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8 消した記憶と消せない約束(1)

 西部地域はもともと、魔物の発生しやすい土地である。

 そのため数年に一度、大規模な討伐隊が組まれ掃討作戦が決行されているのだが、病床の国王はこれを王子たちへの最後の試練と決めたようだった。

 

 ――功績さえあげれば、王太子に任命される。

 

 その確信があったからこそ、タリア・モルゲナーダはこれまで以上に神経質になっていた。

 

(でもまさか、これほどまでの魔法使いを雇うとは)

 

 手ごろな木に寄り掛かり、暮れなずむ夕日の中、野営のための天幕や荷下ろしを行う騎士たちを眺めていたシアは、目を閉じて視界に映る不愉快な影を遮断した。

 それでも、むせ返るようなほどの雑多な魔力は神経を逆なでして、完全には無視できない。

 

(ああ、イライラする)

 

 ただでさえ魔物と血の匂いに気がたっているというのに、そこに加えて魔塔の奴らに囲まれるなど耐え難い。

 タリアは本当に、素晴らしいプレゼントをくれたものだ。

 

 王命を受けて、二人の王子が率いる討伐隊が王都を発ってすでに半月。

 第一王子と第四王子。どちらの陣営も魔獣狩りや遠征の際には魔法使いを雇うという貴族の慣習にならい、魔塔の魔法使いを同行している。

 が、コラッド伯爵の雇った魔法使いは、ルヴォン侯爵が用意したクロヴィス側の魔法使いと比べて、はるかに質もタチも悪かった。

 

(第一王子の陣営は数こそ少ないものの、おそらく魔塔のトップで構成されてる)

 

 一方こちらの陣営はと言えば、数こそ多いものの、シアの抑えた魔力も感知できない雑魚ばかり。

 魔塔内ではそれなりに実力も経験もあるのだろうが、しょせんはあぶれた者たちをかき集めたのだろうと推測できる。

 

(おそらく、ルヴォン侯爵に先を越された伯爵は、魔塔の実力者たちをこぞって持っていかれたんだろうね)

 

『王家は魔塔と取引をしてはならない、魔塔は王家の争いに介入してはならない』というゲッシュがあるため、彼らを雇うのは王子たちの後援者である貴族たちの役目である。

 

 コラッド伯爵が東部の田舎貴族でしかないのに対し、ルヴォン侯爵家は政治の中枢にまで食い込む大貴族。

 貴族から資金援助を受けて存続している魔塔としては、ルヴォン侯爵家の要請に重きを置くのは当然の計らいだった。

 

(まあ、もっとも。質が悪いなら数を揃えろと指示したのはあの女だろうし、私に対する執着も薄れたと思えば歓迎すべきなんだろうけど)

 

『あなたが噂通りの方であれば、わたくしもこれほどまでに苦労する必要もなかったのですが……』

 

 討伐隊が王都を発つ前、タリア・モルゲナーダは軽蔑も隠さずにそう言った。

 つまり「この役立たずが」という意味だろう。

 

 タリアは悪名高き『白い悪魔』に色々と期待していたのだろうが、シアは彼女の言葉をありのまま捉え、それこそ『言われた通りにしか』動かなかったのである。

 

 例えばタリアが「ジェフリー殿下の周りを飛び交う虫を退治してほしい」と言えば、シアは実際に『虫』を退治した。

 苛立った様子で「殿下の地盤固めに協力してほしいと言った意味を、理解されていますか?」と指摘されたときは、実際に足元の『地盤』を固めてみせた。

 

 ちなみにシアが披露した魔法は、どれも初歩の初歩。魔法使いを名乗る者であればだれもが使える、初級魔法である。

 

 そうこうしているうちに、ようやくタリアはシアが王子たちの争いに介入する気がないことに気が付いたようだった。

 そしてこの度、魔塔の魔法使いたちから「シアの魔力は並程度」との診断を受けて、最後の期待も失ったというわけだ。

 

『契約を反故にするわけにも参りませんので、討伐隊には参加していただきます。ですが期間の延長は考えておりません。無償の奉仕は不本意でしょうし、時期が来たら隊を離れて結構ですわ。ああ、それから……』

 

 利用価値がないなら、こんなごく潰しは願い下げ――そう顔に不快感を滲ませながら、目を細めるとタリアは最後にこう告げた。

 

『最後くらいは最前列で、華々しい活躍をあげられるよう場を設けて差し上げましょう。感謝の意は働きで受け取らせていただきますわ』

 

(つまり払った金額に見合うよう、魔物の餌となり一行の盾となり、馬車馬のように働けってことだ)

 

 ほんとうに、感謝してもしきれない。

 魔物の巣窟に飛び込む場合、先陣を切る先頭部隊は常に奇襲と隣り合わせだ。

 

 今回の討伐部隊も傭兵で構成された前軍に続き、第一王子が率いる統制の取れた青の騎士団、それからルヴォン侯爵が雇った魔法使い数名。その後ろに義勇軍やかき集めた下っ端魔法使いで囲まれた第四王子の一団、という構図になっている。

 

 最前列ということはもちろん、第四王子たちと魔法使いの間のというよりも、傭兵たちと同列ということである。

 だがタリアの真意をはっきりと受け取ったシアは、珍しく抗議もなく、これ幸いと素直に従った。

 

 もし第四王子に張り付いて、彼を守れと言われていたら……。

 

(きっと『うっかり』目障りな魔法使いどもや王子を、魔物の餌にくれてしまうかもしれないしね)

 

 あのときシアはそう思って物憂げに目を細めたのだが、果たしてその予想は的中した。

 

 これだけ遠巻きにしていても癇に障るのだから、渦中にいなくて本当に良かった。

 シアは心の底からそう思う。

 

 第四王子の名誉にあずかろうという貴族どもはジェフリーやコラッド伯爵のそばにべったりと群がり、有力なパトロンを得たい魔塔の魔法使いどもは、その貴族どもの周囲を常にうろついている。

 

(まるで死体にたかる虫みたい)

 

 君主の人となりが見合った臣下を引き寄せるというけれど、ジェフリーの周りはまさにそれだ。

 

「は、ウジ虫どもめ」

 

 シアは大儀そうに瞼を上げると、山の稜線に沈みかけた夕日を見つめた。

 瞳に映りこんだ太陽は、独特なグリーンの虹彩に炎のような揺らめきを投じる。

 

「……」

 

 ――あと、ひと月。

 あとひと月でタリアとの契約も期限を迎える。

 

 それまでは本来の実力を隠し「名前だけは尊大な役立たず」を演じれば、タリアは不要の箱にシアを振り分けるだろう。

 彼女のように野心のある人間は、捨てた駒に関心を残さないからである。

 

(本当はここまで回りくどいことをしなくても、殺ってしまえば済むことだけど)

 

 貴族を殺すと後が面倒だった。

 特に、タリア・モルゲナーダのように注目の渦中にある人間は。

 第四王子が国王に働きかけて犯人探しに乗り出したら、ちょっとやそっと身を隠すだけでは済まないだろう。そもそもタリアは、そんな面倒を承知で狩るほどの獲物でもない。


 だからシアはのらりくらり。

 実力を隠し、仮面を被って、タリアの関心からうまくすり抜ける。

 

(ただ……)

 

 一つ問題があるとすれば、それは『シアの忍耐が続くかどうか』であるのだが。

 

「それまで、我慢……できるかな……」

 

 自信なさげにぽつりと落ちた呟きは、ほどなくして現実のものとなった。

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