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2-1

 町の入り口に据えられた石組みは古くからのものらしく、人が造ったものというより世の初めから在ったような趣で、峨々とそびえていた。

 高さは人の背丈にさらに半分を足したぐらい、幅は約一歩。なかなかに堅牢そうだ。

 おそらく本来は門柱だったのではと思われたが、今そこに間を閉ざすべき扉はなく、まして門衛の姿など影もない。

 セイトは止まらず素通りしたが、先の道標とは違ってこちらには比較的新しそうな青銅の銘版が打ち付けられていたおかげで、首尾よく訪れた町の名を知ることができた。

 トゥーリア、というらしい。セイトにも馴染みのある、ごく一般的な書体で記されている。

 町に入れば、日は既に大分西に傾いて、行き交う人々も皆どこか忙しげだ。夕餉の支度を始めている家も多いのだろう、どこからか汁を煮込む良い匂いが漂い、セイトは思わず前を行く連れの袖を引いた。

 「なあ、腹が減った」

 「干し肉があるだろう」

 アルデはにべもなくセイトの手を振り払う。歩きながら勝手に食え、ということらしい。

 確かに背負った荷入れの中には、前の町で買い込んだ糧食がまだ残っている。慎重に配分すればまず二日は持つだけの量だ。

 しかし望めば出来立ての料理が味わえるというのに、何を好きこのんでしつこく硬い歯応えを楽しまねばならないのか。

 「どうせ今日はこの町で泊まるんだろう?だったら飯だってちゃんとしたとこで……って、まさかまた野宿するつもりじゃないだろうな」

 咎めるような口調になったセイトだが、アルデの反応は冷たかった。

 「お前、存外に軟弱なんだな。苦労知らずの貴族の子弟というわけでもないだろう」

 「悪かったな。どうせ王様の名前もろくに知らないような庶民だよ」

 「いい身分だ」

 皮肉か、とはセイトは返さなかった。ごく短い言葉の裏側に、深く暗い感情がわだかまっているような気がした。

 セイトは思う。己を律しようという意志において、おそらく連れは自分を上回っている。

 そしてもしそうした精神の強さが、アルデの剣士としての強さの基となっているのなら。

 ──見習うべき、なんだろうな。

 セイトは自分が強いということを知っている。

 自分より強い相手がいるということも、事実として知っている。

 そして自分は今よりもっと強くなれる。

 確信する一方で、行き方については迷いがあった。

 このまま修練を重ねていけば、応じて上達はするだろう。しかしセイトが望むものはさらにその先にあるのだ。

 誰かよりも強い、ではない。

 誰よりも強い、ですらない。

 ただ強い。比較するのも馬鹿馬鹿しくなるほどの、絶対的な強さ。

 アルデが追っている相手というのは、どうやらそうした存在であるらしい。だからこそこうして共に旅をしているわけだが。

 ふと疑問に思う。

 「どうして、あんたは一人なんだ?」

 セイトとは異なり、アルデは王国の重要人物であるはずだ。にもかかわらず、護衛の隊はおろか供の者すら連れていないというのは、奇妙というより異常である。

 今のカムランは比較的良く治まってはいるが、楽園というわけではなく、旅の途上にあれば、野盗の類に襲われることも決して珍しくはない。

 ましてこれはただの遊山や行商などではなく、王国にまつろわぬ桁外れの兇人の探索行なのだ。しかるべき編成を以て臨むのが当然だった。

 しかしそんなセイトの不審に対し、アルデはひどくずれた答えを返した。

 「人は誰しも一人だろう。自分は自分だけで、他に代わりなどいない」

 「いや、そういうなんとなく高尚っぽいけど、実は何の役にも立たない話とかじゃなくてさ。なんであんたには手下の一人も付いてないのかってこと。まさか、嫌われ者だから誰も一緒にいたがらない、なんて理由じゃないんだろう」

 「……それで間違ってない」

 アルデはなぜかむっとした様子でそれきり口を閉ざしてしまう。とことん愛想がない。

 怒ったのならせめて理由ぐらいはっきりさせてくれればいいだろうに。

 セイトは呆れたが、しかしこれもまた意思の強さの一つの表れなのかもしれないと前向きに捉え直して。

 ──くぅ~~。

 腹の虫が鳴いた。セイトではない。

 横を見る。頬が赤い。

 その視線の行く先に、〈馴鹿亭〉なる看板が下がっているのにセイトは気付く。「自慢の鹿肉料理を是非ご賞味あれ!!」だそうだ。

 「総帥、一つ提案があるんだけどさ」

 「なんだ」

 「取れる時にきっちり補給と休養を取っておくのも、俺達みたいな稼業には大切なことだと思うんだ。いざって時に疲れて腹が減ってるのと、元気で精力にあふれてるのとじゃあ、身体の切れだって違ってくる」

 「だからお前は軟弱だというんだ。真の戦士たるべきもの、平時から厳しい環境に我が身を置いて」

 くく、くぅ~~~、きゅっ。

 また、鳴いた。今度もセイトではない。

 「うん、あんたの言い分は分った。でも俺はちゃんとしたものが食いたいんだ。いいか、俺が、だ。あんたは、軟弱な俺のために、ただつき合うだけ。な?」

 「……いたしかたあるまい。お前がそこまで空腹だと言うのなら」

 アルデはしかつめらしく頷いた。

 その黒瞳が微動だにせず看板に据えられていることに、セイトは素知らぬ振りを決め込んだ。

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