嫁が生焼けハンバーグを作った日
嫁は料理が上手だ。経験上、間違いない。
カルボナーラもコクがあり濃厚で、たまにボンゴレビアンコとか言う洒落たスパゲティも作ってくれる。煮魚もほろほろとして甘じょっぱく美味い。中華も、トルコ料理も、何でもこなす。自慢の嫁なんだ。
また、嫁は研究熱心だ。外で食べた料理の味まで完ぺきに再現できる舌を持っている。調理法をネットで調べたり直接聞いたり。本当に、本当に俺にとっては勿体ない嫁だと思う。
────そう。目の前のハンバーグも。
「あら、食べないの?」
「いや。その……朱里さん。これ、ちゃんと火が通ってませんが……」
「ふふ。最近行ったお店で食べたのを再現してみたのよ。レアなハンバーグ。裕二さんにも食べて欲しくて! とってもおいしいんだから♪」
表面は美味そうなハンバーグ。しかし、箸で割ってみると、よく練られたミンチが生焼け状態でこんにちはする。肉がシロップまみれのイチゴかき氷みたいになっていた。
だれだ。こんなとんでもないハンバーグを流行らせたのは!(たぶん遊び心のある笑顔の素敵なシェフなんだろうな〜)
嫁はテーブルに頬杖をついて俺が食べるのを待っている。嫁は料理上手だ。それは確かだが……さすがに生焼けのハンバーグを食うわけには行かない。俺はやんわりと断る口実を探した。
「最近口内炎痛くて」
「へーそうなんだ」
「だから、肉類はちょっと……」
「ちょっと?」
嫁の眉が少しだけ下がった。うう……言い辛いじゃないか。『食べられない』って。しかももう出来上がったあとだぞ。どうする、俺。
「……食べられない理由があるのね……」
そう言って嫁が生焼けハンバーグを片付けようとする。俺に食べて欲しくて嫁が再現レシピを考えながら作ったハンバーグが今、嫁自身の手で捨てられようとしている。
「──待ってくれ!」
ゴミ箱に差し掛かる嫁の手を俺は止めていた。
「裕二さん?」
「……」
嫁の善意がゴミ箱に飲み込まれることだけは許せない。俺は、素直に言おうと決意した。嫁なら分かってくれると、信じて。
「生焼けハンバーグは食中毒が怖いです。だから、一緒に焼き直しましょう!」
嫁が瞳を輝かせて笑った。
「はい!」
なんだか、告白した時の気持ちのようだった。カラスがどこかで鳴いていたが、そんなの気にならなかった。今、とても幸せだ。
嫁と二人で生焼けハンバーグが盛られた皿を持って台所まで行った。フライパンに油をひきながら嫁とお喋りをする。
「裕二さんの好物は青椒肉絲よね。一番好きな具材は……筍?」
「ぶっぶー、ハズレ。ピーマンだ!」
「ふふ、外れちゃった♪」
肉の焼ける音に玉ねぎの甘い香り、ニンニクやスパイスの香ばしい匂い。付け合わせのニンジンのグラッセを電子レンジで温める。
「実はね。私も裕二さんと一緒に料理がしたかったの。いつも作るだけだったから。だから今、とってもうれしい」
「! お、俺もです、朱里さん!」
ハンバーグの芯にまで火が通った。俺もなんだか身体の芯まで温かい。これが『愛』ってやつか!
うおー!
生焼けハンバーグを考えた人ありがとうー!!
(……ん?)
「そうよ! レアハンバーグは鉄板で焼きながら食べるんだったわ!」
嫁が思い出すように頬に手を当てながら顔を赤らめた。素直に「食中毒が怖い」って、言っておいてよかった。
おわり
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