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驚いた。こいつら意外とやる。
正直なめていた。血の気こそ多くても所詮は半端者の集まり、無抵抗の素人が相手なら威勢が良くても、こちらが手強いところを見せてやれば簡単に退くだろうと、気軽く考えていた。
斜めに斬りかかってきた大剣をセイトは勢いをつけて弾き返した。体勢を崩しよろめいた相手に追い討ちをかけようとして、だが別の奴に後ろから椅子を投げつけられる。身を伏せてかわしたものの、起き直った時には先の相手はもう距離を取っている。ふんと鼻を鳴らしたその余裕が癪に障り、木剣を投げ付けてやりたい衝動に駆られたが自制する。腰には他に真剣もたばさんであるが、こちらは出来る限り使わずに済ませたい。肉を斬り血脂で汚れれば研ぎに出さねばならなくなる。手間だし金もかかる。セイトはけちではないが、無いものは払えないのだ。
「あらよっと」
脇から突き出された短槍を逆に自分から突っ込むようにして外し、合わせて膝頭に蹴りを飛ばす。相手は悲鳴を上げたが怯んだのは一瞬のこと、なお放さずにいた槍でしつこく顔面を狙ってくる。しぶといとか根性があるとかいうより、受けた苦痛は返さずにおかない執念深さと感じたのはセイトの偏見というものか。
それはさておき。
慣れている。そういう印象をセイトは持った。といっても軍と軍とが正面切ってぶつかり合うような、本格的な戦闘とは質が違う。一打ごとの威力は弱いし、捩じ伏せるような、あるいは叩きのめすような剛強さに欠けている。
そういう意味では最初に戦った連中の方が基本的な武器の扱いには長けていた。振りの速さであるとか、打撃に体重を乗せる踏み込みといったような事柄だ。
対してこの連中は、素振りや打ち込みといった地道な鍛錬は足りてなくとも、隙を衝くとか数を恃むとか気を逸らせるとか、とにかくやたらとこすっ辛い遣り口が上手かった。卑怯だなどという意識は薬にしたくもなくて、むしろ卑怯であるほどに良いという手合いだ。
それはそれで正しい。セイトはそう思う。
斜めに振られた刃でも、肉に触れれば切れるのだ。いついかなる時でも正々堂々打ち合うべし、などという法はない。磨き抜いた一の太刀が勝ることもあれば、でたらめな連撃が優れることもある。強弱と正邪は別のことだ。
苦戦を強いられている現状を、セイトは客観的に認識している。真っ当な敵でないから仕方がない、などと愚劣な言い訳をしたりはしない。
つまりは自分が未熟であり弱いのだ。
乱戦、あるいはいっそ泥仕合とでも呼びたくなるような場での戦い方をもっと工夫しなければいけないようだ。
セイトは徐々に階段へと近付いた。半ばは流れの中でのことだったが、半ばは自ら意図してのことだった。上の階には連れがいる。自分が無様に戦っている間に、何人かそちらへ向かったことに気付いていた。
アルデの剣はセイトに輪をかけてこういう場に向いていない。ひたぶるに斬る。極めれば無敵とさえなり得ても、今はまだまだ途上にある。きっと一人では手を焼くだろう。
あんたには荷が重い、などともし面と向かって言おうものなら、先にこちらの首が飛びそうだが。




