第10章 婚約発表
王都で最も格式ある広報紙に、華やかな文字が踊った。
――《公爵家嫡男ユリウス・グランフェルト殿下、グレイスベル伯爵家令嬢と婚約発表》
その記事は瞬く間に社交界中へ広まり、午前中にはティーサロンの話題を独占していた。
「ついに発表されたのね……エリシア様って、やっぱり凄いわ」
「まさか、あのユリウス様が“心を許す相手”になるなんて」
憧れと羨望、そしてほんの少しの嫉妬が交錯するささやき。
私は窓際の席で、紅茶を口に運びながらその話題に耳を澄ませていた。
胸の奥が、少しだけ軋んだ。
――知っていたこと。覚悟していたこと。
それでも、活字として見せつけられると、心に残った何かがそっと揺れる。
(やっぱり、本当に……終わったんだ)
「大丈夫?」
斜め向かいから、優しい声が響いた。
顔を上げると、セイラン王子がそっと私に視線を向けていた。
「……平気。慣れたから」
そう言うと、セイランは苦笑するように小さく息を吐いた。
「嘘が下手だね。君は」
その言葉に、私は小さく微笑むしかなかった。
「でも……君の目は、ちゃんと前を向いてる。そう思ったから、今日誘ったんだ」
「誘った?」
「このあと、護衛と一緒に散歩に行かない? 人が少ない庭園がある。……少しでも気持ちが晴れるなら、それでいいと思うから」
私は一瞬だけ迷い、けれど小さく頷いた。
「……ありがとう」
自分でも驚くほど、すんなりと返事が出た。
ユリウス様のことは、まだ心の奥に残っている。
でも、私は少しずつ、“今”を歩こうとしていた。
* * *
その夜、別のサロンでは――別の囁きが流れていた。
「ねえ。知ってる? セイラン第二王子と、アメリア様……最近、よく一緒にいらっしゃいますよね。」
「えっ!? でもアメリア様って、ユリウス様の元婚約者じゃ……?」
「ふふ、まさかの三角関係かしらね。いや、四角関係?どうなるのかしら?」
華やかなドレスの奥、女たちの笑みには色めきと毒が混ざっていた。
恋と噂は、社交界の蜜の味。
ユリウスの婚約とともに、新たな話題が今、動き始めていた。