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 山間の小道は静かであった。一応は商路として使われていることもあり、地面には轍の跡もあればたまには行き遇う人もある。

 現に今も、近在の者らしい壮年の男が二人やって来る。恐らく樵や猟などして暮らしを立てている者どもだろう、どちらも筋骨逞しく、腰には鉈など下げて、生半の戎士などより強そうだ。

 腕に覚えもあるらしい。

 剣を帯びたセイト達を前にしても脇に寄ろうともせず、むしろ威圧するような勢いで真っ直ぐに向かってくる。このまま行けば鉢合わせは必定、良くても肩をぶつけ合うことになるだろうという、だがその寸前で。

 セイトは隣を行く連れに腕を引かれ、いったんは抵抗したもののまたさらに強く引かれて、やむなく端へと身体をどけた。

 男達は悠々と傍らを行き過ぎる。道を譲られて礼をするでもなければ、よそ者のセイト達に敵意を向けるでもない。無視だ。

 腹立たしくはあったが、堪えておく。いかに腕自慢とはいえ所詮は素人が二人、あからさまに喧嘩を売られたのならばともかく、ゆきずりの由無し事で本気になるほど自分は気短では──。

 高笑い、だった。

 セイトは足を止め振り返る。すれ違った男達もまた道にとどまり、こちらにおもてを向けていた。

 顔の下半分を髭でうずめた男が、隣の太鼓腹の男に喋りかける。太っちょは大仰に頷くと、初めに自分の腰の鉈を、ついでセイトの腰の剣を指差した。そして二人揃って前に倍する馬鹿笑いを始める。風が葉を揺らす音も鳥の声も、全て吹き飛ばさんばかりの大笑だった。

 よし分った。

 セイトは得たりと頷いた。あちらが誠意を見せてくれた以上、こちらも応えるのが筋というものだ。

 了承の印にと、男達へ向かって一歩を踏み出す。両手は空のまま、人から借り受けている業物の真剣はもとより、手に慣れた木剣も使うつもりはわずかもない。

 訝しげな表情を浮かべて、男達は笑い止む。多分言葉にすればこうなるだろう。「この小僧、本気か?」

 その答えは是であり否だ。

 まさしくセイトはやるつもりだった。そして本気の半分も出すつもりはなかった。

 一応連れに断りを入れようとして、しかしセイトは目をしばたいた。いない。はたと視線を転じてみれば、道先の木立の陰へと後ろ姿が消えていく。

 セイトに土地勘は全くない。もしも男達とやり合っている間に、途中で枝道に入られでもしたら、まず確実に見失う。そしてひとたびはぐれてしまった後では。

 薄情な連れのことだ、再びセイトと落ち合うために、小指一本動かそうとしないのではないか。短いつき合いながら、かなりの確信を以て予想がついた。

 「どうするんだ坊主、相方、お前置いて逃げちまったみてえだがよ」

 揶揄するというよりもむしろ、同情するような口振りで髭面が言った。太っちょの方は早くも興味を失った様子で、大欠伸をして尻を掻く。嘲弄のためにわざとやっているというわけではなさそうだ。心底からセイトを相手にしていないのだった。

 だが無理もない。

 いっぱしの戎士の態こそしているが、セイトは未だ十代の半ば、背丈は年相応で肉付きも普通に見える。対する男達はいかにも山仕事で鍛えたらしい屈強な体躯をしており、雰囲気からして荒事の経験も豊富そうだ。大人と子供、否、それ以上の力の差があっておかしくない。

 勝負ははなから見えている。もしも男達と同様に、しかし結果は真逆にセイトが考えていると知れば、男達は呆れを通り越して可哀相な者を見る目付きをすることだろう。

 セイトは黙って踵を返した。ほっとしたような苦笑したようなうんざりしたような気配を背中に感じながら歩き出す。

 尻尾を巻いて逃げ出した。

 傍からすればそういう状況だ。

 別に悔しくはなかったが、いささか心残りではあった。

 気晴らし程度には楽しめたかもしれないのにな、と。セイトはそう考えていたのである。


         #


 その歩みには淀みがない。まるで振り子が振れるように、定まった拍を刻みながら、足は前へと進む。背筋は直ぐに伸び、黒い瞳はひたすらに前を向いて、緑なす木々の芽ぐみにも宙をよぎる鳥の影にも、気を乱す様子はかけらもない。

 暫し止まって連れを待つ、という発想は無いようだ。さりとて積極的に置いていこうと意図しているわけでもない証拠に、背後から走って追ってくる音を聞きつけても、足は速くも遅くもならなかった。

 「感動の再会、だな」

 声を掛けて横に並んだ連れを、アルデは赤銅色の頭を振って一瞥する。

 自分よりも幾分小さな背丈の持ち主に、常と変わった様子は見られない。怪我をしていないのはもちろんのこと、返り血なども付けてはいない。余計な手間をかけた、とでもいうように、アルデは前へと向き直る。

 「一つ、訊いていいか」

 連れの方も、大喜びで迎えられるとはまさか期待していなかったらしく、切り出した口調に不満はあっても驚きの色などはない。

 「俺はあんたの側にいた方がいいのか、それともいない方がいいのか?雇い主はあんただからな。あんたが消えろって言うならそうするけどよ」

 共に旅を始めて日はまだ浅い。ここまでことさら急いで来たわけでもないから、今ならセイトが引き返すのに苦労は少ない。

 そうした事情を慮ってか否か。アルデの答えは素っ気なかった。

 「私はお前を雇った覚えなどはない。まして主従の契りを結んだわけでもない。好きにすればいい」

 「つまり、俺がどうしようとあんたの知ったこっちゃないってことか?まああんたからすれば、俺もさっきのおっさん達も似たようなものなんだろうからな。いっそはっきりと認めたらどうだい。俺を誘ったのは間違いだったってさ。それなら俺だって後腐れを感じないで済む」

 「お前は」

 前を横切る倒木をアルデは跨ぎ越した。丈夫な厚い革で作られた深靴は、戎士の履くものとしては小さめだが、所々に穴が開き置き石の転がる路の上を着実に踏み進む。鍛えられているという以上に慣れている。

 この異彩の剣士がどのような過去を負っているにしろ、城の奥でただ安穏とした日々を過ごしてきたわけでないことだけは確かだった。

 「私に何を求めている。栄達か?今の私は無力だが、おまえ一人を適当な役に付けることぐらいはできる。剣の腕は本物なのだからな、試し合いでもしてみせれば即座に採り入れられるだろう。気に染まぬ相手と無理に旅を続ける必要はない」

 「官職なんていらねえよ。あんた、俺がそんなもん欲しがってるように見えるか?」

 「そういう道もある、ということだ。実際に戎士の多くは剣を以て身を立てることを目指しているんだ。頭から否定することはないだろう」

 「別に他の奴らのやり方にけちつけるつもりはないさ。俺は違うってだけだ」

 風が薄雲を散らし、日が差した。セイトの足元に細い影が伸びる。その先をたどると、寂びた道標が立っていた。だが風雨に削られたためか、石に刻まれた文字はひどく読み難い。

 というか読めない。

 線が成す形は一応判別できるのだが、それを文字として捉えることがセイトにはできなかった。小難しい学問の本ならばともかく、日常範囲での読み書きなら十分にこなせる自信があったのだが。

 ひとり悩んでいる間にも連れはどんどん先へ進んでいく。呼び戻して何と読むのか訊いてみようか。

 だがすぐにその考えを打ち捨てる。

 いずれ町に着けば分ることだ。あっさりと疑問を放り出すと、セイトは薄情な連れの後を追った。

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