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【二章終了】回帰の代償~史上最凶の魔法使い『白い悪魔』ですが、今度こそ殿下を幸せにしてみせます!~  作者: 涼暮月
二章

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67 楽しい楽しい、座学の時間-3

「おそらくですが、マチルダ様はひそかに黒魔法使いと契約したのかと」

「なに! 黒魔法使いだと?」


 信じられん、と目を瞠り、オズヴァルトは眉を顰める。

 だが、ふと考え込んだところを見るに、心当たりがないわけでもないようだ。


「サーシャ。お前は国王夫妻の婚姻の儀を行ったのが誰であったか、覚えているか?」 


 まもなく、そう疑問を投げかけたオズヴァルトは、無意識に机をとんとんと指で叩きながらこう語った。


「王家の誓いは一般的に、教会の最高位にある聖女や教皇が執り行う。しかし聖女が不在であったり、何らかの理由によって教皇が執り行えない場合、代役の者がかわりに執行する決まりがある」

「……」

「王室の婚約は婚姻と同義語であるから、王太子との婚約が成立した時点で、マチルダは王室の一員となり相互不可侵のゲッシュを誓った。この時の執行役は、枢機卿のひとり……」

「貴族派の、ペニーニャ大司教でしたわ」


 いい淀んだオズヴァルトへ、すかさずサーシャが名を告げる。


「ああそうだ、そうだったな」


 パチンと指を鳴らし、しきりに頷くオズヴァルトの向かい側で、シアは首を傾げて母に問いかけた。さすがのシアも、教会の内部機関にまでは興味がなかったので、教皇と聖女、それから枢機卿一人くらいしか、名前を知らない。


「ペニーニャ、大司教ですか?」

「ええ」


 当時の記憶を手繰り寄せるように柳眉を顰めると、当時を知らないシアのためにサーシャはこう説明してくれる。


「今代の国王夫妻が婚約されたのは、今から二十年前。陛下がまだ王太子でいらした時代で、猊下は長らく空位が続いていた聖女様を探すために、前聖女様の神託をもとに数年前から長い旅に出ていらしたの。当時の国王陛下——今のザイン陛下の御父上は当然、王太子の婚約を始めとした重要な儀に、猊下の出席を求められたわ」

「でも、それを阻止した方がいらっしゃったのですか?」

「ええ。王太子殿下自らが『民のためにも、聖女様の捜索を優先するように』と御父上を説得されたの。表向きは慈悲深い計らいだと、誰もが殿下を褒め称えたわ。けれどもその裏では、『マチルダ様が貧民から選ばれた教皇猊下を嫌煙されたのだ』と、噂していたけれど」


 いまの教皇ラウルス九世は、文字通り貧民の生まれだ。

 最も高潔な魂に、最も強い神聖力が宿ると教会が唱えていても、老衰で身罷った前聖女が、最後の神託で彼を教皇と定めても。

 生まれの賤しい者が教会のトップに君臨することを、快く思わない貴族は大勢いた。

 そしてその筆頭が、選民意識の強い王后である。


(たしか、ラウルス九世が聖女アストレア様を見つけられるまで、教会内の派閥は貴族派と正統派に分かれていたのよね。そして聖女の神託によって、私腹を肥やしていた貴族派が一掃される。つまり聖女を得て教会本来の姿を取り戻すまで、ラウルス九世の立場は弱かった……)


 アストレアが東部の片田舎でラウルス九世と出会うのは、彼女が十五歳のときである。

 なので今はまだ、貴族派が実権を握っているはずだ。


(おそらく「聖女を探す旅」というのも、形だけ。教皇を権力とは程遠い場所へ追いやるための方便ね)


「お母様? 貴族派とは文字通り、貴族出身の聖職者で構成された派閥でしたよね?」

「ええ、そうよ。爵位や領地を相続できない貴族の次男三男は、なんらかの方法で身を立てなければならないから」


 その方法は様々ある。

 クロヴィスのもとに身を寄せていた貴族騎士のように、有力な主君に仕えたり、婚姻によって経済力のある家門へ婿養子として入ったり。その中でも神聖力を有した者は、必然的に教会へ所属する道が一般的であった。


 とくに多くの若者は、危険の伴う聖騎士よりも司祭になる道を選んだ。司祭、次いで司教ともなれば実力次第では枢機卿も夢ではない。

 王国内で五人しか存在しない枢機卿ともなれば、国王と並ぶ教皇の最高顧問として、小貴族と同等か、時にはそれ以上の権力をも与えられることになるからだ。


「いまの貴族派の筆頭は、五人の枢機卿の内、おふたり。カーマイン伯爵家とルヴォン侯爵家の親族がその座にいるわ」

「つまりペニーニャ大司教は、王后の親族ということなのですね」

「そう、融通を利かせるにはまたとない逸材ね。それにザイン陛下は王太子時代、政事に無関心だった御父上が権力を増長させてしまった中央貴族や南部貴族——つまりお父様たちを押さえるために、ルヴォン侯爵家の力が不可欠だったの。慣習を理由にマチルダ様の機嫌を損ねるわけにはいかなかったのよ」


(それと同時に、国王の弱みがルヴォン侯爵家に権力を握らせ、気が付いた時には自分の首をも締めていたというわけか)


「は、無様だな。父親の失敗を自らが繰り返すとは」

「——お父様」


 同じ感想を抱いた祖父に、シアは思わず苦笑してしまった。


「シアが聞いているのですよ。言葉にはお気をつけください」

「うむ、すまん」


 もちろん母から険しい視線を向けられるので、お茶を飲むことで表情を隠したが。

 こくりと、程よく冷めて甘みが増したお茶で喉を潤し、シアはこれまでの情報を整理する。


(つまり、王后が王権を望んでいるのはほぼ確定。テネブレがラギメスと契約し、黒魔法使いであることもわかった)


 王后が教皇を遠ざけたのは出自のこともあるけれど、おそらく、黒魔法使いとの接触を隠す目的もあったはずだ。


(……あとは、教会へ対する国王の心証だけれど)


「おじい様」

「なんだ?」

「王后の機嫌を損ねないように接触を控えているというだけで、陛下は教会と対立しているわけではないのですよね?」

「ああ、もちろん。君主が神の代理人である教会と対立していては、民心が離れてしまう。互いの腹の内はともかく、対外的に対立はしていない……」

「けれども?」

「けれども、そうだな」


 どうやら続きがあるようで、先を促すと、オズヴァルトは顎を撫でながらこう答える。


「教会に王后の手下である貴族派が蔓延っている以上、ザインは教会を信用してはいないだろう。そこは警戒心が強い男だ」

(なるほど。クロヴィス様も『教会は信用ならない』と仰っていたわね)


 過去、国王は、たとえどれほど病状が悪化しようと、発作のたびに大臣たちが治療を受けるよう懇願しようと、頑として聖女による治療を受けようとはしなかった。


(アストレア様が聖女の位についたとき、組織内の膿は一掃されたはずだった。とはいえ、貴族派は有力貴族の縁者。完全に粛清できたわけではなかったか)


 実際、オズヴァルトが病死を装って暗殺されかかったのも、教会から見舞いの品にと送られた聖物『リンネ』が原因だった。

 果たして、教会に属する王后の手下が黒魔法に毒されたリンネを差し向けたのか、それとも、リンネの特性を知る者がそれを利用して暗殺を謀ったのか、真実はわからない。

 けれども、これだけは言える。


「対黒魔法として、教会の力は必須だな」

「ええ、そうですね」


 深刻な表情で語る親子の会話を聞きながら、シアもまた今後の計画をたてる。


(しかるべき時に、しかるべき方法で、教会の権威を振るう。そのためには、確実な大掃除が必要……うーん。一つ対策を立てると、もう一つ問題が浮き彫りになるわね。まだまだ、ぜんぜん、情報が足らない)


 たとえ未来に起こることを知っているとはいえ、それはシアが知り得た一面に過ぎない。


(一度目の人生の失敗は、驕りと油断だった)


 そして、それぞれの思惑と欲が絡まりあい、複雑化したからだということも、自覚している。


(当面の襲撃を防ぐためなのはもちろん。アストレア様を手助けし、どうにか国王の病状回復にこぎつける、そのためにも教会内部と繋がった人物が必要ね)


 それは以前、胸壁に登りながら、考えついた一つの策だ。

 権力闘争には権力を、策略には策略を、悪には正義を——それぞれに見合う相手を見繕い、ぶつけ、一つずつ確実に潰していく。


(そして、全ての元凶であるテネブレは……この手で絶対に討つ!)


 悪を裁く教会の機能が正常に働くようになれば、総じて、クロヴィスの力に代わる。

 いまはあの、牢獄のような王宮で、暗く苦しい人生を必死に生きているクロヴィスだけれど。

 ——あの方には、自由な空がよく似合う。


(私が必ず、道を切り開いてみせるから)


 無意識に親指に嵌めた指輪を撫でたそのとき、ふっと手元に影がさし、シアは空を見上げる。

 懐かしい瞳と同じ薄い水色を溶かした青空を、鷹が一羽、悠々と飛んでいる。

 温室のガラス天井越しに壮大で力強いその姿を見つめ、シアは眩しそうに目を細める。


 彼はあの空を悠々と飛ぶ鳥のように、自由であるべきだ。


(そのために、私ができることは——……)


 ふっと息を吐き、シアはこう提案をしたのだった。


「この地に、教会を誘致するのはいかがでしょう」



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