◆-4 「再〈構〉生-リアレンジ」その1
少し風が強くなってきた。谷を吹き抜ける冷えた風。マツリはその風に得体のしれない感覚を覚えていた。
~~白い岩石の地層で断崖がそびえ立つ谷。この岩は成分に青い水晶が含まれており、日陰になっている箇所が青色に光って見える。
また、日の当たる箇所は角度によりエメラルドのような緑色に煌めいている。~~
マツリは大臣から渡された書物のガイド文を読みながら谷を進んでいた。
断崖の高さは50m以上はあり、その中心を流れる川の流れは森と比べてかなり穏やかになっている。
普通は上流になるほど流れが速くなるものだが、この辺りが源流なのだろうか、小さな湧水の泉がちらほら見え、澄んだ水の底でも岩がエメラルド色に光っている。
そのまま風の吹いてくる方に進むと、開けた空間に出た。
碧色谷は交差するように並んだ断崖が重なり、すっぽりと日陰に包まれているために、谷全体がぼんやりと青く光っている。
「ここは…あの時の……!」
マツリは驚きを声にした。
そこには見覚えのある風景が広がっていたからだ。
マツリが春の国の街を訪れたのは、この世界に来てから2週間後の事だった。
それまではこの世界の事を調べながら、山の洞くつで生活していた。食料は主に、森で採れるフルーツを食べていた。
そのさらに前、この世界で初めて目覚めた場所…
それがこの場所だった。
吹き抜ける風がマツリが目覚めた瞬間の事を思い出させる。
◆ ◆ ◆
少しほほが冷たい……ひんやりとした風が当たっている。
サラサラと水の潺も聞こえる。
マツリは体をゆっくりと起こした。
「これは…!どうして…?」
〈どうして〉と確かにマツリは言った。
それはマツリには最後の瞬間の記憶があったからだ。
――そうだ…確か何かトラブルで事故が起こって……私は…体が分解されて……――
見た感じどこもダメージは無いようだ。黒い粒子となって分解されたはずの腕も足も元に戻っている。
――あれは…死……?――
では何故、自分は今ここにいるのだろうか。
そもそも、ここは一体どこなのだろうか。ここがどこなのかを確かめるために辺りを見回してみる。
岩山に水の流れ、見上げればそびえ立つ断崖。青緑色の景色。
――綺麗だな…――
マツリはほんの少し景色に見とれていたが、すぐに今はまず自分に何があったのかを把握せねばと、気を引き締めた。
――こんなに自然が残っている場所なんて、この「メガロタリス」にあったっけ…?――
マツリは立ち上がってみた。少し体が重いものの、動くのに支障はなさそうだ。
ふと気づけば、いつも着ていたフード付きのコートがない。あれがなければ困った事になる…
今の恰好は中に来ていたアンダースーツ姿。体にフィットしているタイプなので動きやすいが、これだけでは少々寒い。
とはいえ今はそんな事を気にしているよりも、事態を把握する為に最後の瞬間の事を詳しく思い出さなくては。
しかし、起こったことは覚えているものの、詳しく思い出そうとすると直前の会話も話した相手の顔も不鮮明になる。
だが、それでも確かに覚えている事がもう一つあった。
それは忘れようもない事だった。
これまで自分がどう生きてきたか、という事だ。
……ひどい生き方、だったと思う。
自分が生きてゆくために他人の命を犠牲にしてきた。
その必要がない時も深く考えずに周りに合わせて、流されるままに。
確かにそれしか選択肢は無かったかもしれないし、そマツリがそんな生き方をしてきたのには、そうなるべくしてなったという理由がある。
だが、それが誰かの幸せを奪っていた事に変わりはない。
一度疑問が生まれると、それはどんどん大きくなってゆき、マツリはそれまでの自分の生き方を否定するようになっていった。
しかしそれは、共に行動していたチームのやり方を否定するものでもあり、マツリは度々、チームのメンバーと衝突するようになったのである。
どういう集団で何をしていたのか、それはまだ思い出せなかったが、その活動が多くの人々の幸せを奪う行為だった事は、はっきりと覚えていた。
メンバーとの対立は激しくなり、それが原因で起こったトラブルが元で、マツリはメンバー共々、分解されてしまう事になったのだ。
覚えているのはそれだけだったが、きっかけがあれば他にも思い出せそうなことはあるのも確かだ。
聞いたことがある。ショックで一時的に失われた記憶は、自分と関係の深い人物に会った時や、印象深い場所を訪れた時に突然蘇る事があると。
――場所…?――
「そうだ、私のいた横穴式居住区に帰ればもっと何か思い出すかも!帰り道は…たぶんインフォで解るわ!
谷の出口だろうか、前方に見える明るい光に向かい、マツリは急ぎ足で歩き始めた。
体は大分軽くなったようだ。
次回、◆-4 「再〈構〉生」その2に続きます。