第2話 前世の記憶と理想の男
それは、ほんの小さなつまずきだった。
ドン、と何かにぶつかって、視界が反転する。
階段から転げ落ちた私の意識は、一瞬で深い闇に包まれた――
* * *
「っ……!? ……筋肉は裏切らない……!」
目が覚めたとき、口から飛び出したのは、前世の私の座右の銘だった。
ここは、自室のベッドの上。
心配そうな侍女たちの顔をぼんやりと見つめながら、私は自分の中にある二重の記憶に気づく。
(……私、前の世界では……筋トレ女子だった?)
日本という遠い国で、プロテインを愛し、バーベルに恋をしていた日々。
理想の男性像は、鍛え抜かれた筋肉美。
――そう、今の婚約者・ユリウス様のような。
広い肩、整った背筋、引き締まった太もも。何より、無駄な言葉を使わない真面目さ。
(見た目、めちゃくちゃタイプなんだけど!?)
……そして、思い出す。
「マッチョは無理」「筋肉質な人と一緒にいると落ち着かない」
そんな言葉を、私は何度も口にしていた。
「バカすぎる……昔の私、ほんっっっとにバカ……!」
悶えながら、私はベッドの上でバタバタと足をばたつかせた。
見た目がマッチョだからって、
それだけで「嫌い」「気持ち悪い」「婚約解消したい」なんて。
(中身をちゃんと見ようともしなかった……! 彼のことを、全然知ろうともしてなかったくせに!)
何度も婚約解消を申し出て、彼はそのたびに断ってくれた。
それなのに――
(今回ばかりは、本気で受け入れようとしてる……)
両親が言っていた。ユリウス様は、「アメリアが本気なら、受け入れよう」と答えかけていると。
今なら、まだ間に合うかもしれない。
(私は……ちゃんと知りたい。彼のことを。昔の私が見ようとしなかった“本当の彼”を)
そう思ったとき、ようやく私は気づいたのだった。
これは、恋になるかもしれない。
私、ユリウス様を失いたくない。