第14章 プロポーズ
(アメリア視点)
夜の舞踏会。音楽と香水と笑い声が入り混じる中、私は一人、会場の片隅で静かに立っていた。
視線の先には、見慣れた背中――ユリウス様。
彼は、エリシア様と並んで立ち、何か言葉を交わしている。
距離は近く、会話は穏やかで、そして――
彼は、エリシア様に小さな小箱を差し出した。
「……っ」
あの瞬間、空気が確かに変わった。
歓声もなければ、正式な宣言もない。
けれど、誰もがその場面を“理解してしまった”。
「あれ、指輪……?」
「やっぱり、結婚がもう近い?」
囁き声が、私の耳にまで届いてくる。
視線を逸らそうとしても、目が離せなかった。
(見てしまった……)
私はそっと踵を返し、会場の外れへと歩き出す。
胸の奥が締め付けられるように痛い。
(私は……あの人を、まだ……)
答えは出ないまま、私は背を向けた。
ーーーーーーーーーー
(ユリウス視点)
エリシアの前で、俺は小箱を差し出した。
彼女の長く繊細な指が、その小さな指輪を受け取った瞬間、顔がゆっくりと赤く染まる。
誰に言うでもなく、ただ心の中で呟いた。
(これで、アメリアを……)
ふと、視界の端に映ったのは、遠くで立ち止まるアメリアの姿。
彼女の目がこちらを見ていた。
けれど、目が合う前に、彼女は踵を返し、静かに会場を後にした。
(見られていた……)
でも、追いかけない。
もう、そうする権利は――俺にはない。
視線をエリシアに戻す。
彼女は、嬉しそうに笑っていた。
その笑顔は、作り物ではないように見えた。
(……エリシアは、俺を愛してくれている)
ずっと、アメリアと婚約していた時から、ただ追いかけてくれていた彼女。
それを知っていながら、俺は心のどこかで誤魔化していた。
(だからこそ、ちゃんと向き合いたい。彼女を愛したい。愛そうと努力することが、今の俺にできる“誠実”だ)
このままでは、彼女に対しても――アメリアに対しても、不誠実なままだ。
(俺が過去にした選択を、彼女に重ねたくない)
エリシアの小さな手を、そっと取る。
まだ温かさが残るその手に、わずかに力を込めた。
「ありがとう、エリシア」
彼女は嬉しそうに笑い、「私こそ」と小さく囁いた。
(俺は――俺なりに、この気持ちにけじめをつける)




