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4-3

 もはや闘う術は失われた。いや失ったのは己自身だったかもしれない。敗北を塗り潰すために、剣士としての道を外れて振るった刀身が、半ばから折れていた。

 剣とはいえ所詮は道具だ。打ち合えば刃が毀れるのは当然で、戦いの最中には折れ曲ることもある。

 だが物としての剣にならば代えがある。駄目になったのなら別の一振りを取って使えば良いだけのこと。されど技としての剣が破られた時には何を以って代えれば良いのか。それもただの技ではない。

 「あれは……居合?」

 カイルは呆然と呟いた。

 ダヤン以外にその技を使う者がいたことにも驚いた。直接知っている範囲にはもちろん、遣い手がいるという話すら、ダヤンの長だったという人を別とすれば聞いたことがない。

 しかしそんなことは大した問題ではなかった。

 見えなかった。剣の描く軌跡が。残像としてすらも。これが、本物の。

 ダヤンは全ての力を使い果たしたように床に膝をついた。手には折れた剣を握ったまま、空ろに開かれた目をアルデへと向けて、記憶の底に刻まれた名を唱える。まるで聖なる祈りの句であるかのごとく。


 「ガルーダ、さま」


 アルデバラン・エレ・ハスキルは刃を振り抜いた姿勢から元に直った。

 改めて剣を用いるまでもない。たとえ天地が引っ繰り返ろうと、この男が再び刃向かうことなどあり得ない。そう確信したように、抜き身を納めて背中を向ける。

 「お、お待ちください!」

 今度こそ歩み去ろうとするアルデに、カイルは懸命に追い縋った。

 「ご無礼は衷心より謝罪します。どうか、釈明の機会をお与えください」

 ダヤンは心魂が抜けている。カイルにしたところで常の精神状態からは遠かったが、今この場で隊としての意思を伝えることのできる者は自分だけだ。

 役目を果たさねばという義務感もあった。だがそれよりもずっと強く、このまま行って欲しくないという気持ちがあった。もはや明白だ。この人は隊の追う賊の一味などでは決してない。もっとはるかに高い場所にいる。

 「私の名はカイル・ラーキン、クーリエ侯の麾下に連なる者です。近頃、侯の領内で小さな町や村、隊商などが襲われる事件が続発しており、令を受け我々の隊で追っておりました。この宿に参ったのもそのためです。民に害をなす輩が滞在しているとの情報が得られたからです」

 アルデは小さく頷いた。カイルはひとまずほっとする。どうやら話を聞いてもらえるようだ。

 「賊を捕らえることを優先する余り、取るべき手段を踏むことを怠りました。まずはこちらの身分を明かし、しかる後にそちらの身元を確かめるべきでしたのに」

 深々と頭を下げる。落ち度を認めることに抵抗はなかった。その代わり、自分達の行動の正しさについてだけは認めてほしかった。

 アルデは直ぐにカイルを見据える。

 「間違いなのは分った。だがこの後の始末はどうつける。言い訳を並べ立ててそれで仕舞いか?」

 「そ、それはその……私には何の権限もないことですので。しかし非がこちらの側にあることは、ダヤン殿、私どもの長も承知でしょうし、必ず相応の補償はいたします。いざとなれば私個人の財を使ってでも」

 「違う」

 「はっ」

 ほとんど反射的にカイルは頭を下げていた。威に打たれるというのはこういうことか。鮮烈な驚きだった。

 「確かにこの宿にはそれらしい者達が滞在している。今は外出しているようだが、いずれ戻って来るだろう。その時にお前はどうする」

 カイルはおもてを上げた。アルデの言わんとするところを察したのだ。

 隊でまともに戦える者はおそらくもうほとんど残っていない。この人と、もう一人とに打ち破られてしまっている。そしてカイルは自分の実力の程を知っていた。つまりこのままでは全く戦力が足りない。

 カイルは威儀を改めた。

 「力を、お貸し願えますか」

 「承知した」

 アルデは即答し、踵を返した。後ろでカイルが何か言い掛けたが捨て置いた。

 (ガルーダ、さま)

 紛い物の技を使った剣士の洩らした声が脳裡に響く。

 不快だった。

 あの男の剣と自分の剣とが同列に見られたことが。

 あの男の剣を最も近しく知る者として。

 自分の剣がはるかに遠く及ばぬことを、誰よりも良く知る者として。

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