3. さくら色
カラーコード #fef4f4, #feeeed, #fdeeef
補色は淡い水色。
ほんのりとした赤みのある、明るい淡紅色
日本人において永く愛されてきた伝統色、そして芸術に莫大な影響をもたらした色と言えるでしょう。
絵画はもちろん、文章によって紡がれる作品にもその理解は影響を与えるはず、日本人たる僕もうまくさくら色を使いこなしたいものです。
"桜色"と名がつき定着したその歴史は平安時代の末期から室町時代にかけてであるそうです。
その変革のきっかけは『古今和歌集』。かつては『万葉集』などで梅の歌の割合が多かったそうですが、『古今和歌集』からは桜の歌の割合が逆転して増えることにより、春を代表する花として定着しました。
春になると一斉に咲き誇る栄華な様、そして潔く潔く散る無常さに、諸行無常の滅びと美しさを感じ取ったのかもしれません。
桜の品種は600種以上。現代でこそ桜は接ぎ木によって全国的にひろまった"ソメイヨシノ"を身近としておりますが、歌で詠まれる"桜色"は山桜のことを指しております。
平安の美を感じた心に寄り添うとすれば、もし機会があれば本物の山桜を意識して一度その目で観るというのも良いかもしれません。バックになる植物や、渋い色も織り交ざる葉とのバランス、その表情はソメイヨシノと比べてより多様であるように思えます。
ちなみに、"山桜"は藤沢周平の短編小説、映画にもなっております。嫁ぎ先で苦労を重ねていた女性と、かつてそのひとに縁談を申し込んだ、正義を実直に貫く武士との物語。寒い冬を乗り越えようやく咲いた山桜。冒頭で田中麗奈さんがその桜の枝を栞ろうするも、なかなか届きそうで届かない。そこで武士と出会い、親切にも枝をとってもらうシーンが印象的に思えました。
桜のその色は寒い冬を乗り越えるとアントシアニン(シアニジン-3-グルコシド)の割合が増加し、より紅みが増し、温かい冬であれば淡い色となるようです。冬が厳しいほどにより色づく、現実が創作みたいで驚きです。しかしこれが科学に基づいているとすれば、桜の表現も単なる風景にとどまらず、描写もより奥行きが生まれ説得力のあるものになりそうですね。
そんな桜の色ですが、染め物として実現するのは大変な苦労と試行錯誤があった様です。
というのも、桜の花で染めたからといってあの桜色は再現できるわけではなく、桜以外の染め物で薄く染めたものを代用する、あるいは紅花で赤く染めたものに白い織物を重ねた"桜重ね"という手法が用いられていました。
というのも、あの桜色のもとになるシアニジン-3-グルコシドは熱には強くなく、花の方を用いると桜色以外のオレンジや灰色も混ざってしまい、長らく桜でその色をア再現することは困難とされてきたようです。
この事実は、人々がその色に価値を見出す後押しとなっきたかもしれません。
それでも、人々は桜色を何とか再現すべく、長年使い続けてきたことは言うまでもありません。
度重なる試行錯誤の末、現在では桜をつかっての桜染めが可能になっています。その奥深さは果てしなく、まさしく職人技の世界。どうも、その染料を再現するには枝の方を煎じるらしく、炊いて冷まして90日近く熟成させる工程もある模様です。
時期や種類、熱加減と熱を加える時間、その色合いはきっと無限大であることでしょう。
桜・桜色で描かれた芸術作品は数え切れません。
日本の作品において、僕的な推しは、奥村土牛の"醍醐"(1972年制作)です。
この作品には、見事なしだれ桜がまさしくこれぞ桜色という色で描かれております。この桜は太閤しだれ桜とも呼ばれる、豊臣秀吉による"醍醐の花見"で有名な京都 醍醐寺 三宝院前に在る樹齢170年の銘木です。
その作品は小林古径の七回忌で出会った1963年に写生をしたのち、また描きたいという想いのもと10年間温められようやく完成されました。奥村土牛83歳の名作。その想いは間違いなく作品に宿っております。
また、19世紀後半に革新的な独自のスタイルを貫いた画家、オランダ出身の"フィンセント・ファン・ゴッホ"、そしてパリ出身の"クロード・モネ"も印象たっぷりな桜を描いております。
興味深いのが、桜とは異なりますがゴッホの"花咲くアーモンドの木"はまさしく浮世絵でみるような桜のように描かれており、その花びらは"桜色"。実はアーモンドの木も桜によく似た花を咲かせるようです。当時フランスではジャポニスムが流行していましたが、その影響がうかがえます。
ファンタジーの洋風作品においてどう桜を配置するか迷うこともあるかもしれませんが、フランスと桜は芸術史において間違いなく接点があります。クロード・モネのラ・ジャポネーズ。この絵には桜は描かれていませんが、センスのグラデーションやうちわ、そして顔や素肌の淡い紅色には"桜色"を感じます。『桜を登場させずに桜を感じさせる』という高等なテクニックもありかもしれません。
……余談ですが、拙著の連載作品、「ヒトの骨格を持つ蝿の魔物に滅ぼされゆく世界を救う物語/アストリア戦記」の殺虫魔法使いリリアさん、モチーフは白百合なんですが、ツインテのリボンは桜色となっております。
何故その色になったのか、正直気づけば自然にそうなっていた形で、あまり深く考えていたわけではありませんでした。
——が、破滅的な世界の中で生き生きとしている子を描くにあたって、今思えば桜色はマッチしているように思えます。そういえば"醍醐"の桜色に使われた赤みの正体は……(・_・;)
やさしく、儚く……ちょっぴり怖い色。
桜色のお話でした。
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