情報と契約
どうもお久しぶりで、す……。
えっと……その……。
すみませんでした!!
約二ヶ月も投稿に時間を掛けてしまって、申し開きもありません!
どうか寛大な心で赦していただけますでしょうか?
何卒ご理解お願い致します。
……えっ、ちょっと待って! 見限らないで!
あ、さっさと本文を読ませろ、ですか。
ではどうぞ。
拠点に辿り着き、テントの近くで全員が座った。ケルブは優平の隣に立ち、ハクは反対側に伏せた。
なお、優平は先程厚手のコートを貸してもらったのだが、未だにハクに寄り添っている。
ただ、このコートが小さなリュックサックから出てきたことに、優平が驚いたのは余談である。
全員が話をする体勢になったところで、耳の尖った女性がおもむろに口を開いた。
「まずは自己紹介からしましょうか。私の名前はエレナ・セリネール。冒険者ギルドに所属していて、『エターナルトラベラーズ』というパーティーの一員よ。今はリーダー代理、普段は副リーダーをしているわ。種族はエルフよ。よろしくね」
そう言い、エレナは微笑んだ。
「なら次は俺だな。俺の名前はタルゴス・ヘロイライ。種族はコボルトだ。気軽に話し掛けてくれて良いぜ」
タルゴスは満面に笑みを湛えた。
「私は、マリアンナ・ユリディ。ケットシー。……よろしく」
マリアンナは必要なことだけを口にした。
「マリアンナは無愛想だけど、本当は優しいのよ」
エレナが透かさずフォローを入れた。しかし、マリアンナは不満顔だ。
「無愛想で悪かったわね」
「マリアンナは綺麗だから大丈夫だぞ」
「煩い」
タルゴスは誉めたが、即座に黙らされた。
「仲が良いんだね」
『ユウヘイ……。まあそれは置いておくとして、こちらも自己紹介をしよう。私の名前はケルブ。竜神であるベオバハター様の使いだ』
ケルブは優平に注意しようとしたが堪えた。そして名乗ったが、その時の〝竜神の使い〟という言葉を聞き、エレナたちは驚きを顕にした。
しかし今回もそんな空気の中で優平が話し始めた。……更に大きな爆弾を伴いつつ、だが。
「じゃあ次は僕とハクだね。僕は愛場優平……いや、この世界に合わせるとユウヘイ・アイバかな。ユウヘイって呼んでね。異世界から来ました。そしてこの子はハク。僕の友達だよ。これからよろしくね」
優平は笑顔で言い切ったが、周りはそうもいかなかった。そんな状況の中、エレナは恐る恐る掠れた声を発した。
「異世界って……嘘よね?」
「嘘じゃあないよ。ケルのことが気になって追いかけたら、この世界に着いたんだ」
『……これは事実だ。私がベオバハター様に人を連れてくることを頼まれて、ユウヘイを連れてきた』
優平にすぐに答えられてケルブにも肯定され、エレナたちは嘘ではなさそうだと感じた。
「……あまりに突拍子もなさすぎて信じにくいが、信じるしかないか」
「そう、みたい」
「私、頭が痛くなってきたわ」
タルゴスとマリアンナは信じることにしたが、エレナは完全には受け入れられなかった。
「大丈夫?」
「……はあ。もうどうでも良いわ。信じないことには話が進みそうにないし」
優平のずれた言動に、エレナは投げやりになった。
「話は変わるけど、そのハクって子のことを友達だと言ってたわよね。契約はしているの?」
マリアンナが一応という感じで訊ねた。
「ほえ? 契約? 何のこと?」
「「「…………え?」」」
しかし、優平は何のことだか全く解っていなかった。
「冗談……だろ。契約もしないで魔獣、それも気性の荒いブレジードウォルフが、こんなに大人しくしているのか?」
タルゴスは信じられないというような感じで呟いた。
「本当に頭が痛いけど仕方がない、私が説明するわ。契約とは、人と魔獣などの間で結ぶものよ。簡単に説明すると、結ぶ前に契約内容を決めて血を交換し、魔力的な繋がり、魔力ラインを作ることで成立するの。そしてその契約を結んで主になったものを魔獣使い、従うものを従魔と呼ぶわ」
「それじゃあその契約をすると、どうなるの?」
優平はもう少し詳しいことを聞いてみた。
「私もそこまで知っているわけではないんだけど、魔力ラインができることで相手の大まかな位置を知ることができるようになるらしいわ。他には、言葉を使わずに簡単な意志疎通ができるんだっけ?」
「言葉を使わずに意志疎通……テレパシーみたいな感じかな? どの程度までの内容を伝えられるの?」
「うーん、戦闘の時に連携を取りやすい、って聞いたくらいだから解らないわ」
エレナは曖昧なことしか教えられなくて、申し訳なさそうな顔をした。
しかしすぐに何かを思い出したのか、声を上げた。
「あ、それと条件は解らないけど、お互いに特別な力が宿ることもあるみたい」
「本当に!?」
並べられた利点に、優平は目を輝かした。
しかしその時、タルゴスが忌々しそうに口を出した。
「但し、契約内容を絶対服従なんてもんにして、命令に逆らえないようにしているやつもいる。俺はそういうのは……許せねえ」
「そんなの酷い! 皆自分の感情や意志だってちゃんとあるのに!」
タルゴスが吐き捨てるように言った言葉に、優平は即座に反応した。そして強い憤りを覚えた。
「やっぱり、ユウヘイはそんなことする心配はねえか」
「まあ大方大丈夫だと思ってたけど、そこまで強く怒れるなんて意外だったわ」
「ユウヘイは、優しいね」
そんな優平を見てタルゴスは安堵し、エレナは驚嘆し、マリアンナは表情を和らげた。
「当たり前だよ。だって僕は動物が大好きだからね」
優平はハクを撫でながらそう言った。
その物言いに、タルゴスは吹き出した。
「っく、ははっ。ユウヘイにかかれば、ブレジードウォルフも動物か」
「だから何が違うの?」
優平は素直に思ったことを口にした。
「いや、全然違うだろ」
タルゴスは皆の思いを総括して突っ込みを入れた。
しかし優平はどこまでいってもマイペースで、一つの頼みごとをした。
「そうだ。契約のやり方を教えてもらっても良い? ハクと契約したいんだけど」
そんな優平に全員少し呆れたが、エレナは悩む素振りもなく返した。
「ええ。でも無理やり契約したら駄目よ?」
すると優平は自信満々に言った。
「それは大丈夫だよ。だって許可はさっきもらったから」
「……それ、どういうこと?」
マリアンナが恐る恐る訊ねた。
「普通に会話して聞いたけど。集中すると動物の言葉が解るんだ」
「冗談か?」
「本気だよ」
タルゴスの問いにも優平はすぐに答えた。
「はあ。私もうユウヘイのことを理解できる気がしないわ」
ケルブがエレナたちを見兼ねて助け船を出した。
『ユウヘイはそういうものなのだと考えた方が楽だぞ』
「ケル、その言い方酷くない?」
『気のせいだ』
ケルブは優平の不満そうな目線を受け流した。
「まあ教えるのは良いけど、聞きたいことがまだまだあるから、全て聞き終わってからにさせてね」
「もちろん! 全然大丈夫だよ!」
優平は一転して喜色満面だ。
エレナは一度頷くと、ケルブに向き直った。
「さて、それじゃあケルブ……一応確認という形を取るけど、〝竜神の使い〟という言葉に偽りはないのよね」
『ない。異世界人であるユウヘイがここにいることが、一番の証明の筈だ』
ケルブが断言したが、エレナは頭を抱えて告げた。
「だから、異世界人ということも、竜神の使いということも両方信じられないのよ」
『ふむ……なら、ユウヘイ。何かこの世界にはなさそうなものを持っていないか?』
「この世界にはなさそうなもの?」
優平は突然そんなことを言われて戸惑ったが、頷いてバッグの中からデジタルカメラを取り出して、立った。
「これはデジタルカメラって名前なんだけど、一瞬で画像……絵っていった方が解りやすいかな? を残せるんだ」
「それ、本当?」
マリアンナが疑いの目を向けてきた。
「本当。実際に撮るから、そこに三人で並んでくれる?」
そう言われて三人は立ち上がり、エレナを中心に並んだ。
「じゃあいくよ。はいチーズ!」
その掛け声と共にシャッター音が響いた。
「うん。ばっちり撮れたから、こっちに来て見てね」
優平はそう言ってデジタルカメラの液晶パネルを向けた。
「すっげえ……本当に残ってやがる」
「…………嘘じゃあないんだね」
エレナは驚きすぎて、何度も口をぱくぱくと開閉している。
「おーい。エレナ?」
「え……ああ。もう大丈夫よ。ありがとうね」
優平が声を掛けることで、エレナは正気に戻った。
『ふむ。これは私も想像以上だったが、だからこそ信じてもらえるだろう』
「そうね」
マリアンナが真っ先に返事を返したことに、エレナは少し驚いた。
「こんなこと、俺らの世界じゃあ不可能だからな。だろ? エレナ」
「解ってるわよ。私も受け入れるわ」
エレナは諦めたように手を上げた。
こうしてエレナたちは優平を異世界人、ケルブを竜神の使いと認めた。
それから全員が元の位置に戻ったところで、優平が期待を隠そうともせずに訊ねた。
「もう聞きたいことはない?」
そんな優平に苦笑いしつつ、エレナは返事をした。
「重要なことはもう聞いたから、ユウヘイのお望み通り、契約の詳しいやり方を教えてあげるわ」
「やったあ!」
優平は躍り上がって喜んだ。
「では始めるわよ。契約のやり方は先程も言ったように、簡単な手順を践んで魔力ラインを作れば良いの。だからユウヘイ、貴方は魔力を感じられる?」
「感じられない」
返ってきた言葉に、エレナは頷いた。
「やっぱり。じゃあまずは魔力を感じることから始めましょう」
そこで優平は何かを思い付き、笑顔を浮かべて言った。
「はい、エレナ先生!」
エレナは少々驚いたが、同じように笑って答えた。
「ならこっちに来て、アイバ君」
その返事が余程嬉しかった優平は嬉々としてエレナに近づいていった。
そんな優平の姿を見てケルブがため息を吐いた時、タルゴスが声を上げた。
「ちょっと待ってくれ。その間俺たちは暇だから、ええと……ハクのことを触ってても良いか?」
その横でマリアンナが頻りに頷いている。
すると優平はハクの方を向いた。全員が口を噤んだが、優平はすぐにタルゴスとマリアンナの方に向き直った。
「あんまりしつこく触ったり、変なところを触ったりしなければ良いって」
「了解!」
嫌みのない笑みを浮かべて、タルゴスは素早くハクを触りにいった。
マリアンナの方はゆっくりと歩いて向かっている。無表情を装おうとしているが、唇の両端が上がるのを抑えられていない。
「マリアンナは本当に可愛いわね」
エレナは微笑んで、マリアンナに聞かれないように小さく呟いた。
するとケルブが優平に声を掛けた。
『ユウヘイ、私は少し遠くに行っているぞ』
「ん? 解った」
ケルブは翼を広げて針葉樹林の中に飛んでいった。
「よし、じゃあ再開しましょう。アイバ君」
「はい」
優平はすぐにエレナの隣に座った。
「魔力の感じ方だったわよね。まあ取り敢えず手を出して」
言われた通りに出した優平の手に、エレナの手が重ねられた。
優平はさして動揺もせずに耳を傾けている。
「今から私がこの手に魔力を流すから、それを感じ取ってね」
エレナは優平が首を縦に振るのを見届けると、目を閉じて微細な魔力操作の為の集中を始めた。
それを見て優平も目を閉じて、流れてくる力を感じ取ろうとした。
それから一分程経過すると、優平がおもむろに目を開いた。
「何か……掌から伝わってきたものと似ているものが、自分の体の中で流れているのが感じられるけど、これが魔力かな?」
「もう感じられるの!?」
エレナは驚倒した。
「え? うん。少しなら動かせると思うから、僕が逆に流してみる。だから確認してくれる?」
そう言われてエレナは疑念を抱いたが、渋々魔力を流すのを止めた。
すると数秒後に、優平の方から魔力が流れてきた。
「へっ? あ……本当に魔力が流れてきた。まさか、こんなに簡単に魔力を感じるだけじゃあなく、魔力の動かし方を掴むなんて……」
「? そんなに凄いことなの?」
優平は首を傾げた。
「普通こういうことは、何日も掛けて会得していくものなんだけどね……」
エレナは現実から目を逸らすように、空を仰ぎ見た。
「そうなんだ。それじゃあ僕には才能があるかもしれないんだね」
「……きっと凡人とは比べ物にならないくらいの、特別な才能なんでしょうね」
エレナは無情な現実に対して悲嘆した。
「よし。頑張るぞ!」
反対に優平は気分が高揚している。
エレナは助けを求めるように周囲に視線を巡らせるが、タルゴスは怖々とハクを触っており、マリアンナに至っては周囲の目を気にすることも忘れてハクに抱き着いている。無論ケルブも遠くに行ってしまっているので、誰も頼れそうになかった。
エレナは今一度嘆息することで気持ちを入れ替えて、優平を直視した。
「じゃあ続きをしましょうか。簡単な魔力操作はできるみたいだから、これからはもっとスムーズに魔力操作をできるようにするわよ」
「はい」
「方法は……やっぱり何事も経験が一番だから、地道に四肢のそれぞれに魔力を集めては戻してを繰り返すことね」
優平はエレナの説明で疑問に思ったことを質問した。
「僕が正確な魔力操作をできているかを、どうやって判断するの?」
「ああ、それなら魔力を見る魔術を使うから大丈夫よ」
「それって僕も使えるようになるの?」
優平は期待感を前面に出している。
「勉強すればね。でもまずはハクと契約するんでしょ? だったら今はそっちに集中しましょうね」
「あ、うん。そうだよね」
エレナに優しく諭されて、優平は素直に頷いた。
「それじゃあ右腕、左腕、右足、左足の順番で魔力を集めては戻してを繰り返してみて」
優平は言われた通りに、自分のペースで魔力操作の練習を始めた。
***
「よし。これでユウヘイは一人でも契約できるわよ」
「おおー……。た、大変だったけど、達成感があるなあ」
優平は満ち足りた顔をしている。
なぜなら魔力操作で及第点をもらい、その上で契約する時の手順まで一気に記憶したからだ。
「ほら、まだ満足するのは早いわよ。このナイフをあげるから、ちゃんとハクと契約してきなさい」
「うん。解ってるよ。ナイフをくれてありがとう」
優平はそう言って、未だにマリアンナに抱き着かれているハクに向かって足早に近づいていった。
「それにしても、習得速度が異様に早いわねえ」
エレナはどこか心ここに在らずといった感じで呟きを溢した。
「……十分強、か」
そう、この十分強という時間こそが、優平が魔力操作と契約の手順を憶えるのに使った時間なのだった。
実際にもっと簡単に魔力操作などを物にした人もいるのだが、それでも十分に凄いことである。
そんな優平を見たエレナは、なぜだか嫉妬や虚脱感のような負の感情ではなく、清々しさを感じた。それと同時に、優平が将来どんな成長をするのかを楽しみにする気持ちも芽生えた。
「ふふっ、ユウヘイと一緒にいたら退屈せずに過ごせそうだわ」
『まあ何といっても、竜に選ばれた人、だからな』
「あら、戻ってきたのね」
エレナは自然に後ろに振り向いた。
『丁度な』
「そう」
その一言から、言葉が紡がれない。
沈黙。
それは五秒か、十秒か、更に長い時間か。とにかく静かな時が流れた。
エレナは何かを聞こうとしているが、ケルブが目で牽制しているので、両者は向き合ったまま噤口している。
そんな緊張感を破ったのは、意外にもマリアンナだった。
「え、ち、違っ! これはそういうことじゃなくて、だから、ええと……」
聞いているだけで物凄い慌てていることが解る声を耳にして、エレナは思わず吹き出した。
「あそこまで狼狽えているマリアンナを見るの、私初めてだわ! こんなまたとない機会、絶対に逃せないわ! ケルブも行きましょう」
『……ユウヘイから目を離すと、すぐにこうなるのか』
エレナに着いていきながら、ケルブが溢したぼやきは、風に流れて消えていった。
「全然解ってない!」
再び叫び声を上げたマリアンナ。
それをチャンスと見たエレナが、マリアンナの背後に音もなく回り込み、思い切り抱き締めた。
「マ・リ・ア・ン・ナー!」
「へっ、何!? どういうこと!? って、エレナ!? やめ──」
ケルブはそのやり取りを無視して、ユウヘイに厳かに訊ねた。
『……ユウヘイ、何があったんだ?』
「んー、ただ僕がハクのことを誉めただけだよ?」
危うく声に出しそうになった突っ込みを抑えるのは、ケルブにとって容易ではなかった。
『……全く解らん。タルゴス、説明できるか?』
ため息と共に吐き出された質問に、タルゴスは答えた。が、その答えは要領を得なかった。
「あ、ああ。最初にユウヘイがマリアンナに声を掛けて、マリアンナが叫んで……それで次は、また、ユウヘイが声を掛けてマリアンナが叫んだ、んだ」
ケルブは一瞬、諦め掛けたが、どうにかして持ち直した。
「ユウヘイ……マリアンナに向かって何と言ったのか、二回とも一字一句に至るまで、正しく復唱してくれ」
「えー、っと……最初が、『あ、マリアンナもハクを抱き締めるのが好きなの?』で、次が、『やっぱりハクを抱き締めると柔らかくて、温かくて、凄い安心感があるよね。僕も大好きだから、良く解るよ』だったかなあ」
『……どうせそんなことだろうと…………いや、もう何も言わん』
ケルブは諦念を覚えた。
そこでふと気づくと、マリアンナの叫び声の色合いが、最初の頃から大分変わっていた。
「ひゃ! どこ触って──きゃあっ!!」
「エレナ。そろそろ解放してやれよ。……ちょ、おい。無視ですか?」
いつまでも続く号叫に、タルゴスがマリアンナを見ていられなくなり、怖ず怖ずと声を上げた。しかし、エレナの耳には全く届かなかった。
『ユウヘイ、止めないのか?』
「え? 止めなくても楽しそうだから大丈夫だよ」
優平が返した答えを、ケルブは半ば予想していたので微塵も動じなかった。
『結局私が止めるしかないのか……』
ケルブからは、哀愁が漂っていた。
***
「ケルブ、その……お疲れさま」
「…………ありがとう」
『こうやって感情に任せた人を止めることに、酷い既視感を受けたのはなぜだろうか?』
タルゴスの励ましやマリアンナのお礼を受けたケルブは、しかしそれでも遠くを見詰めていた。
「お疲れさまー」
『その台詞にも、な』
ケルブの刺のある言葉も、もちろん優平には通じなかった。
まあこの嫌みは主にケルブのストレス発散のためなので、届かなくても関係ないのだが。
「あ、ははは……。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「もう、二度としないで」
「肝に銘じます」
エレナはさすがにやり過ぎたと思いマリアンナに謝罪したが、マリアンナは更に釘をさした。
「ねえねえ、もう良いの? 良いなら早くハクと契約したいんだけど」
その能天気な一言に全員が、この騒ぎの半分くらいはお前のせいだろ、と心の中で突っ込んだ。
マリアンナは場の空気を入れ替えるために、態とらしく咳払いをした。
「私は一応エレナを赦したから大丈夫」
「一応って、……」
エレナが何か言い掛けたが、マリアンナの鋭い目線に射貫かれて、発言内容を変えた。
「そ、そうね。ちゃんと教えたからもうユウヘイ一人で契約できるしね」
「お、俺は契約するところを直に見るのは初めてだから、た、楽しみだなあ」
タルゴスが少々顔が引き攣っているものの、便乗する形で発言したことで、どうにか場の空気が持ち直した。
誰だって藪蛇はごめんである。
そんな話の成行きをここまで見守っていたケルブが、口を開いた。
『ほう。こんな短時間で魔力操作から契約の手順まで憶えたのか』
「疲れたけどね」
「普通は、ここまで簡単じゃあない」
マリアンナの言うことは尤もなのだが、残念なことに優平には常識が通用しなかった。
「良いじゃん別に。早くて困るようなことはないんだから。それよりも、ハク。早速契約しよう!」
優平がそう言うと、ハクがエレナたちから数メートル離れたところまで移動した。
優平はそれを見て、ハクの目の前まで歩いた。
「それじゃあ始めようか」
そう皆に宣言するかのように言い放つと、突然目を瞑り、きっかり三秒後に目を開いた。
たったそれだけのことだったのだが、急に優平の放つ雰囲気ががらりと変わった。
その変わりようは皆を驚かせるのには十分で、揃って目を白黒させていた。
そんな気配には目も呉れず、優平は契りの言葉を放ち始めた。
「一、これから行う契約はお互いの同意がない限り、破棄できないものとすること。二、必ず契約者の側にいなくても良いものとすること。三、自分の行動は自分の意思で決められるようにすること。四、相手の不満などを可能な範囲内で解消すること。五、お互いの関係に上下はなく、対等であること。この契約内容に不満などはないか?」
ハクは頷きを返した。
「同意を確認。因って、以上を契約内容として、愛場優平の名に於て誓約する」
この一連の発言を優平は厳粛に言い切った。
今までの言動が嘘だったかのような変貌ぶりに、誰もが言葉を失っていた。
しかし、またしても優平はそれらを歯牙にもかけずに、腰の後ろのナイフを初めてとは思えない程滑らかに右手で引き抜いた。そして引き抜いた勢いのまま胸の高さまで持っていき、ナイフを地面と平行になるように止めた。
この時には程度の差はあれど、全員が我に返り、息を凝らしてこれ以降は見逃すまいと集中した。
しばしの静寂の後、再び優平が言葉を紡ぎ始めた。
「それでは、血の交換及び魔力ラインの生成に入る」
そう告げると、優平は一歩前に出て、自分の左手人差指の先をナイフで傷つけた。
次に優平は、
「少し、傷をつけさせてもらう」
と断りを入れてからハクの左肩に傷を作った。
その後は布でナイフの血を拭き取って鞘に納め、空いた右手の人差指で、ハクの傷口から血を掬った。
続けて優平は左右の人差指を合わせてお互いの血と自分の魔力を混ぜ、それぞれハクの口元と自分の口元に近づけた。
そして──同時に、嘗めた。
その瞬間、微弱な魔力ラインが優平とハクの間で繋がった。
優平はそれを認識してから、目を閉じて魔力ラインに魔力を流し始めた。
最初は弱く、段々と強くしていくことで魔力ラインを確固たるものにした。
そこまでを終えると、優平はゆっくりと目を開いて声を立てた。
「これで契約の全工程が終了し、ハクが僕の獣魔になったことを確認した」
次いでエレナたちに顔を向けた。
全員が息を呑み、体を強張らせたが、優平は気にせず開口した。
「誰かハクの傷を治せないか?」
その一言でエレナが思い至り、急いでハクに魔術を使った。
優平はハクの傷が綺麗になったことを確かめると、笑みを浮かべてから目を瞑った。そして、またしてもぴったり三秒後に目を開くと、元通りの雰囲気に戻っていた。
「う──ん。疲れたー」
大きく伸びをした優平を見て、一人残らず目を屡叩かせた。
「ユ、ユウヘイ。さっきのは一体何だったんだ?」
タルゴスは戦きつつ、訊ねた。
「さっきの? んーと……僕はね、目を閉じて三秒数えると入れるんだよね」
「……入れるって?」
マリアンナも顔には出していないが、緊張して背中に冷汗をかいている。
「極度の集中状態に、かな? 余計なこととかを全く考えなくなるし、確実に目標を達成するための方法を何パターンも、瞬時に思い付けるんだ」
優平はそう真顔で宣った。
『常にそういう状態でいられないのか?』
「無理だよ。すぐに草臥れちゃうからね」
ケルブは真面目に聞いたのだが、この返しを受けて結構本気で残念そうな表情を作った。
しかし、優平はそんな変化を気にも止めずにマイペースである。
「そうだ。エレナ、僕の傷も治せる?」
「え? ……あ、忘れていたわ。ごめんね」
エレナはハクの時と同じように優平の傷を治した。
そしてそれが終わると、あることを思い出した。
「ねえ、ユウヘイ。言葉を使わない意志疎通がどんな感じなのかを試してくれない? 私もどんな風に伝わるのかが気になるのよ」
「おお! そうだった。それじゃあ、ハク。僕が後ろを向いたら何か伝えてね」
そう言って優平はハクに背を向けた。
そのまま少し待つと、優平が声を立てた。
「あっ、凄い! へー」
「だあ! 勿体振らずに教えてくれよ!」
タルゴスが早く聞きたくてうずうずしている。
「そうだなあ……映像みたいなものが送られてきたから、自分のイメージをそのまま伝える、っていうのが一番正しいと思う」
皆が感嘆の声を上げた。
そんな中で、マリアンナが呟いた。
「それは、便利」
「そうだな。色々と応用も利きそうだし」
タルゴスも同じ意見だ。
「お、思っていたよりも凄いわねえ。それじゃあ何か今までとの違いを感じられない? 最初に話した通り特別な力が宿ることもあるから、もしかしたらあるかもしれないじゃない」
「今までとの違い……。うーん…………解らない」
溜めるだけ溜めた後に期待外れな答えをされて、全員が肩透かしを食らった。
「おいぃ!? そんだけ溜めといて解らないのかよ!」
「だって解らないものは解らないもん」
タルゴスは食ってかかったが、優平が頬を膨らまして溢した文句に、言葉を詰まらせた。
『ならハクの方はどうなんだ? 可能性はあるだろ』
「確かにあり得なくはないわよね」
そんな空気を見兼ねたケルブの気を遣った発言に、エレナも便乗した。
「じゃあ聞いてみよう! ハクは何か変わったところを感じられる?」
優平はすぐさまハクに問い掛けて、その答えを通訳した。
「自分も解らない、って言ったよ」
「残念」
「まあ、そこまでうまくはいかないでしょ」
エレナは、落胆している優平とマリアンナを励ました。
「ただ契約自体は無事に終わったんだから、良かったんじゃないのか?」
「んー。まっ、そうだね」
タルゴスの掛けた言葉に、優平は何とも気楽な返事をした。
「ユウヘイは……やっぱり変」
「へっ? どこが? 普通でしょ?」
本気で解らないようで、優平は首を捻って考え込んだ。
態とやっているのかと思われるような優平の態度を見ても、誰一人何も言わなかった。
すると不意に優平が満面に笑みを張り付けた。
全員が警戒して無意識に身構えたところで、優平が声を弾ませて言った。
「ところで、タルゴス、マリアンナ。耳と尻尾を触っても良いかな?」
……もう、ため息一つ出なかった。
このようなある意味全くぶれない優平の発言に、誰もが呆れ返ったが、同時に僅かな安堵を覚えてしまったのであった。
はい。いかがだったでしょうか?
今回も優平が暴走しています。
あっ、皆さんに聞きたいんですけど、ルビをどこまで振れば良いんですかね?
『こんなに要らない』とか、『これぐらいあっても大丈夫』とか、短くても良いので伝えて頂けるとありがたいです。
そうだ、これは伝えておかなくてはいけませんね。
ハクの体長を変更致しました。
優に五メートルを超える、から、四メートル弱といったところ、に変えさせてもらいました。
さすがに大きくしすぎましたね。
他には……ああ、『ソードアート・オンライン 夢の軌跡』のお知らせでもしようかなと思いましたが、長くなりそうですし、そもそも知らない人もいるので、活動報告の方でお知らせします。
という訳で今回はこれで終了です。
次話を投稿できるのは、新年を迎えてからになると思うので、少しお待ちください。
(タグに〝遅筆〟とでもつけるべきか?)
では。