第20話 対話と決意
王都の外れ、人気のない離れ屋敷の一室に、重苦しい空気が流れていた。
「……アメリアが行方不明に?」
ユリウス・グランフェルトは、声をひそめるようにそう繰り返した。
机の向こうに座るのは、第二王子セイランと、ヴァレンティナ侯爵家の嫡男ジークリフト。
二人の目には、緊迫した焦りと疑念が浮かんでいた。
「アメリアが最後に目撃されたのは学院を出た直後。護衛が予定と異なり、いつもとは違う侍女がついていた。」
セイランが報告書を机の上に置く。
「その侍女は、グレイスベル伯爵家の人間だった。そして今は……君の屋敷にも出入りしている」
その言葉に、ユリウスは目を閉じ、額に手を当てる。
「……やはり、そうか」
ジークが声を潜める。
「知っていたのか?」
ユリウスは、しばらく沈黙を保ったのち、ゆっくりと口を開いた。
「初夜の夜、エリシアが侍女と話しているのを偶然聞いた。“筋肉なんて気持ち悪い”“あの女を陥れてやった”と……笑っていた」
セイランもジークも言葉を失う。
「……けれど、それだけじゃない。俺は……結婚してからの数週間、無意識に彼女の“理想の妻像”を壊してしまった」
ユリウスの声に、どこか疲れが滲んでいた。
「実は初夜は別々で寝た。俺はキスさえ彼女にしたことがない。それが……エリシアにとっては、“自分が愛されていない証拠”に映ったんだろう」
彼は深く息を吐いた。
「俺は、彼女のプライドを――“自分は選ばれた女だ”という自負を、粉々にしてしまった」
その事実に気づいていながら、どうすることもできなかった自分自身が、何よりも許せなかった。
「政略結婚だった。グレイスベル伯爵家との縁がもたらす安定を、俺は手放せなかった。……だから、彼女の裏の顔に気づいても、見て見ぬふりをした」
「そして、アメリアが巻き込まれた」
ジークがかすれた声で言う。
ユリウスは頷いた。
「俺のせいだ。アメリアを守れなかった……。いや、最初から、何一つ守れていなかった」
セイランはその言葉に、静かに口を開いた。
「ユリウス。責めるつもりはない。だが……彼女を救うために、君の助けが必要だ」
「……わかってる」
ユリウスは、ゆっくりと顔を上げる。
その目には、確かな意志と痛みが宿っていた。
「エリシアを止める。屋敷内を洗い、証拠を探す。どんな形であれ……必ず、アメリアを見つけ出す手がかりを掴んでみせる」
セイランは、深く頭を下げた。
「ありがとう、ユリウス。俺は、彼女を――」
「……わかってるよ、セイラン」
ユリウスは、かすかに微笑んだ。
「もう……俺には、彼女の隣に立つ資格はない。でも――」
その声に、震えるような想いがこもる。
「彼女がどうか、無事でいてくれること。……幸せになってくれること。それだけが、今の俺の唯一の願いだ」
静かな誓いの言葉に、ジークもセイランも黙って頷いた。
過去を背負いながら、男たちはそれでも、前へと歩き出す。