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明治あやかし譚  作者:
第一話 陰陽師十文字聖
3/15

3.



 広いリビングルームの中央には大きな机を挟んで長椅子が二脚。天井の照明にはシャンデリア。部屋の隅には暖炉があり、その上に瓶子型の陶磁器や漆と夜行貝で飾った螺鈿らでんの箱が飾られ、異国情緒に溢れていた。

 長椅子に座るのは、温和な表情をした壮年の男性。くすんだ金髪を後ろに撫でつけ口髭をたくわえている。アリアの父で貿易商のダグラス・エインズワースだ。

ダグラスは日本語で正面に座る日本人――十文字じゅうもんじ(せい)に挨拶した。

「ダグラス・エインズワースです。よろしく」

「十文字聖と申します。この度はお嬢様にお世話になりました」

 ぼさぼさの黒髪に薄汚れた蘭服、腰に直刀と妙な格好をした日本人だが、利発そうな顔立ちでなかなか見た目は良い。

 ダグラスは侍女に用意させた紅茶を淹れたカップを指す。

「日本の方の口に合うかどうかわからないが……よろしければ」

「いただきます」

 聖は笑顔で応え、カップを持ち上げる。するとダグラスの隣に座るアリアが日本語で解説した。

「紅茶って言うの。印度インドで採れる茶葉を発酵させて乾燥したもので、その茶葉は香りがすごく良いの。ちょっとだけ苦いけど美味しいよ?」

「お嬢様、力説せずともわかりますよ」

 肩をすくめて言うのはアリアの世話役であるヒルダ・キンドリー。ややつり目でスーツ姿の少女だ。彼女の言葉にダグラスも苦笑する。ちなみにヒルダの兄のエドワード・キンドリーは所用で席を外している。

 聖が紅茶を一口飲んだ。それをアリアは緊張の面持ちで見つめている。

 そんな主人にヒルダは眉根を寄せた。

 やがて、聖は柔らかく口角を上げた。

「美味しいです。日本の茶とはまた違う風味なのが楽しい」

「そう? よかったぁ」

 アリアはほっとしたように胸をなで下ろし、そして彼に質問をぶつけた。

「神戸には何が目的で来たの?」

「特に理由はないな。旅をしていてここに立ち寄っただけ。そしたらちょうど金も無くなって、空腹で倒れてしまった」

 聖は恥ずかしげに鼻の頭を掻く。

「アリアさんに会えたのは偶然だった。ほんと助かった、あなたには感謝しきれない」

「もうっ、お礼はいいから」

 今度はアリアの頬が朱に染まり、恥ずかしそうに胸の前で両手を振る。

 アリアは父親を振り返り、早口で話題で変えた。

「セイにね、日本のことを教えてもらいたいの」

「いいんじゃないか、別に。反対してもお前には敵わないからな」

「一言多い」

 文句を言うがダグラスは含み笑いを浮かべていた。そんな父親から目を離し、再び聖に向かう。

「神戸にはいつまでいるの?」

「急ぐ旅でもないし、あっ、でも金がないから困ってるけど」

「ならば、当分(うち)に居ればいい」

「「「えっ?」」」

 その発言はダグラスであった。他三人は目を丸くして彼を凝視する。六つの目に射抜かれるダグラスはいたずらっぽく笑みを浮かべた。

「日本人を邪険にするつもりはないよ。差別は嫌いでね。娘もよくなついているし、どうかな? 剣が扱えるなら娘の護衛役も兼ねて、ここに居ては」

「……」

 一同が唖然とした。

 思えば、ダグラス・エインズワースはアリア・エインズワースの父親。物好きな性格と突拍子もないことを考えるのはよく似ている。だからこそ貿易商として成功したのだが。

 だとしても、今回ばかりは文句の一つや二つ言いたい。ヒルダが口を開いた。

「旦那様、それはあまりにも短絡的では。この男の素性もわからぬまま、屋敷に置くのはいろいろと不味いです」

「……言葉はわからないけど、ヒルダさんの言いたいことはなんとなくわかる」

 彼女の言葉を拾ったのは聖だった。びっくりして振り返ると、彼は真剣な表情をしてダグラスを見つめていた。

「君も不満かね?」

「そういうのではなく……俺がここに居ても食費を浪費するだけで、俺はあなたがたに何もお返しができません。あなたがたに迷惑だけがかかる」

「お金のことは気にしなくていい。私はそれなりに稼いでいるのでね」

「俺はそういうの、嫌いなんですよ」

 聖は頑なだった。ダグラスがいくら言葉を重ねようと、決して首を縦に振らなかった。十文字聖は誠実で頑固な男だった。

 アリアも困ったようでダグラスと聖を眺めている。

「…………」

 押し問答が切れたとき、リビングに誰かが入ってきた。それはエドワード・キンドリーだった。なんともタイミングの良いときである。恐らく廊下で聞いていたのであろう。

 ダグラスが彼の登場にわずかに眉をひそめるが、エドワードは気にする様子もなく、主人へ歩を進める。これもエドワードの計算の内だろう。話が平行線のままでは時間の無駄だからだ。

 頭の回転が速いのは昔からだ。そういうところが、ヒルダは妹として苦手だった。

 エドワードは用件を口にする。

「旦那様、商品が届きました」

「あー、すまないな。エドワード」

「いいえ。……ジュウモンジさんもご覧になってはどうですか?」

 見るとエドワードは長細い布袋を大事そうに抱えていた。

 聖はそれに眉をひそめ、ダグラスはエドワードから布を受け取る。アリアが興味津々で身を乗り出した。

「これはなぁに?」

「ジュウモンジ君には馴染みがある代物だと思うよ」

 ダグラスは笑って布の紐を解いた。中から出てきたのは、打刀うちがたなであった。

 聖が持つ直刀ではなく、緩やかな反りを持った湾刀。刀身は三フィートを越えて、かなり大きい。頑丈そうな黒漆塗りの鞘に、柄には金色の如意宝珠にょいほうじゅをかたどった目貫めぬきが光っていた。

 聖は驚きを隠せないようでそれをまじまじと見つめている。ダグラスが無邪気に微笑みながら打刀を机の上に置いた。

「日本政府の官僚から譲り受けたものでね、その彼は金に困っていたので私が高値で買い取ったんだ。知ってのとおり、刀は外国人に人気なんだ」

 ダグラスは鞘を愛撫する。

「しかしこの刀も美しい。私のコレクションにしても構わないのだがね。どうかねジュウモンジ君? 日本人から見て、この商品は?」

「……」

 振り返ると、聖は怖いくらいに表情を硬くしていた。今までの柔らかな顔つきは嘘だったかのように消え、目つきを鋭くして打刀を睨みつけている。

「セイ、どうしたの?」

 アリアの硬い声音に、彼はハッとして顔を上げてすぐさま笑顔をつくる。

「すみません。刀はあまり詳しくなくて」

「そうなのか……残念だな」

「だけど、これだけは言えます」

 聖はすっと目を細めて、告げた。

「この刀は、今すぐ手放したほうがいい」

「え?」

 冷徹な言葉にアリアたちは声を失う。目を見開く四人に聖は淡々と言う。

「むしろここで処分すべきだ。これは……いけない」

「何を根拠におっしゃるのですか」

 厳しい口調のエドワード。それは日本語ではなかったが、聖は理解したふうに彼を見上げる。先刻から思うが、この男は人の感情を読み取るのが上手い。

 聖は変わらない冷たい声で一言。

「邪気を、感じる」

「ジャキ……?」

 アリアは言葉の意味がわからなかった。エドワードもダグラスも難しい顔をして黙り込んでいる。ヒルダは言葉がわからないから口が挟めない。

 彼らをよそに、聖は席を立つ。彼の態度がよそよそしくなったのは気のせいではないだろう。聖は帽子を被り、側に立て掛けてあった直刀を腰の剣帯に吊るした。

「別に欲しいなら構わないけど……忠告はしておいたから」

 失礼する、と四人に頭を下げて、聖はリビングを出て行った。彼は侍女の声に振り向きもせず、廊下へと消えた。

「…………」

 沈黙がリビングルームを支配する。ヒルダは気まずい空気に主人に声を掛けることができなかった。

「……ぇ、ええっ!?」

 最初に正気を取り戻したのはアリアだ。彼女は驚愕に目を見開き、立ち上がった。きょろきょろとあたりを見渡して、聖の姿がないことに再び驚き、呟いた。

「日本のこと、何も教えてもらってない」

「そこですか……」

 呑気な主人に、ヒルダはがっくりと肩を落とした。




 2016年2月15日:誤字修正

 

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