慣れ
火曜日の朝、すんなり村田が起きたのは
最初のうちだけだった。
だから美桜はチャイムを鳴らして
すぐにドアを合鍵で開け、声をかけずに家にあがり
一応ノックだけはして、寝室へ入るようになった。
「村田。朝だよ」
と感情をこめずに言いながらカーテンを開け、
布団に引っ込んでいく金髪を見る。
急いでいるときはここで布団をはがす。
まあ時間があるかな、というときは
「布団はがすよ」
と声をかける。
どちらにしても布団は、はがされる運命にあった。
美桜に遠慮がなくなると、村田も負けていなかった。
はがした布団をもう一度かぶる。
村田がその手に出てから、美桜ははがした布団を
べランダに干すことにした。
男くさい匂いも減って、一石二鳥だった。
「鬼~…」
とつぶやきながら、枕をかかえて寝ようとする村田。
「もう先に行くからね。」
美桜は言い残して、様子を見る。
大体起きてこないので、しかたなく村田を揺り起こす。
ここらへんで起きるのが、いつものパターンだった。
「村田、起きて」
という美桜の声から苛立ちしか感じなくなるので
限界だな、と察して村田は起きるしかなかった。
それでも起きないことが何度かあった。
しかたがないので、村田の目をこじ開けたことがある。
気持ち悪い変な顔になったので、もう二度とやりたくない。
しかも
「ふふふ、やめろよ~」
と村田は言って、
目を開けようとする美桜の手をにぎりしめて、
自分の胸の上に置いた。
そしてそのまま、また目を閉じた。
完全に怒った美桜は
「早く起きろ、バカ!」
と手を振りほどいて言った。
その時もだが、いつも村田がうれしそうに起きるから、
美桜はむっとしてしまう。
こっちは苛立ちの限界だというのに。
そして今日もソファでシャワーの音を聞いて待つ。
起こしているときは、
今日こそ待たずに先に学校へ行こうと思うのだが、
やれやれ、とソファに座ると
窓から見える景色に目を奪われてしまう。
村田のアパートは坂道を登った所にあって
行くときは疲れるが、窓からの外の眺めは最高だった。
今は新緑の季節。
鮮やかな緑の木々が太陽に照らされてゆれている。
青い空と緑のコントラスト。
どこまでも続く空の青さに引き込まれて
自分がどこにいるのかわからなくなる。
窓から外に飛んで出て、空に漂っているような感覚。
自分という狭い枠から離れるような、
そんな瞬間が美桜は大好きだ。
起きろ、このやろう、とか
もうここには二度とこねえ、とか
思ってしまった美桜の心が洗われていく。
「お待たせー。行こうか」
村田の声で美桜は現実に戻る。
「はーい」
すっかり苛立ちを忘れて、
普通の声で返事をしてしまう美桜だった。