◆-4 「再〈構〉生-リアレンジ」その2
出口に近づくと、光は谷を照らす太陽の光が当たる部分だという事が分かった。
影の濃さと日向の明るさから見てまだ日中だろう。
その先には狭い道が続いていて、そのさらに先には崖の岩と岩の合間から白く明るい空間が見える。あれは空だろうか。
この道を進めば谷を出られそうだ。
進みだしたマツリは次第に気持ちが高ぶってゆくのを感じた。自分の体に起こった事を一刻も早く確認する為にあの部屋に戻らねば。
谷を抜けるまでのもどかしさが更に足を速めた。しかしそれは同時に不安にも焦りにも似た感覚だった。
――この感覚は何だろう…?――
マツリにはその不可解な感覚の原因が何なのか解らなかったが、谷を抜けた時、その感覚は不安と焦り、つまりは「悪い予感」だった事が解った。
そこには見たこともない光景が広がっていた。
カラフルな木々がマーブルのお菓子を敷き詰めたように広がる森。
虹色から白にグラデーションする空。
――ここは……別の次元……?――
間違いであってほしい。
だが、背後の谷からマツリを押し出すように吹き付ける風の冷たさが、その光景が現実であることを感覚的に実感させた。
◆ ◆ ◆
以上がマツリがこの世界で目覚めた時の出来事だ。
自分が異世界に来てしまった事に戸惑い、その後暫くは前にいた世界に帰ろうと、あちらこちら探索してみたがその手立ては一向に見つからなかった。
手立てが見つかっていないのは今でも同じだ。自分の目的が思い出せたところで、帰る方法が解らなければ意味がない。
ジェネレーガーを完成させる為には前の世界に帰るしかない。
――……帰る……?――
「この世界に来た」といっても、実際は旅行のように来たわけではない。
この移動は一方通行……。
おそらくジェネレーガーの作用だろう。……と推測する。
まだジェネレーガーの理論は朧げにしか思い出すことができないが、そのシステムの基本である多次元リンクの影響の可能性がある……。
なにか重要な事が思い出せそうなのだが、そろそろ夜の時間になる頃だ。太陽が月と入れ替わり光の色は青い月光に変わる。
うっかりしていたが、それでは書物が読みづらい。ガイドにある光たんぽぽの項目は小さな字でびっしりと書いてあるため、今のうちに読んでおこう。
今、自分は仕事をしに来ているのだ。
書物の光たんぽぽの調査記録ページを見てみる。この書物の紙質はボール紙の様に分厚く、薄い黄土色をしており、糸で綴られたぞんざいな造りだった。
見開いたページの糸の綴りをまたいで文字が書かれている事から、恐らく紙一枚の状態で書いた後、本として綴ったのだろう。
本当に細かい字で書き込まれているが、よく読むと……
書いてある内容を要約するとこうだ。
~~光たんぽぽは花が綿毛になると明るい緑色に光る性質を持つ。三年周期で綿毛になり、光っている期間は三日間だけである。三日経つと光は消えてしまう。~~
「って…これ前に聞いた事しか書いてないじゃない!…いや、むしろ聞いた情報よりも少ないからこれ!」
マツリは「不思議な力」を持っているが、それをできるだけ温存していた。その力の源である結晶のエネルギーにはリミットがあり、一度使うとチャージに時間がかかるからだ。
ここがメルヘン世界とはいえ、奇妙な物や扱いには注意が必要な物もあり、特にこういった未知のエリアの探索は、アクシデントが起こり易い事を経験で知っていた。
突然のアクシデントに備え、「不思議な力」の使いどころは選ばなければならない。
だから光たんぽぽと碧色神殿について、少しでも多くの情報がほしかったのだ。
書かれている記録のほとんどは大臣率いる調査隊一行がこの碧色谷に辿り着くまでの道程を記したものだった。どこで休憩しただとか、昼食を取ったとか…。
道は川沿いに進んで一本道だし、取り立てて書いておくような内容ではないと思うが。
しかも、その時は谷を観光して帰ったと書いてある。光たんぽぽには目もくれなかったようだ。
更によく見ると…ページの下の余白に走り書きがある。
~~古文書を調べた私は、この光たんぽぽについて驚くべき事実を発見したが、それを書くにはこの余白は狭すぎる。~~
それがこの書物の最後のページだった。
「…………」
マツリの顔が絵にかいたような無表情になる。
「どこぞの定理かよ!だったらもう1ページ足せばいいじゃない!」
マツリの嘆きのツッコミが寂しく谷に木霊した。
◆ ◆ ◆
突然、辺りが暗くなった。日が沈んだようだ。どうやら午後7時を回ったらしい。
マツリが調査した結果、昼から夜に変わるタイミングは常に午後7時だ。〈午後という概念自体、この世界には無いのだが〉
陰に包まれている碧色谷は月光が届かず、かなりの暗さだ。水辺の位置は反射で大体解るが、気を付けないと滑って嵌ってしまいそうだ。
その時だった。やや強い風が吹いて書物が上に飛ばされそうになり、マツリは慌てて腕を伸ばし書物の端を強く掴んだ。
「…!!」
書物を掴んでいるマツリの腕の先の崖際に、ぼうっと小さな緑色の光が見えた。
次回、◆-4 「再〈構〉生」その3に続きます。