒いキューブ状粒子だったからだ。

寸法は角砂糖より一回り小さいほどで、不定期に小刻みに振動しているようだ。


これは重要な手掛りになるに違いない。マツリはバッグから10cmくらいの長さの透明な採集カプセル〈丁度、薬が入っているカプセルを大きくした感じだ〉を出し、

それをキューブに近付け、カプセルの先端についている採集装置のボタンを押すと、ピンセットの様な4つのアームが飛出してキューブを掴み、カプセルの中に収納した。



これは仕事が終わってから調べる事にしよう、そう思ってバッグの中に入れようとした時、キューブが振動で震え、美しくカットされた黒い宝石の様に無数の光を反射した。



その煌めきを見たマツリに、また一つ記憶の映像が蘇ってきた。


このキューブは一体何なのか。


この「記憶」はそれを知っていた。


      ◆ ◆ ◆


真っ白な部屋。ここは研究室だろうか、壁も床もシステマティックにデザインされた机も、機材までも真っ白だ。

天井の四角いパネル型ライトの明かりが、部屋の白さを更に引き立たせている。


長身でメガネをかけた男がマツリに話しかけている。

事故が起こった時、あの部屋の制御室にいた男だ。



マツリは宙に浮かんでいる黒いキューブを見ながら男の話を興味深そうに聞いていた。

このキューブは一つの面に十字の溝が入っていて、サイズはマツリのこぶし大ほどある大きなものだった。


男の目は光がメガネに反射して見えないが、その表情は楽しげで熱心に語っている。



「つまりこのキューブは物体を分割したデータなんだ。これよりも更に細かく分解して保存しておいて、取り出すときは物体の元のデータに合わせて、パズルの様に全く同じにこのキューブを組み上げるんだ。これはまだ初期の実験段階で無機物にしか適用できないが、有機物でも理論は同じだ。」


男は垂らした前髪を掻き上げ、指でメガネを上げて興奮気味に言う。



「必ず人間でも同じように分解、結合が出来るようになる!そうすれば人体の保存に留まらず、次元間の移動も可能になるかも知れない!」



話を聞いているマツリはキューブを見つめ、何か言いたげな少し浮かない顔をしている。



「この理論を「再〈構〉生」と名付けて上にプランを申請してみる。上手く行けば更に研究資金が出るぞ!」



不安そうな表情のマツリが男を見る。


大型の黒いキューブは宙に浮かびながら沈黙を続けていた。



      ◆ ◆ ◆



そこでマツリの意識は現在に戻った。



キューブの振動は止まっている…



今見た記憶がマツリの表情を曇らせた。


――そうだ…私は前の世界でキューブに分解されて……この世界で再〈構〉生したんだ……!

そんな……もしそうなら…いや、そうとしか考えられない…――



この後、ジェネレーガーの研究は企業の営利目的の為に完成を速められ、「次元入れ替え理論」も装置の安定性も不完全なまま実用化試験が行われたのだ。



物体をキューブ状に分解し、別次元を通過させ、元の次元のどんな場所にでも再〈構〉生させて呼び出せる。

その際に別次元を通過した時間は移動時間に含まれない。


つまり、ジェネレーガーは当初の目的を変更され、瞬間移動装置として開発されたのだ。



だが、その時点で既にAI制御装置による計算で、事故が起こる可能性も指摘されていた。

幾つもエラーのケースが挙げられており、そのエラーはどれも深刻なものだった。



マツリはジェネレーガーの設計に関わっていたのではなく、ジェネレーガーがもたらす効果の被験者として参加していた。

その効果はコントロールを誤れば危険なもので、事故が起こればどういう結果になるか想像できなかった。


その事を身を以て知っていたマツリは、事故が起こる事を恐れて、この実用化実験を止めさせようとしたのだ。



あの時、ここで目覚め、谷を抜けた時に感じた不安は、自分の状況がジェネレーガーのエラーケースとして予測されていた、「キューブに分解された物体が次元を移動して再〈構〉生する可能性」のケースだという事を〈記憶の中では〉認識していたからだ。


そしてその場合、もと自分がいた次元に戻る為には、携帯電話機の通話のように両方の次元でジェネレーガーを起動させ、一方からもう一方のジェネレーガーの間を移動するしかない。



つまり、あの時マツリは「前の世界には帰れない」事を知っていたのだ。


思い出せていなかっただけで、実際に記憶としては覚えていた。それが「原因の認識できない不安」として現れたのだろう。全く持って不可解な話だが。



だが今それを思い出した事で、マツリはこの世界から移動する手段は皆無だという事を完全に知ってしまった。



前の世界では、例え複雑な装置でも制作の過程が研究所のAIに記録されていれば、専門的な知識がない者でも同じ装置を作成できるシステムがあった。


だがこの世界にはAIもジェネレーガーも無い。それどころか前の世界であっても、ジェネレーガーは試作品でシステムが不安定な為に事故で暴走したのだから、AIで再現しようとも完成品の効果は出せない。


そもそも、この世界にはジェネレーガーを造るための材料がない。

おまけにこの世界では物体に魔法のような作用があって、マツリのいた世界の常識が通用しない。



この世界にジェネレーガーが無い限り、ジェネレーガーを完成させられない。



こんな矛盾した条件を化学者でもないマツリがどうこうできるものではない。

はっきり言って、お手上げだ。




――この世界で生きてゆくしかない……――



それが現実だった。


マツリの気持ちは深く落ち込んだ。



だが、その落ち込みが「前」に戻れない事に対してなのか、ジェネレーガーを完成させられない事に対してなのか、それともあの部屋で起こった事故で自分が分解された事に対してなのかはマツリ自身にも解らなかった。


少なくとも、この世界に対してではない事は判っていた。この世界の事は気に入っていた。それは単に「前」の自分の存在も自分のして来た事も、知っている者はいないという理由もあるかもしれないが、マツリは単純にこの世界の人々の純真さが好きだった。




――悩んでいても仕方がない――



マツリは最近、落ち込むとそう考えるようにしている。



「今は仕事をこなそう!」



マツリは気持ちを切り替えるように声に出し、採集カプセルをバッグにしまい、自分を奮い立たせて神殿の奥へと進んだ。



      ◆ ◆ ◆



次回は、神殿の中で光たんぽぽの花を発見するも、困った事になるお話です。

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