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八話:まだまだ海!

 俺は波打ち際の砂浜にそっと立ち、水を含んだ砂の感触を素足で感じた。

 波が来て俺の足を濡らす。冷たい海の感覚がくすぐったい。


 「不思議なもんだなぁ……」


 前世ではこんな風に海に来た事は無かった。ただ足が濡れただけなのに、俺は内心で心が湧き踊るのが分かった。

 別に珍しいものでもない、前世でも行こうと思えば簡単に行けた。

 だからきっと、こんな風に遊ぶべきだったのだろう。

 もったいのないことをした。前世ではもっと娯楽があって、そして俺はそんなものには目もくれず毎日毎日出勤出勤安い惣菜臭え服安い酒つまらないテレビ。そして孤独……ああなんか嫌になってきたな……。


 「わぁ……な、これは……」


 俺がノスタルジーに浸っていると呑気なベルは恐る恐るといった様子で砂浜をゆっくり進んでいた。

 ついいたずら心が働いて嘲笑する。


 「おいおいベル、ビビってんのかそんな浅瀬で」

 「は……? いえ、別に、海には初めて来たので、ちょっとびっくりしただけです」

 「ならほら、もっと前に出てみろよ、出来ないか?」


 ベルはムッと俺を睨んだ後、すまし顔で前へと歩き出した。

 海辺は砂に足を取られ波に打たれて歩きにくそうだが、そこはレベル999、危うげなく進んでいく。


 俺は腰の少し下まで海に浸かったベルの背後から思いっきり水をかけてやる。


 「ほら、これで――」


 水は振り返ったベルに見事命中しベルは倒れた、水飛沫が上がる。


 「ギャハハハハハ!! 馬鹿め! 油断するからだまぬけ!」


 俺がひとしきり笑っていると、不意に目の前に壁が現れる。

 時間が圧縮される、目の前の壁は、否、波はゆっくりと迫っている。

 ――つまり、俺は今死にかけている。これは死にかけていると本能が理解し、脳が警鐘を鳴らした結果現実の時間が引き延ばされているのだ。


 「うわあああああああ――!」


 俺がそう理解した時には、俺は海水にもみくちゃにされ吹き飛ばされた後だった。


 暑い砂の上、俺は口に入った海水を吐き出しながら立ち上がる。


 「ぺっ……やるじゃねえか」

 「ふふん。ええっと、ざ……ざまあみろ、という奴です」


 ベルがドヤ顔で胸を張っている。妙に腹の立つ顔である。俺の中の何かのスイッチが入った。


 「へ、へへへ、へへへへへ。調子に乗るなよ雑魚が……! やってやらああああ!!」

 「元気だなぁ……」


 ハルの呆れたような声が、俺の耳に届いた。




***




 「……怒られちゃったね」

 「うぅ……すいません……」

 「お前らレベル高すぎなんだよ、常識の範囲内でやれよな、全く」


 三人で全身水浸しになりながら、俺たちは去っていく監視員の背中を見つめた。


 「一番怒られてたのは砂を固めて投げてたハレでしょ」

 「俺は被害者を出さなかったぜ? お前らの高波でガキが転けてたんだが?」

 「ごめんなさい……」


 ベルがしおらしく縮こまっている。そんなに落ち込むとは思っていなかった俺は思わず面食らって、しかし直後に思い直した。

 何故俺はイカれた倫理観の狂信者の心配なんてしてるんだ……? そもそもベルが傷つこうが泣こうがどうでも……。


 「調子に、調子に乗ってしまっただけなんです……」


 目の前で涙目になっているベルを前に、俺はため息を吐いた。


 「おいおいベル、そんな落ち込むなよ、美味いもんでも食うか? ほら、あれだ、ケバブとかあるぞ」

 「うぅ……私は宗教上の理由で水で身を清めた直後の飲食を禁じているためお断りします」


 ベルはスッと感情を落ち着かせて冷静に言った。

 なんだこいつ。


 「……それは清水で身を清めた場合で海水は含まれないんじゃなかったか?」

 「なら大丈夫ですね! さっき一度かき氷を買いましたが、それなりに並んだので急ぎましょう!」


 なんだこいつッ。

 ベルは目を輝かせてさっさと砂浜に立っている木造の……『海の家』と看板に大きく描かれた建物に走っていった。


 「……行っちゃったね」

 「あいつの情緒は分からん。なんなんだ一体……」

 「失礼、そこの猫獣人、少し良いか」


 ハルと二人走り去ったベルを呆然と眺めていると、横から声をかけられる。そちらに振り返ると、頭のてっぺんから尻尾の先まで真っ黒な猫耳を持った獣人の男が二人立っていた。


 「ナンパなら、申し訳ないけど他を当たってほしい」


 ハルがすぐに前に出て俺を庇う。だが男二人は気を悪くした様子も無く……というか、ハルを完全に無視して俺を見つめた。


 「その髪色、まさかあなたはあの『爆光』のハレ・ピース様では?」

 「あぁ?」


 また懐かしい二つ名を……小っ恥ずかしいったらないな。黒歴史を掘り返された気分だ。


 「もう冒険者は引退したぜ、今はしがない雇われさ」

 「やはり……! あなたのその肉を見て、一目で分かりました」


 肉……? 胸のことか? 変態なのか……?


 「その鍛え上げられた技、力、憧れでした。是非私達と勝負を……!」

 「……頼む」


 相手の男は海パン一丁で体を惜しげもなく晒しており、スマートでありつつ肉付きが良いのが一目で分かる。

 見た目で言ったら確実に俺の方が雑魚である。まあそんなものはレベル差で覆せるが。俺の何を見て判断したんだろうか。


 頭を下げている二人の男の前に、一歩進む。


 「ハレ」

 「問題ねえよ」

 「……なら良いけど」

 「それよりベルの奴を一人にするな、適当に遊んでやれ、俺だと遊び相手にもならねえ」


 ハルにそう言って、次いで男二人に言う。


 「良いぜ、やってやるよ。何で競う? 殺しは無しだぜ」

 「ありがとうございます!」

 「ビーチ・バレー……俺たちは二人二役、あんたは一人二役だ」


 良いハンデだろう。


 「良いぜ、ルール確認だ、点は?」

 「10点先取」

 「アタックは?」

 「あり」

 「コートはどこだ?」

 「ご案内します」


 スムーズに行われた応答を終え、男達は歩き出した。俺も後を追う。


 「そういや、お前らレベルは? それなりに鍛えてんだろ?」

 「私は61、こっちは65です」


 俺より高えじゃねえか。




***




















 試合は特に面白みもなく終わった。俺の勝ちである。


 砂浜を歩き、ベルを探す。

 後ろには黒豹族とかいう種族らしい男二人を連れている。

 幸いなことにベルは目立つためすぐに見つかった。ハルもすぐそばにいる。


 「いたぞ、もうちょい歩けるか?」

 「……はい」

 「おーい! ベル! こっちだ! おい!」


 数回呼びかけると、ベルはすぐに気づいた。人通りが多く少し時間がかかったが、すぐにこちらに来た。


 「どうしましたハレ? 試合は……」


 訝しげな声を出すベルが背後の二人に気づく。

 顔をボコボコに殴られたかのようなあざがあり、片割れは気絶して足が折れている。

 意識のある方も全身あざだらけで腕は折れ、鼻血の跡が残っていた。


 「治療を頼めるか?」

 「何があったの?」


 すぐに治療し終えたベルより先にハルが問う。妙に深刻だ。


 「何……って、ビーチバレーだよ」

 「ビーチバレーでこんなふうにはならないと思うけど……」

 「なるよ? ああそうか、お前にゃ馴染みないか。今回のゲームはアタック有りだったからな」


 この世界のスポーツ……異世界人が伝えたものも、そうでないものも含め、この世界のスポーツは大抵めちゃくちゃ暴力的だ。怪我や攻撃など当たり前。比較的穏当寄りなサッカーも直接蹴るのはNGだがタックル有りである。

 ちなみに点数についても数え方はメチャクチャだ、基本一本一点になっている事が多い。


 「アタック?」

 「ああ、対戦相手の無力化および気絶を目的とした打球、通称アタックが有りなんだよ」

 「……そんなのスポーツじゃない……」

 「この世界ではそれがスポーツなんだよ」


 この世界にスポーツを伝えた勇者もびっくりしているだろう。俺も知った直後はカルチャーショックが大きかった。


 「うぅ……俺、は……」

 「おお、目が覚めたか、よかったよかった」

 「そう、か……俺たちは、負けて……」


 男二人がその場に座り込む。その顔は恐怖に満ちており、試合の前の元気はどこかへと消えてしまっている。


 「恐ろしい、悪魔の様な打ち手でした。我々の無力化しか狙っていない容赦の無さ、かと思えばストレートにシュート。魔力操作による空中多段階変速球……常にこちらに最悪の状況を作り、しかし一切油断をしない。完敗です」

 「褒めんなよ、お前らは連携がお粗末だったってだけだ。俺も三点も取られちまったしな」

 「いえ……チームワークを鍛えても勝てるとは思えません。レベルは、勝っていますが……技術の一点だけで、完敗です」

 「ああ、まあ、そうかもな」

 「その上、あなたは勝負を急いでいました。その気であれば一点も取らせないことができたのではないですか?」

 「……」


 よく見ている。確かに俺は勝負を急いでいた。具体的に理由を言うと俺の水着は運動を想定されていなかったためである。クーパー靭帯の寿命がすり減った。

 あれ以上長引いていたらちぎれていた可能性があっただろう。厳しい戦いだった。


 ……まあそれを差し引いてもこの二人はそれなりの強者だった。なにも落ち込むような事は無い。慰めなければ。


 「そう気落ちすんなよ、お前らは確かに連携がお粗末でそれほど技術も無くて俺にデバフが無ければ一点も入れられないだろうが、それは俺が多少ボール遊びが得意ってだけだ。殺し合いなら五分五分だろうぜ」

 「ハレ、あまり煽らないでください」

 「? いや、慰めてんだよ、あんま茶化すな」


 ベルが何か言いたげにこちらを見ているのを無視して、俺は男二人に言った。


 「まあ、練習すりゃすぐに追いつけるだろ、才能あるしな。特に最後のシュートは切れてた」

 「……はい! 精進します!! ありがとうございました!!」

 「じゃあなー」


 男二人はお互いに支え合い去って行った。青春だなぁ……。


 「……そういえばハレ、『爆光』ってなんだったの?」


 小っ恥ずかしい過去の二つ名である。だが、まあ、俺としてはあまり良い思い出のない名だ。過去は過去、正直あまり言及したくない。


 「どうでも良いだろ、それよりお前らは何やってたんだ? 飯食ったか?」

 「私達はビーチフラッグを……ご飯はまだです、みんなで食べるべきなので」

 「なら飯だな、焼きそばが美味いらしいぞ」


 俺はベルとハルを連れて海の家に向かった。

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