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ともすれば聞き逃してしまいそうな微かな呻きだった。だがそれ故にこそ込められた恐怖は一層大きいのだと知れた。
喉が詰まり息が止まる。真に自分の生命が脅かされるのを感じた時、人は大声を上げて助けを求めることなど徹頭徹尾不可能になる。アルデはそのことを知っていた。
「反応無しか。まあ仕方ねえな。ばばあの一人や二人どうなろうと関係ねえものな。じゃあ殺すぜ」
「待てっ」
思わずアルデは叫んでいた。フェイトが躊躇なく無抵抗の人間を殺せるだろうことに疑いの余地はない。それを証明するかのように。
「猿が。俺に命令するんじゃねえよ」
刃を滑らせる。
ひぃっ、という掠れた悲鳴が上がり、首筋から血が流れ出した。だがまだ皮を薄く切られただけだ。致命からは遠い。助けるのは十分間に合う。
アルデは努めて冷淡な口調を作って言った。
「やめろ。その人は私達とは何の関係もない。人質に取っても意味などない」
「ばばあ、残念だったな」
フェイトはアルデを無視し、剣を逆手に持ち替えると刃先をおかみの腹部に押し当てた。
「赤猿はあんたを見殺しにするってよ。けど悪く思うな、なにしろ相手は文字通りの人でなしだ。人の情なんて通じるわけがない。あきらめろ」
凶刃が服地を裂いて肉に食い込み、重い液体が床に落ちる。
もし要求に従わなければフェイトはおかみを殺すだろう。だがもし従えば。
アルデはセイトに視線を向けた。セイトが見返す。あんたが決めろ、そう言っているように。
「たすけ……」
縋るようなおかみの眼差しが胸を抉る。人一倍気丈であるはずの人が、身も世もなく救いを乞うている。この自分に。唯一の頼りとして。
「それでも私は……。私達は、ここでは死なない。死ねない。絶対に」
筒灯の照らす仄明かりの中、おかみの表情が絶望に蔽われた。フェイトはつまらなそうに舌打ちをし、握った剣に殺意を込めた。セイトが飛び出すが間に合わない。セイトの剣はフェイトの頭を砕くだろう。おかみが臓腑を貫かれたその後に。
私のせいだ。私のせいで人が死ぬ。
起きた結果を心に刻みつけるため、アルデは屹と前を見据えた。
フェイトの首が落ちた。




