英語
村田は机の上で脱力していた。
何とか今日も一限の英語に間に合った。
でももう限界だ。
入学して一ヶ月なのに、すでに二回も休んでしまっている。
もう一回休んだら、きっと単位はもらえない。
この状態であと11ヶ月。
先が長すぎて気が遠くなる。
…諦めるしかないのだろうか。
放心状態で眺める講義前のざわめきの中から、見慣れた顔が近づいてきた。
今にも閉じそうな村田の目が、少し大きくなる。
「おはよう、村田」
同じこの英語を選択している唯一の友達、美桜がきた。
「おはよー…」
美桜は今日も可愛いね。
この切羽詰まった状態でもそう思ってしまう。
「今日は更に疲れてるね。
やっぱり深夜のバイト休めないの?」
美桜は隣に座って鞄をおろす。
「うん…もう俺、英語無理かも」
村田は、美桜の肘まで伸びた長い髪を見つめながら嘆いた。
「ま、来年取ればいいじゃん」
さらっと言う美桜。
大変なことを簡単に言って…
「…美桜は冷たい」
さみしくないんだ。
俺は美桜がこの時間の英語を取るって言うから、取ったのに。
「しょうがないじゃん。起きれないんじゃ…」
美桜は鞄から教科書と筆箱を取り出したあと、何かが足りないらしく、鞄の中をのぞいている。
「…あ、ノート忘れた…。
どうしよう、今日あてるって言われてたのに…」
いつも冷静な美桜がめずらしく焦っていた。
ここぞとばかりに村田は飛び起きる。
リュックからノートを取り出し、パラパラとめくる。
「…はいこれ、先週美桜に写させてもらったやつ。
今日あたるのこれでしょ?」
「うわっ、助かる~ありがとう~」
こんなに美桜に感謝されたのは初めてかもしれない。
誇らしげに笑う村田。
ふと、あることを思いつく。
「美桜も友達がいたほうがいいでしょ」
「…うーん、まあ、ねえ…でもいなきゃいないで」
ノートを写しながら言う美桜の言葉を、気にも留めていないように村田は続ける。
「二人で力を合わせてがんばろうよ」
「…なにそれ、大げさ過ぎでしょ」
美桜はノートから顔を上げて見ると、村田が自分に向かって拝んでいた。
「お願いがあるんですけど…。怒らないでほしいんです」
敬語になる村田。
「怒られるようなお願いなの?…何それ」
嫌な予感がするが、好奇心が勝つ美桜。
「いや、優しい美桜なら怒らないと思う…。
ああ、でも…うーん」
「なに?逆に気になるから言って。怒らないから」
引き受けないかもしれないけど。
「あのさ…この授業の前に、俺を起こしに来てくれない?」
怒られるのが怖くて、美桜から目を背けて言う村田。
「うん?起こしに来る?」
「はい」
「…家まで来いってこと?」
美桜の顔は怒っていない。
少し笑っている。
美桜は呆れて笑ってしまったのだが村田は気づかない。
これはいけるかもしれない。
すかさず村田は土下座をした。
「お願いします!」
村田の金髪が床につくほど見事な土下座。
「土下座しないでよ。みんな見るから」
土下座をやめた村田は、椅子に座って頭を自分の膝まで下げた。
「…お願いします!」
「あのさ~…私も朝つらいんだよね…」
もう一度土下座をしようと椅子から降りる村田。
「わかったわかった。考えておくから…」
椅子に座らせようと、村田の腕をひっぱる美桜。
「ありがとうございます!」
村田はもう一度、頭を自分の膝の間まで下げた。
床に手が届くくらい、さっきよりも深く。