カーテンの幽霊
生きることが嫌なあなたへ。
※本文は完全に創作になります。
実際の地名や人物、団体とは一切関係ありません。
私が幼い頃から
うちの家には幽霊がいた。
いつも決まって
リビングのカーテンに隠れている。
お父さんは気のせいだって言うけれど、
絶対に見間違いなんかじゃない。
だって見たもの。
深夜、
喉の乾きで目が覚めて、
月の明るさだけを頼りに、
リビングに降りた時。
月の光がカーテンを通して
リビングに差し込んでくる。
その光を遮る影が、
カーテンの裏にいた事を。
初めは怖かったけれど、
少しずつ慣れてきてわかったことがある。
1.幽霊は近づくと消えてしまうこと。
2.晴れた夜、月が出てる時間だけ現れること。
3.私のいる時にしか現れないこと。
4.多分、女の人。
カーテンに合わせて風になびく長い髪。
見間違えるわけもない。
顔も見た事ない、
ただずっと定位置に佇んでいるだけの幽霊に、
何故か安心感のようなものを抱いた。
────────────────────
現在私は、学校に通えていない。
何が辛いと言う訳でもなく、
ただただ日々を生きるのが億劫で。
お父さんには申し訳ないと思う。
シングルファーザーとして、
仕事をして家計を支えてくれていることに
すごく感謝してる。
本当に申し訳ない。
自分でもこの億劫さが何から来るものなのか、
よくわかっていない。
あ
もしかすると、幽霊の呪いなのかも。
無害だと思ってたけど、
毎日少しずつ怨念を発してて
それが蓄積してこんなことになってるとか。
………………………
……………そんなわけないか。
気がついたら深夜1時。
私の最近のマイブームは、
幽霊に愚痴を話すこと。
返事が帰ってくることはないから気楽だし。
「あ、いた。」
階段を降りると、
今日も今日とて同じ位置に立っている。
「あなた、
毎日同じ場所同じ時間に現れるけど、
そんなに暇してるわけ?
私ならせっかく幽霊になれたんだし
空を飛んで世界中旅するか、
さっさと成仏するけど。」
相変わらず返事はない。
幽霊に近い場所にある椅子に
腰掛けて話しかける。
お父さんが口うるさくて────────
担任が登校しろってしつこい──────
クラスメイトの気遣いが逆にウザイ───
全部全部、
自分のせいなのに、
他人に責任押し付ける自己中な性格。
あーヤダヤダ、
お父さんよりも
担任よりも
クラスメイトよりも
何よりも嫌いなのは
私自身なのに。
何を話しても幽霊はピクリとも動かない。
そのうち月が雲に隠れて
幽霊も消えてしまった。
あーあ、つまんないつまんない。
家にいる間、
時間だけは有り余っているというのに
何をしてもつまらなくて仕方がない。
「いっそ幽霊がずっと居てくれたらいいのに。」
ゴトゴトゴト!!!!!
突然大きな音が後ろから聞こえて、
ぱっと振り向いた。
そこには階段から転げ落ちたお父さんが
床に横たわっていた。
「お父さん!!!!!」
すぐに駆け寄って見ると、
呼吸が荒く苦しそうにしている。
「ま、待ってて、いま、今救急車呼ぶから、」
すぐに固定電話に駆け寄って電話をかけた。
「あの、あの、お父さんが!!
階段から落ちて……!!!!
苦しそうで、、
息ができてないみたいで、……」
動揺しながら何とか状況を伝える。
手汗で何回も受話器を落としそうになった。
私のせいだ。
私が夜更かししてるから、
お父さんは心配して降りてきてくれたんだ。
私が、
わたしが夜更かししてなかったら……、
こんな馬鹿みたいに
幽霊に話しかけてなかったら………
────────────────────
気がつくと病院の個室にいた。
ここに来るまでの記憶が
ほとんど吹っ飛んでる。
お父さんはベットで眠りについている。
「お父さんはね、
腰の骨を折っちゃったみたいで、
階段から落ちたって話だから
もう少し詳しい検査を
しなくちゃいけないんだ。」
病院の先生は私にそう言う。
お父さんはしばらく入院することになった。
「明日も学校でしょう?
お父さんのことは私たちに任せて
お家に帰りなさい。」
看護師さんも私にそう言う。
まるで学校に行くことが
さも当たり前かのように。
否定するのも面倒くさくて、
頷くだけして病院を後にした。
お父さんがいない家は、
幽霊がいる時よりもずっと不気味に感じた。
────────────────────
ピンポーン
チャイムの音で目が覚める。
時計を見るともう夕方になっていた。
ここ最近寝不足で、
限界になって気絶するように眠るを
繰り返しているうちに、
生活リズムがぐちゃぐちゃになっていた。
インターホン越しに玄関を覗いてみると、
そこには私のクラスの担任がたっていた。
瞬間、目が眩むような頭痛が襲う。
立っていられなくなり
その場にしゃがみこんだ。
その間ずっとなり続けるチャイムは
私に選択を迫ってくる。
ピンポーン
「おーい!
いるんだろー?」
ピンポーン
きっとお父さんが入院したことを聞いたんだ。
私が出てくると断定した上で、
気安くドアに声をかけてきている。
「◯◯が心配してたぞ〜!
◯◯だってお前のことを
気にかけてるんだぞ〜!
勉強だってついていけてないだろ〜?」
あぁ、名前を聞くだけでも吐き気がする。
聞きたくないものを
無理やり聞かされるストレスが
どれだけのものなのか、
きっとあの担任には分かりっこないんだ。
そのうちチャイムでは出てこないと思ったのか
ドアをどんどんと叩き始める。
「おーい!
出てこいよ!
いい加減意地を張るのを辞めなさい!」
やめてやめて、
家が壊れる。
顔も見たくなかったのに、
声も聞きたくないのに。
頭痛と吐き気と目眩と
不安と焦燥と怒りと悲しさが、
同時に巻き起こる。
じっと床に座って耐えていると、
近所の人が不審者だと通報したらしく
警察が家の前に来た。
「いや〜、違うんですよ。
この家の子供の担任でして。」
事情を聞く警察に
説明をしているのが聞こえる。
少しするとさすがに諦めたのか、
帰っていったようだ。
気が付けば嘔吐していた。
安心した途端、
身体中から汗が吹き出してくる。
どうやら息をまともに吸ってなかったようで、
ぜぇぜぇと運動したあとのように
心臓が脈打つ。
どうしたって私は、
あいつらから逃げられないのか。
────────────────────
夜になってもやはり眠れない。
夕方まで寝てたんだからそりゃそうだ。
階段を降りると、
リビングのカーテンに幽霊が立っていた。
外を見ると満月が夜空の中央に
でかでかと浮かんでいる。
いつも通り幽霊の近くの椅子に腰かける。
でもどうしても、
今日は何か話す気にはなれない。
ただこの孤独を埋める為だけに、
幽霊のそばに座りぼーっと時間を過ごす。
「あなた、そんなに暇してるわけ?」
突然どこからか声が聞こえて
反射でその場から離れる。
どうやら言葉を発したのは幽霊のようだ。
「…………あなた、話せたの……?」
というか、
この幽霊が言葉を話し出した瞬間、
忘れていた幽霊への恐怖を思い出した。
そうだ。
こいつは家族でもなんでもない、
未知の存在なんだ。
昼間とは違う恐怖で身がすくむ。
体が動かずその場で固まったようだ。
どうして、
どうして私ばっかりこんな目にあうの。
なんで、
あいつらは幸せに笑ってるくせに
私はそれが許されないの。
こんなことなら、
こんな苦しい思いをするなら、
いっそ死んでしまいたい──────────
そこでハッとした。
そうだ、死ねばいいんだ。
死ねばこの幽霊みたいに自由になれる。
いっそ今ここで、
この幽霊にとり殺されてしまえば。
そしたら、
そしたら……………
「あなた、
毎日同じ場所同じ時間に現れるけど、
そんな暇してるわけ?」
幽霊はまた私に話しかけてくる。
これ、
前に私が幽霊に言った言葉だ。
「毎日つまんない。」
「お父さんが口うるさい!」
「勉強したくな〜い。」
過去に私が幽霊に話した言葉を、
まるでオウムのように繰り返してる。
「濡れ雑巾みたいに汚い。」
「髪を垂れ流してて清潔感がない。」
「同じ場所に縛られてて可哀想、笑。」
……私が、
幽霊に吐き捨てた罵詈雑言が
全部自分に帰ってきてるみたいだ。
「……なによ、
どうして今になってそんなことするわけ!?
頭おかしいんじゃないの!?
今まで黙って突っ立ってた癖に!!!
なんなの!?!?
復讐でもしたいわけ!?!?」
そう怒鳴り散らすと、
それまでひっきりなしに話していた幽霊は
途端に静かになった。
「はぁはぁはぁはぁ……………
そうよ、そうやって黙ってればいいの!!!」
……何やってんだろ。
自分のしてきたことが
自分に帰ってきただけなのに。
全部全部、自分のせいなのに。
思わずその場に泣き崩れた。
そうだ、全部全部、
自分のせいなんだ。
お父さんが口うるさいのも、
担任が家まで押しかけてくるのも、
◯◯たちが……あんなことしてくるのも……、
そして………………お母さんが………
死んじゃったのも。
何もかも、もう元通りにはならない。
全て私のせい。
私の身勝手さが、
自己中心的な性格が───────
「私も、あなたのようになれたら……」
ぽつりと幽霊が呟いた。
まるで俯く私を慰めるように。
「あなたが羨ましい。」
「私も自由になりたい。」
「レースのカーテンがよく似合ってる。」
「話を聞いてくれてありがとう。」
───────これも、
私が幽霊に言った言葉だ。
普段素直になれなくて、
どうしても反発してしまう自分が嫌で、
いい人間になろうとしてた。
でもどうしてだろう。
私が言った言葉のはずなのに、
何故か幽霊が私に話しかけてきているようだ。
突然強風がふいて、
カーテンが大きくなびいた。
顔をあげると、まだそこには幽霊が居る。
「………あ、」
長く艷めく黒髪の中に、
幽霊の顔が見えた。
「……お、かあ、さん?」
優しく微笑んで酷く愛おしそうに
こちらを見つめている。
今まで、
カーテンの裏でそんな表情をしていたの?
どうして今まで、何も言ってくれなかったの?
お母さんはこちらに優しく手を伸ばす。
それと同時にカーテンが再び
私たちの間を遮った。
迷わずカーテンの上から
お母さんの腕に飛びついた。
……優しい
……暖かい
幽霊じゃないみたい。
「見守ってるから。
いつでもお話を聞かせて?
のぞみ──────」
私の耳に優しく語りかけてきたその言葉は、
正真正銘、
母の言葉だった。
幼い頃から母にその日あったことを
話していた。
日々を病室で過ごす母は退屈だろうと、
とりわけ楽しくなるような話ばかり選んでは
母に物語のように聞かせていた。
死の間際の母の言葉。
忘れるわけもない、
その言葉を、
その声を、
ずっとずっと
聞きたかった────────
もう、幽霊はいない。
風で押し出されたカーテンを、
いつまでもいつまでも
抱きしめていた。
────────────────────
「おぉ、のぞみか。」
お父さんのいる病室を開けると、
こちらに気づいたのか声が飛んでくる。
ベットに座っている父は、
母の姿を思い出させた。
「こうしているとな、
お前のお母さんと
一緒にいるような気がするんだよ。」
父も同じことを考えていたのか、
似たようなことを口にする。
「お母さんは、
何を考えながらここにいたんだろうな……。」
空を見つめる父の目はどこか寂しげだ。
「それより、
のぞみとちゃんと話すのは久しぶりだな。
最近は叱ってばかりだったからなぁ。
ご飯はちゃんと食べれてるか?
生活費は足りてるか?
不安なことはないか?
…寂しく、ないか?」
父をしっかり見るのはいつぶりだろう。
やつれて、少し痩せた父は
こちらを心配そうに見つめている。
私を叱っている時もこんな表情してたのかな。
「……………、
お父さんに話したいことがあるの。」
ちゃんと、
ちゃんと話そう。
喧嘩できるのも、
心配できるのも、
会話できるのも、
お互いが生きている時だけだから。
それからは必死に話した。
学校でいじめられていること。
担任は味方になってはくれなかったこと。
生きるのが苦痛に感じていること。
どもりながら、
つかえながら、
涙を流しながら、
全部話した。
父は静かに聞いてくれた。
「……そうかぁ、
気づいてやれなくてごめんなぁ。
よく頑張ったな。」
父の手が髪の毛に触れる。
優しく、割れ物を扱うかのように
ゆっくりと撫でられた。
「っ………、
ごめん、なさい、
いままで、意地はってごめんなさい!」
初めて、
嘘をつかずに素直な気持ちを
伝えることができた。
────────────────────
その後、他に異常は見当たらず、
父はすぐに退院した。
これからどうなっていくのか、
まだ私には分からない。
いじめのことも、
担任のことも、
勉強のことも、
先のことは何一つ分からないけれど、
ひとつだけ確かなのは、
全部、
生きてるうちの特権だから。
晴れた日の夜、
リビングのカーテンにはそよ風が流れる。
どうしても
苦しくて、
苦しくて、
やるせなくて。
人に当たってしまう自分が嫌で、
そんな自分を嫌う自分もまた嫌で、
何もかもが嫌いで埋め尽くされた日常も、
それでも、
全部、
生きているからこそのものだと信じて。
ここまでお読みいただきありがとうございます。




