第6話 兄と王子の訪問
「……ふっ、ふっ、ふぅ……っ!」
私は今日もサロンの隅でスクワットに励んでいた。
軽やかな室内着、額に滲む汗。すぐに息が切れるけど、それでも気分は悪くない。
(昨日より動きが軽い気がする……! 前世の私、ありがとう!)
自分で選んだ道を進んでいるという実感は、何よりも心を支えてくれる。
そんなとき――
「……アメリア?」
「妹が筋トレって、さすがに冗談だと思ったんだが……」
振り返ると、サロンの扉の前に立っていたのは兄――ジークリフトと、その親友のセイラン第二王子だった。
「兄様!? セイラン殿下まで……!」
「君が朝から庭で不思議な動きをしていたと母上に聞いてね。まさかスクワットとは」
セイラン殿下は相変わらずの優雅な微笑みで、困ったように肩をすくめていた。
兄様は腕を組んで、ややあきれた顔で私を見下ろしてくる。
「お前な……筋トレなんて、お前には必要ないだろ。アメリアは、そのままで十分可愛いんだから」
「ぶっ……!」
あまりにストレートな兄様の言葉に、思わず変な声が出た。
「なっ……に、兄様!? そ、そんなこと、急に……!」
「事実だろ。何度も言ってるが、お前は俺の妹なんだ。誰より可愛いに決まってる!」
真顔で言わないで! と叫びたくなるのをこらえるのに必死だった。
「……ジーク、妹に甘すぎるよ。まあ、アメリアが誰よりも可愛いっていうのは同意するよ。でもさ、それで彼女が変わろうとしてるのを止めるのは違うと思う。」
セイラン殿下がフォローのように言い、ゆったりとした足取りでそばに寄ってくる。
彼は兄様とは違って物腰がやわらかく、スラリとした手足に細身のジャケットを完璧に着こなしていた。
どちらかというと、セイラン殿下も兄様もすらっとした“貴公子”な体型で――筋肉とは無縁に見える。
「僕たちは、学院時代からずっと一緒にいるんだ。君の兄の性格も、よく知ってる。……君のことになると、いつも全力で過保護だってね」
「それを人前で言うな、セイラン」
「でも事実だろ?」
ふたりは昔から貴族学院で机を並べてきた間柄。
立場は違えど、唯一対等に遠慮なく言い合える存在だった。
「で、アメリア。理由は何なんだ?筋肉嫌いのアメリアが、なんで筋トレをしてるんだ?」
兄様が真顔に戻る。
私は視線を落とし、正直に答える。
「……変わりたいの。過去の自分に、もう戻りたくないから」
兄様はしばらく沈黙し、それからそっぽを向いて、ぽつりと呟いた。
「……だったら、せめて無理はするな。鍛えたいなら、ちゃんと栄養も摂って、計画的にやれ」
「兄様……?」
「一応、学院では体学もやったんだ。アドバイスくらいはしてやる」
「……ありがとう」
セイラン殿下は微笑んで、静かに言った。
「……変わろうとするアメリアのそばにいると、僕も影響されるなあ」
「影響されるって?」
「うん。僕も、君に見合う男になりたいから」
「へっ?」
「――なんてね。ジーク、そろそろ僕たちも鍛えるか?」
「は? お前も?」
「当然。筋肉は人を裏切らないらしいからね」
そう言ってウィンクしてくるセイラン殿下に、私はぽかんとするしかなかった。
(え……これって、もしかして……これから、二人とも一緒に筋トレ始めるってこと……!?)
なんだか、思っていた未来とちょっと違う方向に進んでいる気もするけれど――
(でも、悪くないかも)
私は小さく笑った。




