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第五話 文明の機器

「実は――、」


 自分の身に起こった出来事を、誠治はルナスに話して聞かせた。

 自室にいたら女神イネスを名乗る女性が現れたこと。確証はないが、恐らくその女神にミズガルズに召還されたこと。気付いたら見知らぬ祭壇の部屋にいて、その場にやって来た長衣の少女にいきなり抱きつかれたこと。その後、騒ぎに気付いた近衛騎士に頭を殴られて気絶させられ、この牢獄に囚われて今に至ること。


 嘘偽りなく、誠治が真実を全て述べると、ルナスは要領を得たとばかりに首肯する。


「なるほど、冤罪の原因は大方察しました。それで、殿下があなたに接触を許した理由は一体?」

「多分、僕を誰かと見間違えたんだと思うんですけど……“セドリックお兄様”って言ってたから」


 セドリックという人物には誠治も聞き覚えがあった。

 セドリック・ランゲイ・アルヴァーヴ。確か、アルファーナ王国国王ラドンの次男に当たる王子であったはずだ。

 『異界大陸シリーズ』ではアルファーナの第二王位継承者として知られるが、正義感溢れるその気質ゆえか、国軍を率いる一軍の将まで兼任しているとゲーム内の人物名鑑で紹介されているのである。


 まさかそんなカリスマ王子と自分が見間違われるなど、誠治は驚くばかりだが、次にルナスが放った言葉によって彼はさらに驚かずにはいられなかった。


「ふむ。殿下の仰っていた内容と一致しますね。確かに、あなたは若かりし頃のセドリック様によく似ている」

「え……そうなんですか」


 自分を試したような質問に虚を突かれながらも、セドリック王子に似ていると肯定したルナスに対して誠治は純粋な驚きに目を見開き、そして呆然とした。


「無論、瓜二つとまでは言いませんが……。姫様も、象形が似ているというだけで見ず知らずの殿方に胸を預けるようなお方ではありません。今のあの方は、少し気を病んでおられる……」


 王女の事が気がかりなのか、ルナスの視線は一時誠治の目を離れて虚空を見つめた。


 誠治には王女の精神がどのような状態であるのか知る由もないが、一つだけ定かであるのは、その姫様に抱擁されて至近から見つめられた時、その目が心ここにあらずといった様子だったことだけである。

 金髪の少女の悲しみを帯びた面影を思い出して空想に耽ける。しばらくしてルナスが咳払いしたので、誠治は俯いていた顔を上げた。


「質問に戻ります。それで、あなたが“異世界からの来訪者”という話ですが、これについては一体何処までの信憑性が?」 

 

 異世界というよりはゲームの世界なのだが、それを伝えたところで相手が正しく理解してくれるとも限らないので、とりあえずは“異世界からの来訪者”ということにしておいたのだ。

 ここが人によって作られた世界なんて、説明してもどうせ信じてくれそうにないと誠治は確信していた。体験した当の本人が未だに曖昧なのだからそれも仕方ない。そもそもここはゲームの世界なのだろうか。目の前に対峙しているルナスもそうだが、NPCと仮定するにも人間味がありすぎる。

 となれば、この世界が3Dの仮想空間であるという可能性は捨てざるを得ない。テレビ画面に映った女神のリアル映像を含め、ここはまったく別次元に存在している本物の異世界か、あるいは誠治が想像する以上に完成度の高いバーチャル型MMORPGなのだろう。

 

 とにかく、いま誠治が成るべきことは身に降りかかった容疑の潔白を証明することである。

 誠治はこの世界に対する考察をしばらく頭の隅に収め、自分が異世界人だと証明できる証拠物を探すことにした。


「この服とかじゃ、信じてもらえませんかね」

 

 誠治は着ていたジャージ(上下緑色)の上着を摘んでルナスに見せる。

 誠治がいつも寝着に使っているものだ。それほど有名じゃないメーカーの安物だが、少なくともミズガルズの住人たちが着用するどの着物よりも精巧な品だと自負できる。

 

 ルナスは目を細めて誠治のジャージに目を通すが、さほど良い印象は得られなかったようだ。


「さ、触ってもいいですよ。肌触りとか、全然違うと思うし…!」

「…………では、失礼」

 

 ルナスの手がジャージの袖部分に触れる。

 指で擦ったり、引っ張ったりしてしばらく感触を確かめているうちにルナスの表情が段々と変化していくのを誠治は見逃さなかった。


「ね? 違うでしょう? 繊維のきめ細かさとか、質の伸縮性とか……」


 すかさず服の特徴をアピールする誠治。

 いつだったろうか。誠治はかつて、妹から「服装のセンスが絶望的」と批判されたことがあった。

 「別に、着れたら何でも構わない」というのが彼の総合的な感想だが、まさか異世界で自分の寝巻きジャージの出来をこんな綺麗な女性に自慢する日がやって来ようとはまったく予想だにしない誠治である。

 相手の真剣さも相まって恥ずかしさのあまり爆死しそうになった頃合、ジャージの観察を終えたルナスがようやく口を開いた。


「……確かに、服の質としては今まで感じたことの無い感触です」

「それじゃあ…」


 ようやく信じてもらえたか。そう期待して表情を明るくする誠治。が、ルナスは首を振って拒否を示す。


「証明のための証拠としては決定的とはいえませんね。もっと、あり得ないものを示してもらわなければ」

「そんな事言われても……」


 誠治は戸惑った。

 着の身着のままこっちに飛ばされたので、他には何も持ち合わせがないのだ。

 いっそ握っていたゲーム機のコントローラーも一緒にこちらへ召還されていれば……。悔しさに打ちひしがれる誠治。しかし、無実を証明できなければ牢獄で刑期を過ごさなければならないという現実に直面してすぐに気持ちを切り替える。


 ――そして奇跡が起きた。


「うん?」


 ジャージのポケットをまさぐっていた誠治はふと、その指先に当たった固い何かに触れて奇妙な声を上げた。


「どうしたのです?」


 誠治の異変に、正面で見守っていたルナスも疑問の声を発する。

(まさか……)


 半ば確信して誠治がポケットに入っていたものを掴んで恐る恐る引き抜く。

 自然物ではあり得ない固い黒のフォルムを持つそれは、何を隠そう、誠治の携帯電話スマートフォンであった。

 メールを確認した後ベッド脇の机に置いたはずなのだが、どうやら無意識のうちにポケットに仕舞い込んでいたようである。


「これ! これならどうですか!」 

「なんですか、それは……」


 思わぬ証拠物の登場に嬉々とする誠治の奥で、ルナスが興味津々とばかりに身を乗り出して誠治の携帯を見つめる。

 隠して得になるわけでもないので、誠治は取り出した携帯をルナスに手渡した。

 地球人類の最先端とも言うべき精密機械である。これで駄目だと言われたら、誠治はこの世界をゲーム運営会社の企みだと決め付けるより他になくなるだろう。


「僕の世界の、通信技術の結晶です。携帯電話って言うんですよ」

「ケイタイデンワ?」

「あ、えーっと……この世界であるところの伝書鳩みたいな役目をする機械のことです。あ、機械って言ってもわからないか……。なんて説明すればいいのかなぁ……カラクリ仕掛けの小箱? 違うなぁ」

 

 なにせ普段から馴染みのある道具だから、そもそも誰かに使い方の説明をする機会がないのだ。

 わかりやすく伝えるためにはどうすればいいか、そんなことを考えながら首を捻る誠治をルナスはじっと見つめる。

 それから彼女は手元の小さな機械に目をやって、しばらく考える素振りを見せてから口を開いた。


「伝書鳩ということは、知りたい情報をすぐに伝達できるというわけですか。これでそれが可能だと?」

   

 「それだ!」とばかりに誠治が指を弾く。

 

「はい! その小さい機械を使えば情報伝達が一瞬で出来るんです。後、凄く遠く離れた人と言葉を交わす事もできたりとか」


 ルナスの表情が驚きに包まれる。

 まさかそんな凄い機能がこの細い板に詰まっているなんて……。携帯を食い入るように見つめるルナスの顔からそんな内心の声が今にも聞こえてきそうだ。


「……では、その一瞬で出来る情報伝達とやらを実際にやって見せてください。そうすれば、あなたが異世界人だと信じましょう」

「あーいや、それはちょっと無理かもです、はい……」


 ばつが悪そうに頬を掻く誠治に、ルナスは怪訝そうに眉を顰めた。

 

「何故です?」

「一つだけじゃ駄目なんです。同じ型のものが二つ揃って初めて通話が可能になるから……それに、この世界じゃインターネット環境もないし」

「??」


 またしても聞き慣れない単語を言われ、ルナスはわけがわからず首を傾げる。

 そもそも電話という概念すらないのだから、この反応は当然であると言えた。だがこのままでは到底納得してくれそうになかったので、誠治はとどめの一撃とばかりに携帯の電源をオンにする。

 途端、それまで黒一色だったタッチパネル式の液晶画面に色鮮やかな光が宿り、ルナスは首を後ろに引いて大仰に驚いた。

 それでも携帯を手放さなかったのは、他人ひとからの預かり物という責任感が自制を促したからだろう。

 

「明かりが突然……!? こ、これは…妖術か何かの類ですか?」

「いやいや、ただ内蔵されてるバックライトが発光してるだけですよ。まあ、とりあえず見ていてください」


 多機能型携帯電話の長所といえば、その名の通りバリエーション豊富な常備機能の搭載に依るところであろう。

 カメラ機能は元より、音楽再生や動画の閲覧、メモにスケジュール管理に、電子辞書からゲームまで。それら全てを大体の説明を交えながら(勿論説明を聞くルナス本人はまったく理解できていなかったが)、誠治は自分が異世界人であるという証明のために必死になって話した。


 するとその熱っぽい話口調が相手にとって狂気に映ったのだろう。ルナスは息も吐かずに話し続ける誠治の前に手を出して説明を中止させると、もう参ったとばかりに椅子を引いて立ち上がった。


「わ、わかりました。もう十分です。あなたの所持品は確かにこの世に存在しないものですし、あなたの語りも偽物ではないといま確信しました」

「そ、それじゃあ、信じてくれるんですか? 僕が異世界人だって」


 誠治の確認の問いにルナスは首肯する。


「異世界人云々は別として、あなたが女神イネスに召還されたという話は信じてもいいでしょう。そのケイタイデンワという神器、確かに道具としての利便性は我々の想像を絶するところです」

「神器ってほど大袈裟なものでもないけど……まあいいか」


 どんな形であれ、向こうが納得してくれるのであれば誠治には構わなかった。

 結果よければ全て良しともいうし、無実を証明できたのであればそれに越したことは無い。

 


 鉄の鍵が回され、ガチャという重厚な音を響かせて誠治の手を拘束していた枷が地面に落ちる。

 手枷をはめられて一時間程しか経っていないというのに、両手にかかる負担が相当だったのか手首が赤く腫れていた。

 手首を回して関節に異常がないか確かめつつ、誠治は手枷を外してくれた看守に礼を述べる。


「どうもありがとう」

「…………」

 

 口を横一文字に閉じる看守は何も言わず淡々と仕事をこなしていた。

 誠治との会話を避けているというよりか、単に上官の命令を遂行しているだけのようだ。恐らく私語は厳禁なのだろう。誠治の手枷を外し終えた看守は上官である看守長に敬礼をした後、口数少なく報告を済ませて早々に取調べ室を後にした。

 

 入れ替わり、傍で見守っていたルナスが誠治に近づく。


「これであなたは自由の身です。平常通りであれば、このまま釈放して街に送り返しても良いのですが…」

 

 ルナス・サーフィア将軍曰く、どうやら昼間の『祭壇の間の事件』について、王女が誠治に対して直々に謝りたいと申し出ているそうだ。

 しかし今夜はもう遅いので、明日また機会を設けるため、泊まる宿の代わりに領城内の一室を特別に誠治に貸し与えてくれるらしい。誤認逮捕の詫びも込めて取り計らってくれるらしいが、一番の理由は彼のジャージ姿にあった。


「せっかく釈放されたというのに、その格好で城下をうろつかれて街の歩哨に捕まりでもしたら元も子もありませんから。ひとまずは今日一晩、この領城から一歩も外に出ないでください」

 

 そう誠治に釘をさした後、ルナスは自己紹介をして誠治に握手を求めた。

 囚人から不審者に格上げになった誠治に対する見解を改めたのか。初めて自分から名乗った女将軍を意外に思いつつも、誠治も手を差し出して名前を名乗る。


高良たから 誠治せいじ。高良が姓で、誠治が名前です」

「タカラ、セイジ……」


 ルナスはしばらくその名前を口の中で呟いた後、ふと何かを決意するような眼差しを浮かべてその琥珀色の眸で誠治を見据えた。


「この者なら、あるいは……殿下のお心を救う救世主となり得るだろうか……」


 ルナスの小さな独り言は、誠治の耳にも確かに届いていた。

 その意味をなんとなく理解した時、彼の頭の中にもう一つ別の声が反芻する。



『貴方は滅びゆく運命にある小さな国を、未来永劫栄えさせる覚悟はありますか?』  

 


 それは自室にて、女神が誠治に語りかけた質問だった。

 今思えば、誠治がその質問を肯定するような答えをしてしまったのが何もかもの原因だったのではないだろうか。

 一見何か裏がありそうな謎掛けのようで、その本質は正真正銘の問いかけであった。

 

(まさか、な……)


 自分がここにいる理由も、もしやその覚悟とやらを試すためにあるのではないか。

 晴れて自由の身になった誠治であったが、その心には先の見えない言い知れぬ不安に厚い暗雲が立ち込めていた。

     

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