第3話 さよなら
翌朝、私はユリウス様の元を訪ねるため、父に無理を言って屋敷の外出許可をもらった。
寝起きの記憶混乱なんてことはない。前世のことも、筋肉が好きだったことも、全部はっきり覚えている。
(……ちゃんと話そう。ユリウス様と、もう一度)
彼がいれば、いつもの訓練場にいるはずだ。
騎士団の研修を兼ねて、彼はよく屋敷裏の剣術場で体を動かしていた。
石畳を踏みしめながら向かった私の目に、懐かしくも新鮮な光景が飛び込んでくる。
――剣を振るうユリウス様。
真剣な表情。肩の筋肉がシャツ越しに張り、流れるような動きの中にも研ぎ澄まされた力が宿っている。
汗が額を伝い、喉元をつたって鎖骨のあたりへと流れていく。
見惚れた、なんて言葉じゃ足りない。
(……カッコよすぎる……)
思わず見とれてごくりと喉をならしてしまうほど、ユリウス様は美しかった。
「アメリア様?」
声をかけたのは、稽古を終えたばかりの彼だった。
剣を下ろし、軽く息を整えたユリウス様は、私に向けて眉をわずかに寄せた。
「お身体は……大丈夫ですか?」
「……はい。昨日はご心配をおかけしました」
互いに形式的な挨拶を終える。距離は五歩。けれど、ずっと遠い。
「……私、あの、話したいことがあって……!」
言い切る前に、ユリウス様は先に口を開いた。
「アメリア様。……婚約の件については、ご両親からお話を伺いました」
「……っ」
胸が締め付けられる。
「今回は……あなたのご意思を、尊重することにしました」
まっすぐな声だった。感情を抑えているのがわかる。
でも、その瞳はどこまでも静かで――もう、揺らいではいなかった。
「ずっと、お断りしてきたのは……勝手な気持ちからでした。私は……あなたの隣にいたかったから」
「……!」
息が詰まる。
「でもそれは、あなたの幸せを考えた選択ではなかったのかもしれない」
「……ちが……っ!」
「アメリア様」
彼の声が、優しく私の言葉を遮った。
「もう、いいのです。どうか……自由に生きてください」
――その一言が、決定打だった。
声をかけに来たのに、想いを伝えたかったのに。
言葉は喉の奥にひっかかって、出てこなかった。
(……好きになりかけてたのに……)
(もっと知りたいって思ったのに……)
何も言えないまま、私は彼の視線から逃げるようにその場を去った。
背中に、もう何も言ってはこない彼の沈黙だけが、突き刺さるように残った。