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【二章終了】回帰の代償~史上最凶の魔法使い『白い悪魔』ですが、今度こそ殿下を幸せにしてみせます!~  作者: 涼暮月
二章

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63 機先を制す

「魔道具が一部の特権でなくなれば、魔塔の価値は地に落ちますね」


 そう口にして、サーシャは唇に指を添えた。


「でもだからといって、こちらの技術の方が優れていることを最初から証明してしまえば、敵に無駄な警戒を抱かせてしまうでしょう」

「ああ。過去には、魔法市場を独占する今の形態を作るために、同業者へ圧力をかけて排斥した事例もあるからな。もちろん、わたしとしては正面から打ち負かすのもやぶさかではない。だが、能ある鷹は爪を隠すもの。そうだろう?」

「…………そうですね。——……」


 思考に没頭する時、人差し指でそこをとん、とん、と叩くのは彼女の癖だった。


「王国で魔道具を販売するためには、まず、王室に品物を納め、両陛下の許可を得る必要があります」


 一方、長い睫毛を伏せ、目まぐるしく計算するサーシャの隣では、公爵が沈黙を貫いていた。

 自分よりも優れた商才を持つ妻に立場を譲っている、というよりも、どことなくこの状況を楽しんでいるようだ。


「その許可証が下りるのは早くてもひと月か、ふた月後。五月祭で申請したのでは社交シーズンが終わってしまう可能性のほうが大きいです。けれどそこを逆手に取れば……」

「優位に事が運ぶよう、情報を操作するのは容易だな」


 オズヴァルトは人の悪い笑みを浮かべると、こう続ける。

 一般流通させる魔法細工に、装飾はいらない。王室への献上品も、体裁を繕える程度のクオリティでいい、と。


「期待値を裏切るほどありきたり、結構じゃないか。ここで重要なのはあくまで、販売許可証を得ることだ」


(つまり、王室への献上品はあくまで、敵の目を欺き、販売許可を得るための囮……)


 母と祖父の話を熱心に聞きながら、シアも自分なりの考察を頭の中でまとめていく。

 母も口にしたとおり、販売許可を得るためには両陛下——つまり、この事業自体を妨害できる、王后の同意を得なければならないのである。

 これが中々に難題だ。


(これまでに、社交界の目利きをも唸らせる数々のサービス、芸術品を世に送り出してきたオズヴァルト・フラメルが、新たに魔道具事業へ参入すると聞けば、王后の反応は容易に想像がつく)


 きっと、どんな手を使ってでも妨害してくるに決まっている。

 けれどもその商品が、『一見すると、とても高価な魔道具には見えない、地味なランタン』であればどうだろう。

 

「フラメル商会が、魔道具の販売を始める目的。それは、『神の恵みたる魔法を王国全土へ広め、国民の生活水準を高める一助となること』とでも言っておこうか。決して嘘ではないからな。おまけに『許可が下りれば手始めに、魔法に馴染みのない()()()()に、商品を販売するつもりだ』とでも言ってやれば? 王后とてこの事業に反対する、真っ当な理由を捻り出すのは容易ではないだろう」

「……なぜなら、平民向けの魔道具事業はほとんど慈善事業のようなものだから、ですね」

 

 魔道具作りは特殊な技術に加えて、時間とお金がかかるのが一般的だ。

 様々なコストを削減して、独自のルートで仕入れを行って……。それでも、魔塔のように高値で売ってこそ意味がある。


(顧客層を平民基準とすれば、どうしたって高値はつけられない。そうなれば、あきらかに利益よりも損失が上回る)


 それら全部を踏まえたうえで、オズヴァルト・フラメルが『国民の生活水準を高めるために、魔道具を普及させる』と申し出たならば。国民の暮らしを第一人に考えるべき王室が、それをはね除けては面子が立たない。


(それに、魔道具はいくら質を落としても、すぐには量産できない。なぜなら魔法使いは魔塔が独占し、それに代わる魔道具師も、シュエラ王国内には存在しないから)


 本当はエスメラルダにこそ、多くの魔道具師が集結しているのだが。

 だからと言って、五百年近くも諍いを避けて外界との接触を断っている公爵家が、中央政治にどっぷりと浸かった伯爵と、手を組んだとは誰も思わないはずだ。


(なにしろ、一般的なアルトヴァイゼン公爵家のイメージは、時代遅れで、引きこもりで、保守的な一門だもの)


 それに加えて保護魔法にまつわる数々の逸話もある。

 領地からは花の一本ですら持ち出せないとか。

 エスメラルダは当時のまま時を止め、城壁の内側では時代に取り残された古めかしい生活を送っているとか。

 じつは現代の魔法では、当主であっても保護魔法を解くことができない、だとか。

 社交界では今でもひそかに囁かれているのだ。


(最初以外は全部、デマだけれど)


 つまり公爵領の実情を知る者は少なく、賢い周辺領主らが口を噤んでくれているおかげで、エスメラルダの内情は外部に漏れていない。


(おじい様が魔道大国出身の魔法使いを雇用しているのは有名な話だし、社交界の面々は「その伝手を使って国外から商品を仕入れている」と思うはず)


 その場合、商品の輸入に莫大なコストがかかるので、王后としてはとりあえず高みの見物を決め込むのが上策だろう。

 献上品を見て、あまりの素朴さに「こんなものを広めただけで、魔塔の権威が揺らぐとでも?」と侮ってくれるのなら儲けものだ。


(きっと、動向を注視しながら、不利になると思えば魔道具による事故でも起こすはず。『無知な民が持つには、危険すぎる』とかなんとか騒ぎ立ててね。自分はそれを理由に、販売を停止するよう命じればいいだけだもの。……突発的な事故は、図らずして起こるものだから) 


 もちろん、そちら方面の対策も練っていくので、突発的な事故など起こることはないのだが。とにもかくにも、打算的な王后の思考を逆手に、許可証を得るのが優先事項だ。


(そうして許可証が手に入れば、目的の一つ目は果たしたことになる)


 ——魔塔の独占市場を揺るがすこと。


(次は……)


 ——魔法とはかくあるべきかという認知を広め、情報を正すこと。


(目下のターゲットは、金を落とす一部の上流階級ではなく、大衆……)


 魔法細工に対する平民の反応は心配していない。おまけに言うのなら、魔塔の魔道具は高価すぎて一生かかっても手にすることのできない下級貴族も。

 見栄にお金を投じられる裕福な貴族は「平民向けの魔道具」などお呼びでないが、彼らは違う。


(夜になると、囲炉裏のほの明かりや獣臭い蝋燭、もしくは獣脂を直接燃やして明かりを採るしかない彼らにとって、明かりとは豊かさの象徴であり憧れだもの)


 雀の涙ほどの給金では、蝋燭は高価で獣脂の出費も馬鹿にならない。

 けれども五月祭のギフトとして、魔法灯なる物が無料で配布されたなら。

 世にも珍しい魔法細工なる物が、少しの出費で買えたなら。


(最初は半信半疑でも、実演を交えて宣伝すれば、絶対手に入れたくて仕方がなくなるはず)


 そう見越したからこそ、オズヴァルトも最初の魔法細工に照明を選んだのだった。

 しかも、原動力である結晶石に蓄えられた魔力を使い切った後も、魔力を補充するか結晶石だけを交換すれば、魔法陣が壊れない限り使い続けることが出来るのだ。


(ふむ。所得の低い層限定で、翌年の五月祭でも替えの結晶石を配布すると宣伝しておくのもいいわね)


 そうすれば使い惜しみをする必要もないし、着実に魔法灯のある暮らしに馴染んでしまえば「次の五月祭が早くやってか来ないか」と、人々は季節が巡るたびに待ち望むようになるだろう。


(そうなればもう、元の生活には戻れない。ひとは快適な環境を求め、順応する生き物だから)


 ましてや、魔法灯があるおかげで内職を増やしたり、仕事の質が向上する者もいるだろう。夜間の警備を生業としている者や、道先案内人として日銭を稼ぐ孤児たちの糧にもなる。

 そんな暁光のような素晴らしい恵みを分け与えてくれたオズヴァルトに、人々は心から感謝し、魔法がもたらす恩恵を知るのだ。


(うん。これで目的の二つ目も達成できる。残るは……)


「五月祭の段階では、王室から許可証が発行されていないので、店頭販売はできませんね。ギフトの対象ではない富裕層の方々には、予約枠を設けますか、お父様?」

「もちろんだ。魔法細工の素晴らしさを理解できる者には、優先的に販売しなければならない。社交シーズンも終わり、領地に帰らなければならない貴族には、フラメル商会が責任をもって届けよう。ほんの少し、サービスをつけてな」

「サービス……?」


 喉の奥で愉快そうに笑いながらオズヴァルトがそう告げたとき、シアの隣でイリオスが小さくつぶやくのが聞こえた。


「なんか、いやな予感がするのはおれの気のせいか?」

「……」


(いいえ、イリオ兄様。気のせいじゃありませんよ)


 心の中でそう答えつつ、シアは祖父と同じくらい楽しそうに微笑む母へ、視線を向ける。


「ふふ、そうですわね。長らくお待たせしてしまうのですもの。お詫びもかねて、これから売り出す予定の魔法細工の一部を、『優先的に購入可能な優待』くらいはお付けしませんと」


 ——そう、つまり。

 魔法細工の増産祭りは、五月祭までではない。

 むしろ必要量が確保できれば、そのあとは予約分の魔法灯と『新商品』を同時に生産することになる。

 その新商品とはもちろん、社交界を虜にするような、煌びやかで美しく、技術の粋を集めた一級品。


(複雑な魔法陣の数々を、いくつも設計することになるだろうから……ご愁傷さまです、イリオ兄様)


 これから魔道具作りに忙殺されるイリオスを思って、シアは心の中で祈りを捧げた。


 地方に領地を持つ貴族は、社交期のピークが去った七月ごろから領地へ帰り始める。

 そうして、十二月の終わりに開かれる第一王子の生誕祭を革切れに、新年の宴に向けて再び集まり始めるのだ。が——。


「次のシーズンが幕開けしたとき、社交界は二分するだろう。持つものか、持たざるものか。なにせ上級貴族でさえめったに手に入らない上等な魔道具を、下々の貴族が自慢して歩いているのだからな」


 しかもそれは、自慢にもならないと見向きもしなかった、あの魔法細工だ。


「多くの方々は、ご自分の選択を悔やみ、何を逃したのか痛感されることになるでしょうね。お可愛そうに……」


 あのときに、社交辞令でもいいから購入していれば。

 あのときリンドール伯爵は、『平民向けの事業を始める』と言ったわけではなく、『手始めに、魔法に馴染みのない()()()()に、商品を販売するつもりだ』と告げた。その意図に気付いてさえいれば。

 だが、後悔してももう遅い。


「魔塔の魔道具は相も変わらず高価すぎて手に入らず、手が届く場所にあった魔法細工は、完全予約制。平民ですら魔法の明かりで夜を過ごすのに、自分たちはいまだに原始的な明かりで夜闇を凌いでいるなんて……」


 気の毒な彼らを憂うように、サーシャは長いまつ毛を伏せてほうっとため息を零す。そのあとで緩く瞬き、甘やかな微笑みを浮かべるのだった。



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