催眠術
このお話し、私が高校生の頃に作ったノートの切れ端の中から選び、転載したものです。
前半はほぼそのまま、後半は現在のムラツが再構成しています。
ですのでオリジナルでありません。
ちなにみ、連載でなく読み切りです。
これから、貴方に催眠術をかけます。
でも何も心配は要りませんよ。貴方はこのページを最後まで読むだけで良いのです。
何も不安はありませんよ。貴方の身に何も悪い事は起きません。
そうです、少し未知な出来事を覗くだけなのです。
私の言う事をただ素直にそのまま思い描いて下さい。それだけで良いのです。
さぁ、始めましょう。
最も始めに、力を抜く事です。
そして心の緊張を取り去り、考えたり想ったりする事も何もかも全て消し去ることです。
そうでなければ、この場では不必要な型にはまった融通の利かない常識が貴方の行方を
遮る事でしょう。そうです、今はもう自分が誰だったかという事も忘れてしまっていいのです。
困る事はありません。
貴方はこれから、貴方に寄りかかっている全ての物を置き去りにしてその存在を大地に縛り付ける
重い力を振りほどきます。
これから上へと、ただ上へと伸び上がるのです。上へと。
見てご覧なさい。もう周りには誰もいません。
気持ちが整理され、さっぱりとした場所で夢を見ているのに等しい気持ちの良さです。
もちろん、まだ上へと上り続けているのですよ。
元にいた場所はもう分からなくなりました。
貴方はもう貴方自身でしかありません。それ以外の事は何もかも忘れてしまいました。
良いのです。これからはもう貴方は貴方である事以外に何も必要ありません。
天を仰ぎましょう。貴方がいま進んでいる方向はまっすぐ上に伸びるこの光の向こうです。
新しい大地が見えて来ました。
遥か彼方まで平面です。
キラキラ艶やかな世界です。暖かいですね。
不思議な赤と白のしま模様の地表が光を反射して硬質に光っているのが見えます。
地への向こうには緑色の空が見えています。霞まない透き通るような緑の空です。
それ以外の色はもう存在しません。
前にも後ろにも空は果てしなく、どこまで続く透明の緑。
変わらぬ色の連続に、この空は果てなく続くのか、それとも本当は近いのか判らなくなって来ますね。
でも、私達はすぐに気付くはずです。
目の前には、私達の目を霞ませる空気も塵も欠片も何も無いのです。
何も存在しないのです。
赤と白と緑の光で埋め尽くされていて他には何もありません。
そう、他には何もありません。何も存在しません。
目を凝らしてみて下さい。
耳を澄ましてみて下さい。
まだ、貴方にその目と耳があったなら。
感じてみて下さい。
貴方自身、まだそこに存在しているならば。
探してみて下さい。
さぁ、貴方自身の姿を、影を。
光の中に何か見えますか?
貴方自身の過去も未来も真っ白に溶けてしまいましたね。
もう何もありません。
我々はもう。
さて、少し時間が経って、この場所に馴染んできました。
目的地にたどり着きましたよ。
何だったか判りますか?どこか判りますか?
判らないですか?
それでも良いのですよ。誰も貴方を責めませんよ。
もう誰もいません。
貴方だっていません。
私だっていません。
私は貴方。貴方は誰?
私は誰? どこにいるのだろう。
光は光。 私は光? きっとよく知っている。ここがどこか。
何も聞こえない。それでも判る。ここがどこか。
何も見えない。 それでも判る。どこから来たのか。
私は見えない。聞こえない。
困る事はありません。影が無い事は光となった証です。
この先どこに行くのか。判っている。
この赤と白と緑の中にいる事は良くわかる。
艶やかな大地。透き通った空。
懐かしい。何も見えない。いいえ見えている。
全てを把握している。見ている。見得ているのだ。
とてもとても心地よい。
空の彼方が判る。遠くまで判る。
誰かが来るのが判る。こちらに来るべきだと判る。
迷っているのが判る。見失うのが判る。
だから手を差し伸べるのだ。
それが、それこそが目的なのだと。
怯えているのかい? 平気なのに。
さぁ、こちらにおいで。緊張?
さぁ、最初に力を抜くのです。
そして心の緊張を取り去り、考えたり想ったりする事も何もかも全て消し去ることです。
そうでなければ、この場では不必要な型にはまった融通の利かない常識が貴方の行方を
遮る事でしょう。そうです、今はもう自分が誰だったかという事も忘れてしまっていいのです。
困る事はありません。
こちらにおいで、これから一緒に。一緒に。
楽しんでいただけましたか?
遅筆の私ですが、このお話の元々を書いた頃は速筆だった記憶があります。
その頃の自分ともう一度出会うならば。私はその彼と溶けて1つになって
この遅筆を消してしまいたいですね。
あの頃は私はあらゆる自分を消したくて仕方が無かった。
色々な自分を沢山選び出してはそれのどれもが気に入らず
塗りつぶす方法を探していたように思います。
そして、書く事は自分をこの文字の中に移し替えて無くしてしまう
方法だったようにも思います。
そんな物が、皆様の楽しみに少しでもお役に立つならと思います。