55 おじい様と、呼んでみなさい-2
「ところで、どうして魔道具店を回られていたのですか?」
表向きは無邪気に愛らしく。その実、虎視眈々と案内役を引き受けたシアは、二人を目的の場所へと案内しながら、ついでに情報収集も試みてみる。
「うん?」
「実は、なにかいわくつきの魔道具を預けにいらしたとか」
何気なさを装ってそうカマをかけたものの、正直な答えはあまり期待していない。
フェランの懐に隠されている『隠匿の瞳』を、無効化する手段を探している、ということはすでに知っている。
伯爵がどこまで情報を開示してくれるのか、シアはそこに興味があったのだ。
「この街に観光でいらっしゃる方はそう多くないのですが、魔道具店を見て回られる方はもっと少ないので」
だがオズヴァルトは意外にも、すんなりと動機を明かしてくれた。『おじい様』効果だろうか。
「ああ、実は……ある魔道具の解析をしてもらいたかったのだがな。どこの店でも『魔塔の魔道具ほど厄介なものはない』と、取り合ってくれなくて困っていたのだ。なんでも解析するにはまず、厄介な呪いを説かないといけないとか」
「呪い、ですか……」
まあそうだろう。
魔道具には、付与した魔法陣の解析を妨害するため、保護魔法を込めるのが一般的だ。
かつてシアも魔塔の魔道具を改造——いや、解析したことがあるが。呪いと呼んでも差し支えないほど悪趣味な魔法が、何重にもかけられていた記憶がある。
(魔法陣に触れたとたん、生命力を全部吸い取られたり、奴隷紋が刻まれたり。私や緑玉であれば造作もないけど、魔力の少ない魔道具師や魔塔の魔法に馴染みのない国外出身の魔法使いじゃあ、下手に手を出せないから断るのも当然だわ)
けれどもそれらを説明するには、聞いた話とするには怪しいし、こちらの素性を詮索されても面倒だ。
なので、怯えたふうを装って話を進める。
「なんだか怖いですね」
毛ほども思ってもいないが、普通の子供ならこう反応するだろう。
するとフェランが大きく頷いた。
「本当に、お嬢さんもそう思うでしょう。しかも、解析できてもその結果は領地外へ持ち出せないルールがあるのに。オズヴァルト様はいったいなにを考えていらっしゃるのか」
「……煩いぞ、フェラン。そこは考えがあると言っているだろう」
「考えって、先ほどからただひたすら街を歩いているだけではないですか」
「そう思うのなら、お前はまだまだ半人前ということだ」
「よく言いますよ」
「――……」
(なるほど)
シアは伯爵の何気ない一言でピンときた。
(つまり、お父様の客人は伯爵であたりってことか)
時計塔の上から、絶対にこの街で見かけるはずのない二人を見つけた時点で、シアはその可能性を疑っていた。
公爵であれば、シアと同じように、まずフラメル商会と手を結ぶことを考えるだろうと。
(知らぬ間に手紙を送っていたなんて。仕事が早いですね、お父様)
おそらく手紙には、新たな商売を匂わせるような内容を書いたはずだ。
オズヴァルトに隙を見せるのは良策ではないが、何せ公爵は嫌われている。
(利益の出る商売なんて腐るほど見ている伯爵だもの。通常の商売よりもはるかに旨みのあるものではなければ、見向きもしない。だからこの状況でも、伯爵は『考えがある』って言ったのね)
伯爵の性格を考えると、招待されたからといって素直に交渉の場へ赴く性格ではない。
乗り気でない態度を見せて相手を焦らし、より有利な条件を突きつけようと考えているはずだ。
たとえ自分側にも、切実な要望があったとしても。
だって公爵の提案に乗るかそるか、選ぶ権利は伯爵にある。
相手の逆鱗に触れて交渉自体をなかったことにしてしまうのは本末転倒だが、そこはオズヴァルトだ。
相手の弱みや目的を把握していれば、匙加減を間違えたりもしない。
(きっと今頃、お父様はしびれを切らして、緑玉の誰かに街中を捜索させているわね)
伯爵がこの街に入ったとの情報は、検問所を通過した時点でもたらされているだろうから、いったい何時間、待ちぼうけを食らっているのか。
(しかもようやく探し出せても、そのあとにはこのひととの交渉が待っているし……)
「ふ、人というのは冷静さを失った時に、付け入る隙ができるものだ。あの鉄面皮がはがれる瞬間は、さぞ愉快だろうな」
「……オズヴァルト様……」
(はは、お父様から少しでも多く搾り取ってやるって顔ね)
気力も、利益も。
気に入らない相手には、とことん悪辣なのがオズヴァルトである。
(伯爵の性格は私よりもご存じでしょうが。……苦労しますね、お父様)
シアは内心で父に同情しつつ、ちらりと横目で見上げて伯爵の顔色を窺う。
すると、こちらを見下ろす視線とかちあった。
「……やはり、魔塔の魔道具を解析となると、難しそうか」
「え?」
「ほとんどの魔道具店は回ってしまったしな。無理にこんなじいさんたちに付き合う必要はないぞ」
考え込んだ様子のシアに、オズヴァルトが珍しく気を回す。
灰緑の瞳はぶっきらぼうな口調と違って、とても穏やかだ。
「……」
(そう言うところは、とても似ているのね)
馴染み深いその瞳に、シアは首を振りながら自然と微笑みを浮かべていた。
「いいえ。そんなことはありません。この街で一番その役にふさわしい方々ですから。安心してください」
「ほう。この街で一番、か」
「しかも方々、ということは、結構大きな工房をお持ちの魔道具師なのですね」
「……ええ」
視線を交わし微かな希望を見出した二人へ、真実を隠してシアは頷く。
彼女が紹介すると約束した『知り合い』は、正しくは魔道具師ではない。よって工房を構えてもいない。
(構えているのは大きな魔法の館。でもまあ、細かいところはいいわよね。最終的に求めている結果が手に入ればいいんだし……)
そうして、他愛ない会話でふたりの注意を街並みからそらしつつ、東へと進む。
伯爵たちがもともと郊外へ向かっていたので、目的地はそう遠くない。
次第に建物の間隔が広がり、木々が増え、倉庫のような建物が目立ち始める。
「——……」
と、そのときだ。
「……あの。なんだか中心街からだいぶ離れたような気がするのですが」
異変に気付いたフェランが、不安混じりの声を上げた。
「そうですね。目的地は郊外にあるので——」
「郊外……」
不安そうに繰り返し、フェランは横目に背後の様子を窺う。
いつ魔塔の魔法使いが襲って来やしないかと、気が気でないのだろう。
——けれど、もう遅い。
(ごめんなさい、男爵。あなたの不安は的中です)
その証拠にシアが最後の曲がり角を曲がると、道の先に歴史を感じさせる厳重な壁が現れる。
「え……い、行き止まり……!?」
「……」
「道を、間違えちゃったのかな?」
(ふむ。この反応……)
ぎくりと体をこわばらせたフェランがひきつった声を上げる中、伯爵の反応は思ったよりも薄かった。
(もしや、途中から行き止まりに行きつくって、気づいてた?)
壁ではなく、じっとシアを見下ろしているあたり、思うところがありそうだ。
(うーん、魔塔の指金だって思われたら嫌だし、とりあえず……)
「ご、ごめんなさい!!」
とりあえず、シアはシアは全力で謝罪し、無罪を主張する。
「もう一本手前の曲道を曲がるべきだったのかもしれません。すぐに来た道を戻れば……」
瞳を罪悪感に潤ませ、片腕に抱いていた黒猫のぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめ。可憐な十歳の少女がおろおろと取り乱せば、大抵の大人は責めるよりも慰める方にまわる。
すると案の定、気の優しいフェランは「複雑な街だから」とフォローに回った。
「とはいえ。……どうしましょう、オズヴァルト様」
しゅんと俯いたシアを気にしてか、フェランはオズヴァルトの耳元に顔を寄せ、小声で囁く。
「この子を盾にするわけにもいきませんし、あの魔法使いがどんな手を使ってくるか——……」
オズヴァルトは相変わらず、何とも言えない眼差しをシアに注いでいた。
けれどもどうにか意識の外へ追い出し、シアは周囲の気配に集中する。
(周りには倉庫が広がるばかりで、背後は完全なる袋小路。追っ手は一人。半径一キロ以内に巡回中の警備兵も領民もいない)
万が一、魔塔の魔法使いが仕掛けてきた場合を想定して、この場所を選んだ。
魔塔の魔法使いをおびき寄せるための罠だとはいえ、理由を知らない伯爵たちからしてみれば、もっとも避けたかった状況だろう。
逆に、追っ手には願ってもない好機だ。
(もともと伯爵たちが人気のない場所を避けていたのは、一般人を盾に、魔塔の魔法使いの襲撃を避けるためだもの)
この場合の「盾」とは、物理的な「肉の盾」ではなく、精神的なものである。
エスメラルダには独自の裁量権があり、領民を巻き込んだ犯罪や、外部の魔法使いへの処罰が厳しい。
周囲に人目があればあるほど、追っ手にとっては行動が制限されるというわけだ。
(でも逆に、人目がなくなれば、魔法だって行使できる。外の人間同士のいざこざだし、いざとなれば——)
「いま手持ちの魔道具は例のあれしかありませんよ。発動するにも、どうやら魔力が必要なようですし。完全にノープランです」
(この二人から『隠匿の瞳』を奪って、捕まる前に転移魔法で領地外へ脱出すればいい。そう考えるはず。だから……)
「狼狽えるな、フェラン」
ひそひそと相談するふたりの会話に耳をすましていたシアは、いやに落ち着いた伯爵の声音に、ふいに興味を引かれて視線を上げた。




