辿り着いた場所は……
予定より遅くなってしまいました。
簡単にいうと、部活……試合……宿題……はっはっはっ。
どうすりゃあ良いんだ。
という感じなんですよ。
もっと自由な時間プリーズ。
まあそろそろ愚痴るのは止めにして、本文を読んでもらいましょう。
ではどうぞ。
優平は、真っ白なトカゲが自分の前を歩いている気配を感じながら、暗闇の中を十秒くらい歩き続けている。
周囲は夏の暑さが逃げていくかのように、段々と寒くなってきた。吐く息が白くなっても可笑しくないような気温だ。
優平の服装はポロシャツとチノパンだから、身体中が震えている。
いつの間にか途切れることのない風の音までもが、微かに聞こえるようになってきた。
どうして昼間なのにこんなに暗いのかとか、路地裏がなぜこんなところに繋がっているのかなど、様々な疑問が湧いてくる優平だが、考えても詮無いことかと思い直した。
それから更に十秒程過ぎた頃、向かう先に光が射してきた。
優平はようやく暗闇の中から出られると安堵したが、強い風の音のせいで別の不安が浮かんでくる。
そうして暗闇の外側が見えるところまで歩いてくると、優平は思わず言葉を失ってしまった。
「どう……なって、いるんだよ」
辛うじて出たのは、嗄れ声だった。
そこから見えた物は──吹き荒れる吹雪と、一面の銀世界だった。
優平の足元には雪の積もった斜面が続いており、更に下を覗けば、今立っている場所がかなりの高さであることが容易に解るだろう。
この時優平は、自分が雪山の中の洞窟にいることを悟った。
どう考えても有り得ないこの状況。しかし、変えられない現実として優平の目の前に存在してしまっている。
こんなの、どこかのできの悪いファンタジーじゃあないか、優平はそう思いながら呆然としていた。
そうしていつまでも立ち尽くしている優平の顔の前に、真っ白なトカゲが〝翼を広げて〟飛んできた。
「つ、翼っ!? 何で!? どうして!? 元からあったの!?」
優平が盛大に混乱していると、頭の中に直接響いてくるような声がした。
『落ち着け。慌てていても何も進まないぞ』
その言葉を聞いて、優平は一応落ち着くことができた。しかし、無意識に疑問を口にした。
「君って話せたの?」
『その辺りのことも含めてこちらの事情を説明する』
有翼トカゲはそこで一度言葉を切り、優平の頭の天辺から足の爪先まで見回した後、こう続けた。
『だがその前に、暖を取った方が良さそうだな。近くに落ちている木の枝を持ってきてくれ』
そう言われて、優平は今まで驚きで忘れていた寒さを思い出した。そして急いで小枝を拾いにいった。
ある程度拾って、有翼トカゲの言った通りに一ヶ所に纏めると、有翼トカゲが口から青い火を吐いて、小さな焚き火が完成した。
『それでは、話を始めるか』
またしても驚く優平だが、有翼トカゲはそんなことを放置して、焚き火の側に座って説明を始めた。
優平は仕方がないので、同じように焚き火の側に座って、少しでも寒さを凌ぎながら話を聞くことにした。
『先ずは自己紹介をしておこう。私の名はケルブ。竜神であるベオバハター様の使いだ』
「じゃあ僕もしておくよ。僕の名前は愛場優平。姓が愛場で名が優平」
『ならこちらの世界では、ユウヘイ・アイバになるな』
「そうなんだ。あ、ケルブって言いづらいから、ケルって呼んでも良い?」
『構わん』
優平は有翼トカゲ改め、竜神の使いであるケルブとの自己紹介を済ませた。しかし、聞き逃せない単語があったようだ。
「それと、やっぱりここって僕のいた世界とは、違うところなの?」
その問いにケルブは一度頷いた。
『そうだ。ベオバハター様が無理矢理空間をねじ曲げることで、異なる世界を繋げたのだ。人を連れてくるために。そして私が選ばれて、世界を越えた。そこでお前を、ユウヘイを見つけた』
「その言い方からすると、絶対に僕じゃあないといけなかった、という訳ではなかったんだよね。なら何で僕を連れてきたの?」
ケルブは一度目を瞑ってから、答えた。
『私の竜としての本能が、お前しかいない、と告げていたからだ』
「竜としての……本能?」
ケルブの答えが意外だったのか、優平は思わず繰り返してしまった。
『竜の本能や直感を侮っているようだが、存外馬鹿にできないものだぞ。私たちは永い時を生きているからな』
ケルブは誇るような声色で言った。
そこで素朴な疑問の湧いた優平が訊ねてみた。
「じゃあケルは何年くらい生きてるの?」
『私か? 私はまだ短いからな。ほんの七千年くらいだ』
優平は絶句した。
人間と竜の生きている時間は本当に大きな差があった。違い過ぎると言っても良いほどに。
優平はそれでも何とか口を開いた。
「そう……なんだ」
ケルブは一度嘆息を漏らした。
『驚いているようだが、話を戻すぞ。そうだな、次は私がそちらの世界で話さなかった訳を説明しよう』
これからの話が気になり、優平は一度深呼吸をして心を落ち着かせた。
『まあ理由は単純に、言葉が通じなかったからだな』
「なら何で今は通じるの?」
『暗闇の中を通っただろう。その時にベオバハター様が、幾つかの魔術をユウヘイに掛けたのだ。その一つが自動翻訳魔術で、私たちの言葉がお前の、最も使い慣れた言葉に変換されている。同様に、お前の言葉も私たちが理解できるように変換されているのだ』
そう言われてから、優平は異世界で日本語が通じる訳がないことに気がついた。
やはり自分はまだ冷静じゃあないと思い、優平は目を閉じて深く深呼吸をした。
そんな優平を気にせず、ケルブは話を続けた。
『他には身体能力が上がっていたり、思考速度が速くなっていたりする筈だ。後で試してみると良い』
そんな魔術まで掛けられていたのか、と目を開きながら思いつつ、優平は更に問い掛けた。
「もう一つ聞いても良いかな? 何で異世界から人を連れてこないといけなかったんだい?」
するとそれまでとは違い、ケルブは返答に窮した。
『…………それは……すまん、な。私の口からは言えない。ベオバハター様から直接聞いてくれ』
「……うん、解ったよ」
深刻な雰囲気を感じ取って、優平はゆっくりと頷いた。
「そうだ。ならすぐに、ベオバハターさん? に会いに行った方が良いのかな?」
その質問をケルブはあっさりと否定した。
『今すぐに会いに行く必要はない。いや、今会っても意味がない、と言った方が正しいかな』
「今会っても意味がない?」
優平が聞き返すと、ケルブは首を縦に振った。
『そうだ。ベオバハター様に会うなら、この世界で見聞を広げなくてはならない。その為に私はここにいるのだ』
「つまり、僕がこの世界に喚ばれた理由を話すためには、僕がこの世界について知らなければならない、ということなんだね」
『ふむ、尤もな推察だな。落ち着けばユウヘイは予想通り聡明らしい。正解だ。やはり私の直感に間違いはなかったな』
聡明だなんて初めて言われた優平は、少し照れてしまった。
「あ、ありがとう。えっと、それじゃあ早速だけど、この世界のことを教えて欲しい」
『承知した。先ず最初に生きるために必要なこと、魔術についての説明をしよう』
「魔術って、僕にも使えるの?」
ケルブは当然だと言わんばかりに頷いた。
『魔力の大きい者でなければ、連れてくる意味がないからな。では再開するぞ。魔術は自由魔術と精霊魔術という二種類に分けられて、単に魔術と言う場合は自由魔術のことを指すな』
「なるほど」
ケルブの話が専門的になってきた。優平は興味があるようで、身を乗り出して聞いている。
『もう少し基本的なことを話してから、自由魔術と精霊魔術についての説明をしよう。魔術には属性があり、四大の地水火風、変成の氷と雷、表裏の光と影、この八柱が基本となる』
そこで一息吐いた。
『また、魔術には階級もあり、下から順に第四等級、第三等級、第二等級、第一等級となる』
そこまで話したケルブは、一度考えるように黙り込んだ。
『更にもう一段階上の階級もあるのだが、特殊な物なので今は置いておく』
「つまり基本は、属性が八種類、階級が四段階。こういうことだよね」
『簡単に纏めるとそうなる。ただし、例外があることは忘れるなよ』
優平は今のところまで、ちゃんと理解できた。
『では、自由魔術と精霊魔術に戻ろ──』
ウオーン。
それは突然だった。
いきなり動物の鳴き声が聞こえた。良く響く遠吠えのようだ。
急なことだったのだが、ケルブは既に鋭い目線を洞窟の入口に向けている。
しかし優平は、どうしたら良いのかが解らなかったので、取り敢えず立ち上がるだけはした。
優平が一応洞窟の入口を見ていると、一匹の白銀のオオカミが入ってきた。
体長は四メートル弱といったところだろうか。雄々しさの中にも気高さを感じる、そんなオオカミだ。
『あれは、ブレジードウォルフ。まさか、いきなりこれ程までに大きな力を持っている魔獣と出会すとは……』
ケルブは驚いたように呟いた。
『私がどうにか隙を作るから、その間に逃げ──』
「格好良いっ!」
『──るん、だ?』
優平は素直に思ったことを叫んでみた。
「柔らかそうな毛並、鋭い牙、澄んだ瞳、そして落ち着いた物腰! 触りたい、撫でたい、抱き締めたい!!」
優平の願望がだだ漏れだった。
『ユウヘイ? 急にどうしたのだ?』
ケルブは戸惑い混りの声で聞いた。
「だって凛々しいじゃん! 猛々しいじゃん! だから一目惚れしちゃった」
『……』
ケルブは呆れて物も言えないようだ。
そんな風に優平が欲望を強く主張している間に、ブレジードウォルフが近づいてきていた。
『ユウヘイ! 早く離れるんだ!』
ケルブは焦りの含まれた声を上げた。
しかし反対に、優平は落ち着き払っている。
「大丈夫だよ。彼に敵意はないから」
『敵意がない?』
そう言われたケルブが敵意を探ってみると、本当に感じられなかった。
『ユウヘイ、何でそんなことが解ったんだ?』
「ん? だって動物が好きだからね」
優平は輝くような笑顔で言い放った。
その時、ブレジードウォルフが優平の目の前で止まった。
優平は優しい手つきで撫で始めた。
「凄いふわふわな手触りで、とっても温かい」
ブレジードウォルフは静かに優平の匂いを嗅いでいる。
見ていると穏やかな気持ちになる光景だった。
***
十分後。
「ふわー、もふもふー」
優平はすっかりブレジードウォルフと打ち解けた。今はブレジードウォルフが優平の上げた声に顔を舐めることで答えている。
『ユ、ユウヘイ。いつまでそうしているのだ?』
ケルブが困ったように話し掛けた。
「ん? 僕が満足するまでかなー? ねー、ハク」
先程付けてもらった名前を呼ばれたので、ハクは首肯することで応じた。
『これは放っておいたら、絶対に終わらないのだろうな……』
ケルブは咨嗟してから、戯れ合いを止めに入った。
それから約三分後、ようやく止めることのできたケルブは、とても疲弊していた。
『はあっ、はあっ。やっと話ができるようになった』
「お疲れさまー」
『誰のせいだ! 誰の!』
「僕でーす」
暖気な返事である。
『……もう良い』
ケルブが諦めと共に、私の選択は間違いだったのだろうか、と考えたところで、優平はふと思ったことを呟いた。
「そういえば、ご飯ってどうするの?」
その瞬間、空気の凍る音が聞こえた。
『それは、その……我慢してもらえないか?』
良い難そうに答えたケルブに、優平はいかにも不満たっぷりな顔で答えた。
「嫌だ。無理」
『そんなことを言ってもだなあ……』
「……それじゃあ、ねえハク。どうにかできないかな?」
優平が聞いてみると、ハクは意気込んで颯爽と飛び出していった。
「何とかしてみる、だってさ。やっぱりハクは偉いなあ」
ハクが飛び出してから、優平は染み染みと呟いた。
そんな優平の姿を眺めながら、ケルブは不平を鳴らした。
『なぜ、言葉が理解できるのだ』
***
それから数十分間、魔術ではなく世界の地理や主な都市についての大まかな説明をケルブから聞いていると、ハクが戻ってきた。
ハクは体長五十センチメートル強の魚を口に銜えていた。
「ハク、お帰りー。良く頑張ったねー」
優平が軽く撫でると、ハクは魚を置いて優平に擦り寄った。
『まさかこれ程大きな物を捕ってくるとは』
ケルブは困惑気味にぼやいた。
その後、優平の持っていた筆箱の中のはさみで魚の下処理をして、丈夫な木の枝を使い焚き火で串焼にした。そして全員で完食した。
「美味しかった」
ハクも満足したのか幸せそうな顔で伏せている。
『それではお腹も膨れたことだし、説明を再開しようか、と言いたいところなのだが……』
そこまで言ってケルブが言葉を止めると、優平は苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「うん。いつの間にか真っ暗になってるからね」
そう。辺りは既に夜の帳が下りているのだ。
今の状況は、焚き火があるから辛うじて周りが見えるような物だ。もし焚き火がなかったら、一メートル先すら見えなかっただろう。
さすがにこんな状況の中で魔術などの勉強を続けるのは無理であろう。
ケルブと優平は同じ結論に達して、ぽつりと呟いた。
『寝るか』
「寝るしかないもんね」
そうと決めると優平は、取り敢えずハクの側に寄って声を掛けた。
「ハク、抱き締めて寝ても良いかな?」
するとハクはもちろんだと言わんばかりに頷いたので、優平はありがとうと言ってハクに抱きついた。
優平は温かいハクの体温を感じて微笑んでいる。これなら優平が凍死することは絶対にないだろう。
その時、優平はあることを思い出した。
「あ、僕は暗くないと寝れないから、焚き火は消すよ」
『ふむ、ハクがいれば魔獣に襲われる心配もないだろうから、大丈夫だ』
優平はケルブのお墨付きがもらえたので、早速火を消してハクに再び抱きついた。
そしてケルブも優平とハクの側に来て目を閉じた。
「それじゃあ、おやすみなさい。ハク、ケル」
『ああ、おやすみ』
***
「ねえ」
焚き火を消してから三十分程経過した頃、唐突に優平が声を立てた。
『……どうした』
「良かった、起きてたんだ」
その時の優平の声は、とても落ち着きのある物だった。
しかし優平はその後に何も続けず、静寂が周囲を支配した。
『……それで、何か聞きたいのか?』
するとケルブが沈黙に耐えられなくなり、優平になぜ声を掛けたのかを聞き返した。
「……うん。ケル、僕って」
優平はそこまで言ってから一度言葉を止めた。
それから決意を固めるように深呼吸をして、微かな声を発した。
「僕って、元の世界に帰れるの?」
その声は僅かに震えていた。
『……全てが終わったら、な』
「なら、それまでの元の世界での僕の扱いは、どうなるの?」
すぐに重ねられた質問に、ケルブは言いづらそうに答えた。
『……行方不明、だな』
「…………そっか」
水を打ったような静黙の後に、返ってきたのはたったの一言だった。
『……連れてきた私が言うのは烏滸がましいとは思うが、謝らせてくれ。すまなかった』
ケルブは本当に気の毒そうに謝罪した。
「謝らなくても良いよ。僕は大丈夫だから。それじゃあ今度こそ、おやすみなさい」
しかし、掛けられた言葉はケルブの予想に反して、気遣うような優しい物だった。
『……ああ、おやすみ』
それからは誰も口を開かず、静かに夜が更けていった。
まだまだお話は始まったばかりです。
実は次は何を書くかすら決まっていません。
まあきっとどうにかなりますよね。
では。