05.
久々に聞くしょうもないバラエティー番組のぱっと名前の出てこない芸能人たちの声を耳にして、緩やかに意識が浮上してきた。
これなんだっけな。
番組名もふわふわとしか覚えてない。しゃべってる芸人のコンビ名もいまいち思い出せない。
でも、なんだか良い。
生きていた頃に見て聞いたっきりだったから懐かしいような気もする。
言うほど死んでからたってないのにな。変なの。
ふふん、とちょっと上機嫌に目をうっすら開けた。
テレビに出ていてもおかしくないようなイケメンが、テレビをつけながらまったりなにかを飲んでいた。
部屋にいるイケメンにいまだに一瞬ビビるが、
そうだ。イケメンさんが引っ越してきたんだった。
どうやら今日からテレビがつくらしい。
これは私も嬉しい。
彼が引っ越してきてしばらくがたつ。徐々にいろいろ使えるようになってきたのだ。
もともと荷物の多い方でない彼はすぐに片付けも済んだ。
片付け終わるや否や彼女でも連れ込むのでは、とひやひやしたが、落ち着いた今でも彼はこの家に彼女らしい人どころか人をあげることはなかった。
彼の家族も見たことないが、息子の新居には来ないものなのだろうか?
世の息子と親の一般的な考えもわからないし彼の家は放任主義なのかなーなんて思って深く考えなかった。
その後も彼は誰一人として家にあげることはなく、数ヵ月がたった。
実に過ごしやすい。
彼しかいないから無駄に気を張らなくてもすむ。
彼に迷惑をかけないようにのんびりと過ごすだけで良いのだ。
彼の見ているテレビを見たり、彼が学校に行っている間にこっそり漫画を拝借したこともあった。
彼はセンスが良いのか彼の部屋においてある漫画はどれも面白い。
今の幽霊生活は生前よりも快適なのでは、と思えるほどである。
このまま彼にも、そして誰にも気づかれず迷惑もかけずにのんびりまったり過ごせれば良いのに。と、甘い考えを持っていた。
その日の天気予報は曇りのち雨だった。テレビの示す降水確率は60%ほどで、窓から見える空は雲はあるが雨が降るとは思えない程度であった。
私ならこんな朝の天気予報はうっかり聞き逃して、どたばたと支度して慌ただしく学校に出掛けていただろう。
しかし、しっかりしている彼はちゃんとそれを見ていたらしく朝食を食べて薬を飲んだ後、傘をもって出ていった。
見たところ市販の風邪薬みたいだ。風邪気味なのかもしれない。ここ最近少し顔色が優れていない気がしなくもない。
「…いってきます。」
いってらっしゃい。
彼は家に誰もいないと知りつつもいつもこうしてきちんといってきます。と言って出ていく。
それには答えるのが筋というものだろう、と私も毎朝こっそり心のなかでは返すのだがそれがどこか寂しげな彼に届かないのは淋しかった。
今日も今日とてごろごろしながら彼のもっている本や漫画で暇を潰していた。
やはり彼の選ぶものはどれも面白くてついつい時間を忘れて読み耽ってしまっていたようで、気づいたときには時計の短い針は5を指していた。
ふと窓から外をみると結構雨が降っている。
彼は部活動をしていないみたいだからいつもはだいたい今の夕方頃に帰ってくる。
今日もそろそろ帰ってくるだろう、と思ってそそくさと漫画や本を片付けた。
だがいつも通りの時間に彼は帰ってこなかった。
高校生だし遊びに行っているかもしれないが今まで友達の気配を少しも感じさせなかった彼に私は心配してしまう。
事故とかにあっていないだろうか。
今朝の顔色の悪い彼を思い出して胸がざわざわと落ち着かない。
その時に彼が帰ってきた。
よかった、と安堵すると共にビックリして思わず彼に駆け寄ってしまった。
確かに今朝傘をもっていったはずの彼はなぜかびしょびしょに濡れた姿で帰ってきたのだ。
しかも部屋に上がる足取りはふらふらしていて危ない。
シャワーを浴びる気力もないのか彼はゆっくり部屋着に着替えるとのろのろとベッドへむかい寝てしまった。
彼が寝たことを確認して顔を伺うと見るからに赤く、熱があるようだった。
多分その行動をするのに躊躇いはなかった。
コップに水を入れて、棚から風邪薬を出してベッドのすぐそばのサイドテーブルに置いた。
そしてハンドタオルを濡らして、彼の顔の汗を拭ってから額におこうかと思っていたときにあることを思い出した。
幽霊は生きている人間に直接的なことをできるんだっけ?
お姉さまはしなかった。
できるかどうかはわからない。
やって良いことなのかもわからない。
だが、私は
ええい、緊急事態じゃ。やってしまえ。
とベッドのそばに座り、彼の顔の汗を拭い額にタオルを置いた。
あっさりできた。
なんだ触れるのか。
心なしか彼の顔が少し楽そうになった気がする。
思わず手を出してしまったが、これは仕方のないこと。熱が下がっていつも通り彼が大丈夫そうになったら私もこれまで通りにしていれば良いだけだろう。
もしかしたら起きても意識が朦朧としていて私のやったことに気づかないかもしれないしね。
とにかく、今日は彼は動けないだろうからやれることはやってしまおう。
食べ物は食べられるかわからないからやめておいて、起きてすぐシャワーにはいれるように着替えでも出しておくか。
と立ち上がった。
「ありが、とう」
驚いてベッドにうずくまる彼をみると、頬を赤くしていて眼も焦点がいまいちあっていないがなんとか意識はあるようすだった。
彼に私は見えていないのに、見えない気味の悪い得体の知れない幽霊の私がやった勝手なお節介に、彼はしんどいだろうにお礼を言ってくれたのだ。
こんなに熱を出してたった一人で寂しいだろうに。
私がここにいるからね。
いろんな感情をごちゃ混ぜに、
最初で最後。と決めて私は自分の手で直接彼のふわふわの頭を撫でた。
彼は安心したようにゆっくり目を閉じて眠りについた。