52 予期せぬ来訪者-1
間が空いてしまいましたが、ここから二章完結まで毎日更新していきます!
新しい顔ぶれにも、乞うご期待!
塔の上でシアが何やら画策していた頃。
地上では例の男性二人組が、飲食店や魔道具店が建ち並ぶ、工房通りを歩いていた。
「オズヴァルト様。そろそろあきらめて、あのお方に助けていただきましょうよ……」
そこそこ多い人の波に乗って歩きながら、歳若い方の男性が、前を行く紳士の背に弱音を吐きだす。
四十に差し掛かった、気の優しそうなその男性の名は——メルリーノ男爵、フェラン・ロヴェリチェ。
前を行く老紳士の、公私ともに頼れる補佐官である。
「いまの店でもう十軒以上はお断りされていますし、先ほどの店主も言っていたではありませんか。魔塔の魔道具を解析したいのなら、閣下に直談判するほかないと」
しかし、『オズヴァルト様』と呼ばれた老紳士は怒れる肩で風を切り、まるで「聞こえなかった」とでもいわんばかりに、ずんずん先へと突き進んでいってしまうのだった。
その背筋はぴんと伸び、この街に到着してからすでに半日ほどずっと歩き通しだというのに、歩みは変わらずしっかりしている。
フェランの足はすっかり棒のように重怠くなっているのに。元気なことだ。
だがどれほど矍鑠として見えても、オズヴァルトももう六十歳を越えている。
「…………歳のせいで、耳が遠くなったのでしょうか」
フェランがぼそりと悪口を言ってみたところ、肩がピクリと反応したので、一応聞こえてはいるらしい。
(意図的に無視ですか、そうですか)
ため息を吐くと、フェランは空を仰いだ。
灰色の厚い雲がかかった曇天はまさに彼の心のようだ。
傲岸不遜なフェランの上司、リンドール伯爵オズヴァルト・フラメルは、王国屈指の大富豪。
シュエラ王国最大の規模を誇る大商会『フラメル商会』の会長にして、経済を牛耳ることで王権すらも牽制する、南部貴族たちの首長たる地位にいる。
南部でも王都でも地方でも。
当然オズヴァルトに逆らう者などごく少数で、彼は他人からノーと言われることに慣れていないのである。
(それがこの街では、物珍しい王都からの旅行者あつかい……)
いや、完全にいわくつきな品物を持ち込んだ「厄介な客」扱いだった。
というのも、オズヴァルトたちの目的は観光ではなく、ある魔道具を解析してもらうことにあるのだ。
フェランもつい今朝がた、商会が雇用する魔法使いが出張先の東部へ突然現れて、有無も言わさずこの街まで強制連行させられたので、詳しいいきさつは知らない。
だがどうやらオズヴァルト曰く、『魔塔の魔法使いが狡いことをしていたから、債務不履行の慰謝料として、正当に、ある魔道具を回収した』らしいのだ。
手広く事業を展開しているオズヴァルトは、貿易業から貸金業、物流、投資、最近では才能ある技術者の育成事業など。多方面に優れた優秀な実業家である。
なかでも貿易業と賃金業の分野では特に悪名高く、巨万の富を生み出す『錬金術師』なんて呼ばれていたりもする。
前科も多々あるので、素直に「目障りだったので、詐欺にかけてやった」と聞いても、フェランは何ら驚いたりはしない。
しかも、オズヴァルトが奪った魔塔の魔道具は、よりにもよって『隠匿の瞳』。
被害にあった魔法使いはこれを悪用して、伯爵領で不正取引を行っていたというのだ。
「オズヴァルト様」
「なんだ」
「魔塔があの狡猾なリッセン商会と組んで、特定品目の取引量を過小偽装したとはお聞きしました。ですが、禁止品目……それも生きた魔物を取引したというのは、本当なのですか?」
最後は憚られる話題なだけに、フェランは躊躇いがちに問いかける。
すると、苦々しい返事が返ってきた。
「ああ」
「なんと!」
でも、なるほど。
その一言を聞いて、フェランはようやく納得した。
もともと貴族として誇り高いオズヴァルトは、権威を振りかざす魔塔を嫌っている。それでも普段は対立を避けているというのに。
今回ばかりは『隠匿の瞳』を直接奪うだなんて、ずいぶんと強引な手に出たなと思っていたのだ。
(でもそうですか。オズヴァルト様の領内で、魔塔が禁止品目を取引したとなれば、話は別です)
王国法では取り扱う商品の危険度や国政に及ぼす影響を考慮して、取り扱い量を制限した「特定品目」と、取り扱い自体を禁止する「禁止品目」と言うものが存在する。
前者は武器や硬貨の原料となる鉱物に加え、結晶石や魔道具。
取り扱いに慎重を要する毒性のある動植物やその加工品などで、取引量に応じて税金がかけられたり、取引内容の報告が義務付けられたりしている。
一方後者は、先ほどフェランが話題にした「生きた魔物」のように、その存在自体に害がある商品のことである。
「魔物の死骸自体は、武器や魔道具の材料として広く普及が認められています。ですが魔物を生きたまま売買したり捕獲したりすることは、その危険性から王国法で禁じられているはずです」
なにしろ生きた魔物など狂暴すぎて、不穏な目的以外で使役する用途がない。
見つけ次第すぐに討伐する。それが暗黙のルールだ。
「もしもオズヴァルト様の治めるリヴェルで法を犯されたことが、告発されでもしたら……非常にまずい事態ですね」
「反逆罪、もしくは、領地のいくつかは没収されるだろうな」
領地の主である貴族は、その地を治め税収で生計を立てる代わりに、領地に対する全責任を負っている。
つまり不正取引や反逆に直接かかわりがなかろうと、監督不行き届きとして厳しく罰せられるのだ。
(オズヴァルト様は、ただでさえ、陛下や政敵である中央貴族に警戒されている。彼らが聞き付ければ、この機会に失脚させようと飛びついてくるはず。……その筆頭はおそらく——)
「ルヴォン侯爵家の差し金でしょうか?」
ごくりと唾を呑むと、フェランは一層声を潜める。
「少なくとも、オズヴァルト様が失脚し、フラメル商会が損害を被れば、得をするのは侯爵家とあの方です」
「……そこまではわからん。リヴェルは大陸中の富と物が集まる交易都市だ。もしかしたら、魔塔が例の魔道具を作り出そうとしているだけかもしれん。……まあ、あんな壮大な計画に、あの女狐が一枚噛んでいないわけがないがな」
「例の魔道具と言えば、議会で反対されたあの……?」
社交シーズンが幕を開けると、毎月の初めには王城で貴族議会が開かれる。
この議会には、普段国政に関わる国王と一部の上級貴族に加え、地方貴族の代表や王太子が在位していれば王太子も参席する。
オズヴァルトもまた南部の代表として議会に出席したのだが、フェランへある懸念をこぼしていたのだ。「魔塔が王国をも滅ぼしかねない魔道具を、生み出そうとしている」と。
「たしか、ルヴォン侯爵は賛成票も反対票も投じなかったのですよね? 当然、魔塔最大のパトロンである侯爵家が、無関係なはずがありませんのに」
「は、ただのパフォーマンスに決まっているがな。そうでなければ、たかだか貴族に寄生するしか能のない魔塔が、小切手やつけ払いに応じないリッセン商会相手に、あれだけの支払いができた理由がわからん」
魔塔の筆頭後援者であるルヴォン侯爵家は、現状、王室やリンドール伯爵家に次ぐ資産を持つ。
商会の監査役が、リッセン商会の役員を懇切丁寧に口説き落とし、手に入れた情報によると、リッセン商会と魔塔の取引にはかなりの額が動いていたらしい。
まあだからこそ、実際に取引を行っていた魔法使い——ダリスと言った——と、魔塔の連絡手段を断ち、資金経路を断ったうえで取引を速めさせ、フラメル商会から融資を受けるよう誘導できたわけなのだが。
「なにをどれだけ取引したのか、正確な数が記された裏帳簿の写しは手に入れた。だが、肝心の物がみつからん。あれだけの量の鉄鉱石やミスリスを王都の本拠地で保管するリスクを冒す思えんし、未だ領内に隠し持っているのは明白なのだがな」
「『隠匿の瞳』は文字通り、対象物を探知魔法や視覚から「隠匿」する魔道具でしたね」
魔塔が開発し所有するこの魔道具は、本来魔物との戦闘時、かく乱や要人の警護などの目的で使用されるものだ。
けれども裏の顔を持つ魔塔が、正しい目的ばかりで魔道具を開発するはずがなかった。
「人道目的で使用されるはずの魔道具が、裏では魔塔の利益のために悪用されている。なんとも嘆かわしいことです」
「はっ。だから奴らを野放しにするなとくぎを刺しておいたのに。まんまと出し抜かれおって、あのぼんくらめ」
オズヴァルトはそのときの会話を思い出したのか、腹立たし気に吐き捨てる。
「魔塔が増長し、得をするのはルヴォン侯爵家だけだ。そうすれば自分の首が絞められると、あの王はまだ気づかんらしいな」
「オズヴァルト様……」
堂々と一国の王を『ぼんくら』呼ばわりするオズヴァルトに、フェランは窘める意味で名前を呼んだ。
本当に王室侮辱罪に問われてしまえば、シャレにならない。
「なんだ?」
けれども、王をも恐れないオズヴァルトは、そんなフェランの不安を意にも解さない。
「いえ、いくらこの街が王都とはかけ離れているとは言えですね……どこで誰が聞いているかわからないでしょう?」
「ふん、本当のことだろう。あの女狐にもいいように使われて。今回の件で目的の物が集まれば、奴らは行動を起こすぞ。自分たちの行いを偽装し、このわたしを糾弾する材料に変えるのだろうからな」
「まあ、そうですね」
これまでにもさんざん辛酸舐めさせられてきただけに、フェランも相手の手口が容易に想像できてしまう。
「『隠匿の瞳』で不正取引の物証を隠したまま、我々が商会を通して『他国へ売り払った』、もしくは『すでに謀反の勢力を整えている』とでも偽装すれば、確実な調査は行われないでしょうから」
そもそもルヴォン侯爵家——いや、その裏ですべての糸を引いている王后が企てたことならば、調査自体が行われない可能性の方が高い。
「万が一、計画が失敗して不正取引の実態が表ざたになろうとも、結局被害を受けるのは魔塔とこのわたしだけ。どちらに転んでも己は痛くも痒くもないのだから、まったく女狐らしい策略だ」
はっと忌々し気に鼻を鳴らし、オズヴァルトは横目に背後の人波を窺う。
通り過ぎていくエスメラルダの住民の、その先にはきっと、南部からずっと後をつけてきている魔塔の魔法使い、ダリスがいる。
気配もしないし姿も見えないが、執念深い魔塔のことだ。
大人しく引き下がるはずがない。
なにしろ、オズヴァルトに奪われたのは、上級魔法使いにしか与えられない貴重な魔道具なのだから。




