04.
結果からいうと、今、私の目の前にはイケメンさんがいらっしゃっている。
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朝引っ越し業者のお兄さんたちがえっさほいさと家具を持ち込んできて昼前には帰っていった。
そして私はその後これからどうするのかを考え出していた。
じきに来ると行っても最短で明日ぐらいだろう。
と、たかをくくって。
それがどうだ。
今はおやつの時間である。
下見にも、引っ越し業者のお兄さんたちに家具の位置の指定にも来なかった新しい住居人が今すでに目の前にいる。
それはもうすごい不意打ちだった。
私が武将ならあっけなく死んでいたに違いない。
玄関の方から人の気配がしたと気づくときにはもうすでに遅かった。
咄嗟に腹をくくってせめてもの礼儀ッ!と正座をして待ち構えたが、入ってきたのは生前に関わったことのないほどのイケメンだった。
なんだこいつは。
これが私の彼への第一印象である。
そんな不意打ちに私が練れた対策などあるわけもなく、結局丸腰で新しい住居人へと挑むことになってしまったのだ。
思い返せば下見なしで引っ越し業者が来たことだって十分不意打ちだった。
これまでの幾多もの不意打ちで幽霊である私を戸惑わせ、混乱へ導いた元凶はまたもその面構えで私に不意を打ったのだ。
もしかすると新しい住居人は幽霊に対し不意を打つことが得意なのかもしれない…
と、新しい住居人、もといイケメンさんをみる。
女性が嫉妬しそうなほど綺麗な肌。ぱっちり二重。
ふわふわとした軽やかな髪の毛。
天使のような外見をして不意打ちを得意とするとは中々侮れないやつである。
うぅむ…と唸りながらイケメンさんを眺め、冒頭へと戻る。
入ってきたときには顔の方に気をとられてしまって気づかなかったが、彼は旅行鞄を持っている。
これはもしかしなくても"今から"住むってことじゃ…
そんな前住居人など見えているはずもないイケメンさんは荷物を置くなり段ボールの中身を棚や何やらに片付けはじめた。
とくに何もできない私はこのイケメン顔に慣れるべく見つめることにした。
どうせ相手に見えてないんだし。穴が開くほど見つめてやる。
それにしてもなんだか申し訳ない。
せっかくの一人暮らしだというのに彼に私は見えていないとはいえ、私にはすべて丸見えというプライバシーもなにもない状態だ。私としては新しい住居人がこれほどのイケメンさんだと思わなかったが、とても眼福である。
女の子がきたならお姉さまのように仲良くできたらなー、とは考えていたがよくよく考えてみると普通の女の子ならこんな曰く付きの所になんかそうそう住まないだろうし、なにより私がお姉さまのように世話を焼けるはずがない。
なんてことに今更ながら気づいた。
イケメンさんがきただけ私はとても幽霊として恵まれているんだろうな。
まぁ比較する他の幽霊がお姉さま以外いないのだが。
ボーッと目の前の整った顔をなんともなしに考えながら見つめていると、たまに居づらそうに彼が身動ぎした。
わたしの視線を感じているんだろうか。
得体の知れない幽霊からの視線など感じたくなかっただろうな…と少し同情する。
見ているのは私なんだけどね。
しかしここへ曰く付きと知りながら下見もせず引っ越してきたのだ。それくらいのこと覚悟しておいてもらわねば困るぞ。イケメンよ。
だが、せっかくやって来た住居人がしかもイケメンがすぐに去っていってしまうのも惜しく感じる。
私は目を彼の顔から荷物の方へうつした。
ぱっと目に入ったのは学生服。
このイケメン、学生なのか!
しかもこの制服見たことあるぞ、これこの辺の学校の確か…割りと頭が良いところだったような……
顔がよくて頭もいいとはなんて奴だ。まさか運動もできるとかそんなんだろうか、
と、もう少し荷物を見回してみる。
けれどなにか部活動で使うような道具のようなものは見当たらなかった。
でもこいつ運動できるだろうな、だって細そうに見えてしっかり筋肉がついているのがわかる。
さっきから重そうな教科書や参考書の束を軽々と移動させている。
新しい住居人はチートイケメンであったか…
ふと、ある可能性が頭をよぎった。
こいつ、彼女いるんじゃね?
どんどん彼に対しての私のなかでの扱いがイケメンさん、からこいつ、と雑になっているが本人にわかりもしないし長い付き合いになるかもしれないのだ。
気を使っても仕方ないと考えた。
閑話休題。
彼に彼女がいるとなると私としては少々辛い。いや大分である。
生前の私は彼氏いない歴=年齢、親しい異性は父しかいない。好きなことは読書。というあまりにも恋愛とは無縁の生活を送ってきた。
そんな私が目の前でイケメンと彼女にいちゃこらしているところを見せつけられるなど会心の一撃どころの騒ぎではない。
しかも彼は高校生だ。思春期だ。思春期の男子高校生が親のいない一人暮らしの家に彼女を連れ込むなど、そ、そんなのは……
天使のような風貌の彼がそんな肉食獸に変貌するところは、それはそれでたいへん美味しく眼福ではあるが、他人のそのようなことは目の当たりにしたくない。
さてどうしたものか。
今度こそ私は真剣に考えはじめた。
まず、彼に既に彼女がいた場合。
これが一番危険だ。どうしようもないと言える。
目の前でいちゃこらされるならさっさと成仏して極楽浄土へ行きたい。
しかし今までの感じをみるに自分では成仏できない。未練もとくにないのだが、お坊さんにお世話にならなければいけないのだろうか。
そうなると彼に私がここにいることを知ってもらわねばならなくなる。
ここには女の幽霊がいますよ、
と知ってもらわなければお坊さんを呼んでもらえないだろう。
気づいてもらうには私がなにか彼にわかる物理的な動作をしなければならない。
彼は多分生前の私ほど第六感が鋭くない。
だからきっと私が突然物理的な動作をしようものならビックリして怖く感じるんじゃないだろうか。
恐怖はできれば味わせたくない。トラウマになりかねないのだ。
うーん、出来れば私が彼に気づいてもらうために物理的な動作をする、というのは最終手段にしておきたい。
じゃあ、彼に彼女が今いない場合。
これが一番私の望むパターンだ。なにもしなくていい。
もし、友達以上恋人未満のような女の子をつれてきた場合は心苦しいが彼やその女の子の恋心がまだ花咲く前に些細なイタズラをして諦めてもらう他ない。
今みる限り、彼の荷物のなかに女性の使いそうなものは見られないから最初から同棲している、という可能性は消えた。
ひとまず安心していいだろう。
いつのまにか窓からはオレンジ色の光がさしていて、彼も片付けの方が一段落ついたようだった。
私も考えが一段落したところだしちょっと休憩。
久々にいろんな出来事があっていろいろ考えて疲れた。
幽霊だってなんだかんだ考えてて大変なものだ。
なんて思っていると少しずつ睡魔が襲ってきてあとは明日考えればいいか。と私はそのまま眠気に身を委ねて意識を手放した。
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※誤字訂正しました