ガイテスの相棒
「活躍するぜ、まだまだこれからさ」
呟きながら彼はナイフについた血を拭き取る。
彼の使っているナイフは年代物で、もう傷がついてしまい、汚れも目立つ。
「だけどあの野郎達からは…いや、なんでもねえよ」
続けて話した彼も、ナイフを懸命に磨いている。
真っ暗な真夜中、彼らを照らしてくれるのはたった一つのランプと希望だけだった。
彼らは殺人を仕事としていたのだ。
彼らは誰かを殺そうとするのに抵抗はなく、また生きている理由も単純だった。
『伝説の食材を食べてみたい』
これだけだった。彼らが生きている理由はたったこれだけ。
しかし彼らはその伝説の食材に自分の全てのロマンを賭けていた。
殺人を続け、金を手に入れ、いつか巡り合う――
彼らはそれを想像しただけでも泣きそうになるほどだった。
「見つけたぞ!この屋敷だ!」
掛け声のような大声。それにざわつく人々の声。
さらにその数秒後には、銃声が鳴り響いた。
「チクショウ、特定されたか…」
彼らはその仕事の都合上、恨まれることが多い。
屋敷を特定されては逃げ、されては逃げの繰り返しだ。
そしてまた今回も逃げることは成功するものだと思っていた。
「おらああああ!」
カン!誰かがうった銃弾が壁を貫き、そしてそのまま標的の頭へ…
「お、おいシューマ!?」
頭からは血が出て、彼の意識は誰が見てもわかるほど朦朧としていた。
彼はここで死ぬのか。そんな事実を取り残されたものが認めるはずがない。
「おい、返事をしてくれ!」
「当たっちまったよ、ガイテス…俺はもうダメだ」
彼は閉じようとする目を必死に開け、それでも完全に開かない目に悔しさを覚えながら語った。
「ガイテス…お前が俺の分まで、食べてくれ…」
消え入りそうな声だった。ガイテスは唖然として声すら出なかった。
「伝説の食材を…」
ガイテスの相棒は、それ以来目覚めることはなかった。
「またか…またこの夢だ」
ガイテスは5年前の光景を目の裏に浮かべ、最悪の目覚めを迎えた。
もう5年も経っているというのに、心の傷は癒されるどころか、深まるばかりだ。
『活躍するぜ まだまだこれからだ』
彼が亡くなる前に言っていた言葉を思い出す。
彼は活躍することができなかった。
壁を貫通した銃弾が、運悪く彼の頭に当たってしまったからだ。
この時のことをガイテスは思い出し後悔し、そしてまた後悔する。救い様が有ったと思ったら、またそれに後悔が出てくる。後悔の連続だった。亡くなった彼。シューマはガイテスにとっての最大の友人であり相棒だったからだ。
2人はイケナイ大人達の間では有名で、また殺人を依頼されるのにも慣れていた。
依頼を失敗したことは一度もなく、史上最大のコンビと言われたこともあった。
だがしかし、当然恨まれることもあった。
彼らの命は何回狙われたかわからない。今だってガイテスが生きているのが不思議なくらい、彼らは有名になりすぎてしまったのである。
「伝説の食材なんて本当にあるのかね...」
彼は果たす事の出来なかった夢を、そしてこれから果たすべき夢を重ねる。
彼らの楽しみは食事だった。
それまで彼らは人生を楽しいと感じたことがなかった。なかったからこそ、できた仕事だったのかもしれない。
そして仕事を続けていくにつれ、食事が楽しみになってきた。それが伝説の食材を探し求めていた理由である。
伝説の食材は有名な故人が著書に残してある食材で、この世のどこかにあるものだという。
黄金に輝いていて、丸い形をしている食材らしい。
食べると、味は未知なる物、食べたものにしかわからないという。
ガイテスの相棒、シューマはそれにとても憧れを持っていた。
人生の何をやっても楽しくなかった男が、一つの食材にロマンを賭けたのだ。
そしてその夢は、叶わなかった。
彼の夢は、伝説の食材を2人で食すこと。
しかし彼はもう亡くなってしまっている。彼の夢は叶うことはできない。
だが彼は死に際にこう言った
「お前が俺の分まで食べてくれ」
これは彼の願った夢が現在も形を変えて進行している証拠である。
だがその夢は非現実的で、また叶えられそうになかった。
ガイテスには息子がいる。
そして息子にも、伝説の食材の事を話した。
息子の目が、輝いた。
シューマの願った夢が、また形を変えた瞬間だった。
ガイテスは病気で亡くなった。
家族は皆、目を合わせることがしばらくなかった。
だが、息子の目の輝きが消えることはなかった。
シューマの願った夢が、形を変えても継続した瞬間だった。
それから十数年後、ガイテスの息子によって引き継がれた夢は、また誰かに引き継がれていた。
そしてその夢を、実現できる時が来た。
伝説の食材を、手に入れることができたのだ。
男が、それをかじった。
ガイテスの相棒、シューマの夢が叶った瞬間だった。