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「だから言ったろうがよ。こんな奴ら、とっとと追い出しちまえってな」
誰もが唖然と動きを止めた中、フェイトの首から迸る血に濡れそぼり、くたりと崩れたおかみの身体を老人は左腕一本で受け止めた。反対の右手に握った大斧の先端からは、ひたひたと血が滴っている。
「な、なんだてめぇはっ」「いつからいやがった!?」「か、頭!!」
恐慌に駆られた賊達は喚き散らし殺気立つ。老人はしかしそれをまるで気に留めたふうもなく。
「そこの坊主、ちょっと手伝え」
「え、俺?あーっと、おかみを介抱しろってのなら断るけど」
「残りをやっといてくれ。おれは手がふさがってるからな」
斧を床に放ると、おかみを両手で抱え直して無防備に背中をさらした。セイトが戸惑ったのは一瞬だった。
「引き受けたぜ」
答えると同時、木剣を振るって踊り込む。賊達の間に先刻までのような粘り強さや連携はもはやなく、囲みはたちまち崩れたった。
その最中を老人は歩き出した。間近で戦闘が繰り広げられているというのに、独り無人の野を行くがのごとき落ち着き振りだ。
大きな人だ。アルデは改めて感じ入った。見上げる位置に顔があり、両腕を回しても届かないのではと思わせるほど胸も胴も厚い。
そして膂力もまた尋常のものではない。片手持ちの斧で生きた人間の首を落とすなど、国中を探しても出来る者が十人と見付かるか。
加えて、殺気立った場に忍び寄って誰にも気付かせない身のこなしだ。もしも敵に回したなら、これほど厄介な相手もいないだろう。
しかしアルデはこの老人のことを脅威だとは感じなかった。悪党相手とはいえ、人ひとりの命を奪って平然としている様を目の当たりにしてさえ、ごく自然に近く寄ることができた。
アルデの傍らを行き過ぎようとした老人は、ふと思い出したように歩みを止めた。
「そいつは」
アルデの持つ剣に向け顎をしゃくる。アルデは心持ち身構えた。別に取られることを心配したわけではなかったが。
「小娘が持つような代物じゃねえな。どこで手に入れた」
小娘呼ばわりに微妙なものを感じながらもアルデは答える。
「貰ったんだ。昔の知り人にな」
「髪の赤い奴かよ。おまえと同じに」
「そうだ。あなたと同じに」
老人は笑ったようだった。声を立てず、目元だけで微かに。
「おれの頭にはもう毛なんざ残ってねえよ。もしあったとしてもとっくに全部白くなっちまってるさ」
「鹿の角。その人のために持ってきたんだろう。意味は通じなかったようだが」
老人の腕に抱かれたおかみはアルデからすれば母親か、ことによると祖母に近いような年代だろう。しかし無防備に眠る今は、まるで幼い少女のようにも見えた。
驚いた奴だな、と老人は低く呟いた。アルデに向けたものではない。ちょうどセイトが最後の一人を沈めたところだった。
「おまえはまあ小娘にしてはってところだろうが、あっちは正真の埒外だな。昔知ってた小僧を思い出す」
「それは」
誰のことだ、という問いをアルデは呑み込んだ。どうせ答えは得られまい。老人もそれきり口を閉ざすと、おかみを連れて奥へと消えた。
「総帥、終わったぜ。そっちの話は済んだのか?」
「多分……いや、良く分らない。だがそれより、この者達をこのまま放っておくわけにもいかない。メイヤー、ご苦労だがお前が屯所に行って」
「俺はもう一眠りする。せっかく部屋も空いたことだしな。あんたはあんたで好きなようにやってくれ。じゃ、また明日」
セイトはこれみよがしに欠伸を放つと、さっさと階段を上がっていった。二階にはまだ賊が残っているはずだとアルデは気付いたが、呼び止めたりはしなかった。少しして争うような物音が起こり、またすぐに止んだ。




