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Nate~ネイト~【3】

「……う、ん?」

 真夜中、ベッドの中で惰眠を貪っていたところを耳障りな呼び出し音に起こされた。


『ネイト! いま部屋か?』

 マックスの声だ。

 常に低温を保っているかのような彼が、いつになく慌てているのが伝わって来る。問い掛けの内容からも。


「そうです。寝てました。他にどこに行けと?」

 研究所(ラボ)のスタッフは全員この宿舎での居住を義務付けられている。この生活も、もう二年が過ぎた。

 相当広いとはいえ、敷地内から出ること自体がまず許可されない。


 しかし必要なものは申請すれば、審査は経るが「立場上、明らかに非常識」なものでなければ大抵は支給された。

 ネイトは申請したものを却下されたことは一度もない。

 殊に研究に関しては、「金に糸目をつけない」という意味をここに来て初めて知った気さえする。望めばどんな機材や資材も、理由も問わず揃えてくれるのだ。

 むしろ『外』の、ネイトが足元にも及ばない名のある教授(プロフェッサー)より恵まれた環境かもしれない。

 彼らの多くは、大学側と研究予算を巡り常に苦労を重ねているのを知っているからこそ。


 食事もすべて供されるし、希望すれば身の回りの雑事、──掃除や洗濯も任せきりにできるので、自由がないことに目を瞑れば特段の不便はない。

 ネイトは居室内のことは自分で賄ってはいたけれど。 

 まるで囚人のようなと忸怩たる思いを持っていたのは最初だけだ。馴染んでみれば、意外なほどに過ごしやすかった。

 だからと言って、何もかも好き勝手にはいかないし、家庭を持つのは無理だ。それも含めて、人生を売ったと思っている。

 しかし内情については、言うまでもなくマックスの方が熟知している筈なのにどうしたというのか。

 半ば寝ぼけていて(いささ)か失礼な返答になってしまったが、彼は気にする余裕もなさそうだった。


『〝レティ〟の「出荷」要請が入った! オリジナルが事故で重体だそうだ。すぐ来てくれ!』

「は、はい!」

 あまりにも衝撃的な知らせに、眠気など瞬時に吹き飛んでしまう。

 着替える暇さえ惜しく、パジャマ代わりの部屋着の上に丸めて放り出してあった白衣だけ羽織って、ネイトはドアを開け自室を飛び出した。

 研究所は宿舎のすぐ目の前だ。


 ──〝レティ〟、お前は。……俺、は?


「ネイト、とにかく早急にデータを揃えろ! あとは連絡が来たら引き渡すだけだ」

 〝レティ〟を、データと共にオリジナルの治療に当たっている医療機関へと。移送される対象はもう「眠らせて」あると、ここに着いてすぐ知らされていた。


 ──〝レティ〟、俺は、……俺はこれから、お前を「解体」する準備をするんだ。どうして、俺は、どうして。


 最初からわかっていたことだ。〝レティ〟を知る前、初めてこのラボに顔を出した日にマックスに忠告されていた。

 彼は当然の如く承知していたのだ。「実験体(クローン)」に思い入れると、苦痛が待っているだけだと。


 それでも、これがネイトの「仕事」だった。

 意識と身体を強引に切り離すように、無心でデータにアクセスする。考えたらその時点で止まってしまう。

 このデータを呼び出して整えたら、即座に〝レティ〟の出荷票になるとわかっているからこそ。

 所詮、駒なのだ。

 〝レティ〟を想うなどと耳障りの良いお題目を唱えながらも、現実にはオーダーに従って動く己はただの矮小な卑怯者に過ぎない。

 内心の葛藤を必死で抑えつけていたネイトは、マックスが誰かと通話し始めたのにも気づかなかった。

 無意識に止まる手を、何故叱責されないのかも。


「もういい。助からなかったってさ」

 背後から肩に手を置いたマックスの静かな声に、自分の周りだけ時間が止まった気がする。


「オリジナルが、……死んだ?」

「そう」

「じゃあ、──あの子は? どうなるんですか!?」

 すべてが同じ(・・)だとしても、見も知らないオリジナルの生死よりネイトにとって重要なのは〝レティ〟だった。


「さあな。こういうケースは私も未体験だし、聞いたこともない」

 先輩がお手上げだとでも言いたげに、両掌を上に向けた芝居がかったポーズを取る。それさえもまるで計算された演技のようだった。

 すべてが舞台の上で行われているかのようで、どこか現実味がない。紛れもなく今現在、我が身に起こっている事象なのに。

 棒立ちのまま何もできずにいるネイトを放置して、マックスが「これから先」に向けて慌ただしく動き出した。




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