Regeneration【V】
「ごきげんよう、お父様」
「ああ、ヴァイオレット。……お前、いくつになった?」
「二十一歳です」
数日ぶりに顔を合わせた父に問われ、答える。
「もう二十一、か」
この家に来て、──『ヴァイオレット』になって六年が過ぎた。
その間レティは、ほとんどこの屋敷から出たことはなかった。学校にも通っていない。
学業も良家の娘としての嗜みの習い事も、それぞれ専門の家庭教師がついていた。
外出するのは、どうしても避けられない社交の場のみ。家としての付き合いで必須なパーティに出席しても、ぴったりと張り付いた侍女に何もかも任せておけばいい。
「ヴァイオレット様は毅然となさって、決して隙など見せられませんようただ微笑んでいらしてくださいませ。上流のお嬢様は、軽薄にお話しになる必要はございません」
執事やメイド頭に言い含められたとおり、パーティでは侍女が取り仕切ってくれた。
促されたときだけ、名を名乗り簡単な挨拶をする。威厳は崩さないよう、レティには無縁だが尊大にはなりすぎないよう。
自分がこの家を存続させるための部品でしかないと、この六年で十分すぎるくらいに学んだ。
父の決めた、この家に似つかわしい相手と結婚して、子を為す。レティの役目はただそれだけ。
人間になった今も変わらず、所詮『人形』なのだ。
それなのに未だ縁談の話さえ出ないのは、やはり後ろ暗い『出自』のせいだろうか。
◇ ◇ ◇
「ヴァイオレット。今日は客が来る。研究所の、……この家にとって非常に重要な方々だから挨拶するように。お前も我が家の一員として知っておくべきことだ」
「はい、お父様」
相も変わらず淡々とした父の言葉に、逆らう気もなく従順に答える。この家では、レティに自我など必要とされなかった。
「お嬢様。もうすぐお客様がお出でになると、旦那様がお呼びでいらっしゃいます」
「わかったわ、ありがとう」
準備を整えて待っていた自室で、呼びに来たメイドのジュリアに頷き彼女に伴われ客間に向かう。
ここで唯一、レティの腹心と言って差し支えない存在。
秘密を明かすことはできるわけもないが、年齢も近く人柄もいい彼女がいたから耐えてやって来られた部分は確かにあった。
執事に案内されて部屋に入って来た客人を父と並んで迎える。
「娘のヴァイオレットです。ヴァイオレット、こちらはお世話になっている研究所の方でいらっしゃる」
言葉は丁寧だが決してへりくだってはいないのが伝わる父の紹介に、レティはなんの感情も湧かないままマナーとして相手と視線を合わせた。
その途端、己を取り巻く空気が凍りついた気がする。
……研究所。ありふれた単語だとしか捉えていなかった。
しかし、この家とあの研究所との「関係」を思えば予測可能な範囲だったと今にして思う。
言いなりに動く道具であることに慣れ過ぎて、頭が働いていなかった。
父に「挨拶を」と命じられたから従っただけのこと。
どのような人物かなど、興味もないし関係もないとしか考えていなかったのに。
「ヴァイオレットでございます」
とりあえずここで沈黙するのは不味い。
レティは内心焦りながらも、外面は優雅に映るよう機械的に腰を折って名乗った。
家格に見合う立ち居振る舞いはかなり身について来た、と厳しいキャロラインにも認められる程度にはなっているのだ。
条件反射のように求められる対応を取り、改めて父の隣で客二人とはテーブルを挟んだソファに腰掛けた。
心臓が早鐘を打っているのがわかる。
「ヴァイオレットお嬢様、私は研究所長のマクシミリアン グリーンヒルと申します。そして彼は私の片腕の研究員です」
「はじめまして、レディ カーライル。ナサニエル ブライトです」
──先生。ネイト先生。こんなに、突然。どうして?
そしてマックスも、普通の「先生」であり「所長」などではなかった筈だ。
レティの記憶の中では。メイサが姿を消してネイトが現れるまでの間、レティの担当はマックスだったのだから。
……それだけ、時が経ったということか。
感情を表に出さない訓練は受けている。何度も手の甲を叩かれて、身体に染み込ませた生きる術。
この茶番劇においても、きちんとできているのか。狼狽が露わになってはいないだろうか。
「Dr.グリーンヒル。もうこの場で取り繕っても仕方がないので申し上げますが、後継者が必要なのです。我が家には、何があっても絶対に」
いつになく必死さが滲む父の声。
「ええ、承知しております。Dr.ブライトは私がそのつもりで選んだ、大変に優秀かつ柵のない研究員です」
「そうですか。……確かに調査書を拝見した限り『過去』は問題にするようなことではありませんね。何より法的な血縁者が皆無だというのが、この場合においては相応しい。所長がそこまで仰るからには素晴らしい頭脳をお持ちなのでしょうし」
父とマックスとの会話を他人事のように上の空で聞きながら、レティは前方のソファに腰掛けた彼へ視線を向けた。ずっと心から消えることなどなかった、この世で唯一愛しい人に。
こちらを見ていたらしい相手と思いがけず目が合い、互いに固まる。
──先生も、わたしに会いたいと思ってくれていたの?