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【二章終了】回帰の代償~史上最凶の魔法使い『白い悪魔』ですが、今度こそ殿下を幸せにしてみせます!~  作者: 涼暮月
二章

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57 初めまして、『おじい様』

「きゃああああ!」


 子供特有の甲高い悲鳴が袋小路に響く。


「な、君! 黙りなさい、一体なんの真似——」


 突然悲鳴を上げたシアに、当然ダリスは狼狽えた。

 黙らせようと手を伸ばしてくるが、その手をひらりと躱し、シアは胸の中でペロリと舌を出す。


(ま、狼狽えるのも当然よね)


 何もしてないとはいえ、この状況に警吏や緑玉が駆け付ければいいわけなど立たない。

 シアが「魔塔の魔法使いに襲われた」と一言証言すれば、あっという間に犯罪者なのだから。


(でも残念。チェックメイトよ)


 シアが心の中で三つ数えたその瞬間、ダリスの頭上に魔法陣が突如として出現し、同時にぱっと緑玉の一人が現れる。


「公女様——!」

「!!」


 転移魔法を使って現れた人物は、瞬時に状況を見て取った。

 ダリスが反応する隙も与えずに、鮮やかな動作で急所をつき気絶させたのだ。


「こいつ」

「うっ」


(うーん、ラナイが駆けつけるなんて、運がないわねこの男)


 地面にうつぶせに倒れたダリスと、軽やかに地面に着地したラナイとを見比べて、シアは少しだけこの魔法使いを哀れに思った。


 伯爵に嵌められて、幼い少女にも濡れ衣を着せられて。

 仕上げは、状況を理解する間も釈明する間もなく、流星のように降ってわいた緑玉の物理攻撃で一発K・Oだ。


(魔法を使う暇もなかったと仲間たちに知られれば、一生物の黒歴史ね。ふふ。これをネタに強請れそう)


 シアが胸中でそんな物騒なことを考えているとは露知らず。フードで深く顔を隠したラナイが、慌てたように駆け寄ってくる。


「公女様、無事ですか!」


 彼にしては珍しい。

 少しだけ動揺しているようだ。


「痛いところや、どこかお怪我は? 我慢なさらずに、きちんと仰って……」


 しかし。上から下まで全身くまなく見分し、シアの前に片膝をついた瞬間、瑠璃色の瞳がパチクリと瞬く。


「…………。怪我は、なさそうですね……」

「うん」


 ケロッとしている主を見て、ラナイが少しだけうろんな顔になった。

 今のシアの身長だとフードの中を見上げる格好になるので、表情の変化がよく見える。


 神秘的な瑠璃色の瞳がスッと半眼になり、心配の色がみるみる消えていく。

 殺される、と言わんばかりの悲鳴だったのに……。そんな声が聞こえてきそうだ。


「えっと、悲鳴に反応して飛んできたのですが……これはどう言う状況で? いえ、なんとなく分かるのですが。一応聞いておいた方がいいですかね?」

「ふふ」


 薄々勘付きながらも状況説明を求めるラナイに、シアはわけ知り顔で微笑んだ。


「あー……」


 それだけで、賢いラナイは状況を把握する。


「つまりこの恐れ知らずが、いたいけな公女様を襲ってきた、と。そう言うことで間違いないですね」

(そう、そう)


 ——真実など関係ない。

 見たままに解釈すれば、それでいいのだ。


「ラナイ」


 それからシアは内緒話をするように口元に手を当て、「かがんで」というジェスチャーをする。


「この方に聞きたいことがあるので、独房に収容してもらってもいいですか」

「いいですけど」

「それからこれも……」

「?」

「地下の独房におひとりでは寂しいでしょう? この子も一緒に入れてあげてくださいね」

「え」


 ダリスを気遣う素振りで、シアがいけしゃあしゃあと差し出したのは、例の黒猫のぬいぐるみである。


 反射的に受け取ったラナイが何とも言えない微妙な顔をしたのは、いたいけなぬいぐるみの実態を彼も把握しているからだ。


「……ほんきですか? これって、例のいわくつきの魔道具でしょう」

「かわいいでしょ?」

「ええー……」

「暗くなると目が赤く光って、ロメロの言葉でお歌を歌ってくれるんですよ?」

「…………ロメロ語の、歌」


 その顔にはイリオスと同じように「どんなホラーだ」と書かれていたが、言葉にはしなかった。


 密室でこんな呪物のような得体のしれないものと一緒にされたら、ダリスは発狂するかもしれない。

 けれどもその前に、知っていることを話してくれる気になるだろう。


「衝動買いして用途も思いつかなかったのですが。意外と役に立ちそうでよかったです」

「それって、拷も……いえ、はい。公女様がそう仰るのなら」

「——さて」


 有意義な使い道に満足し、シアは両手を打ち鳴らす。

 それから後ろで呆けたように突っ立ったままの二人を振り返った。


 騙しあい、化かしあいも、これで終わりだ。


「これでもう危険はありませんね、伯爵様?」

「お嬢さんはいったい」

「公女、と、そう聞こえたのは……それに、後ろの『彼』は……」

「ああ。私としたことが、自己紹介がまだでしたね。失礼をお許しください」


 困惑気味のふたりをよそに、シアはゆっくりと瞬き、愛らしい唇を綻ばせる。

 緑玉の登場と呼称で想像は付いているかもしれないが、最低限のマナーは必要だ。


 とくに、特別よく思われたい相手には。


「改めまして、ご挨拶を——」

「!」


 幾重にも重なった公爵の魔法を解き、本来の姿へ戻していきながら、シアは母直伝の優雅なお辞儀を披露する。


 茶色の髪は日の光を受けて透き通るように輝く白金へ。

 青い瞳は不思議な揺らめきをともなう鮮やかな緑柱石へ。


「お嬢さんは……」


 目の前で様相が変わっていく少女に、伯爵とフェランが目を見張るなか、シアは一層笑みを深める。


(ふふ。想像通り、というか想像以上の反応ね)


 そして、


「初めまして、そしてエスメラルダへようこそ」


 花が綻ぶように鮮やかに微笑んだシアは、真実とともに伯爵が好んだ呼称を口にしたのだった。


「おじい様——……」と。


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