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【二章終了】回帰の代償~史上最凶の魔法使い『白い悪魔』ですが、今度こそ殿下を幸せにしてみせます!~  作者: 涼暮月
二章

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51 宝石のような街(3)

 魔道具の核である魔法公式の付与が完璧であれば、あとは魔法式を収める器が重要になってくるからだ。


「平民相手には価格と装飾を抑えて、シンプルかつ実用性重視の方がいいでしょう。逆にお金を持て余した貴族や中産階級相手には、繊細優美で美術品としても価値のある、高価で希少なものが好まれますね」

「そうなると、二つの工房に依頼した方がいいな」


 最終的に、候補は平民用が三店舗と貴族用が二店舗というところまで絞られた。

 あとは魔道具店の内情にも精通している緑玉とも相談して、管理している記録を出してもらってから検討することにする。


「母上に助言を仰ぐのもいいかもな。中央貴族のことはよくご存知だし、経済を回すのはいつだって女性が中心だから……」


 広場へ向かっててくてくと歩いていると、途中の市場から美味しい匂いが漂ってくる。

 するとイリオスのお腹が哀れにくうっと鳴った。


「……腹減った」


 くすくすと笑い、シアは空を仰ぐ。


「だいぶ前にお昼をすぎてますしね」

「どこか店に入るか。シアはなんか食べたいものある?」

「うーん」


 少し考えてから、シアはここからでもよく見える街のシンボルへ視線を向けた。


「……食べたいものというか。イリオ兄様がお嫌じゃなかったら屋台で何か買っていきたい場所があります」

「ふうん? おれは別にいいけど」


 それから二人は来るときに目星をつけていた屋台で、芳ばしい匂いを放つ肉の串焼きと、青果店自家製のホットレモネードを買い。

 通りを挟んだパンの屋台で、ドライフルーツの練り込まれたライ麦パンと、苺ジャムの挟まったふわふわの白パンを購入した。


 成長期のイリオスはそれだけでは足りないので、熱々の湯気が立ったミートパイも追加だ。

 そうして昼食を調達した後で、ふたりはある建物の足元に立っていた。


「なあ……」

「はい?」

「これ、自力で上るって言わないよな」


 ははっと乾いた笑いをこぼしイリオスが仰ぎ見たのは、天高くそびえる繊細優美な石造りの塔だ。


 エスメラルダの噴水広場、そのシンボルともなっている時報を知らせる時計台は、装飾の美しさもさることながら、街の眺望も見渡せるとして住民たちの憩いの場ともなっている。


 とはいえ、最上階の展望階へ飛べる転移魔法陣は週末にしか運転されない。

 週末以外にそこへ行きたければ、延々と続く螺旋階段をひたすら上るか、自らの魔法で転移するかだ。


「上るって言ったらどうします?」

「げ」


 げんなりとした様子のイリオスに笑顔で告げたら、死にそうなうめき声が返ってきた。


「……やるけど。上りきる自信は、ない……」


 そこで絶対に嫌だと言わないところがイリオスらしい。


「シアがやりたいっていうんなら、やるけどさ」

「ふふ、冗談ですよ」


 しょんぼりと肩を落としたイリオスに、シアは笑いながら告げた。


「さすがに私も休日に運動は嫌です。ですのでイリオ兄様に一つ、特別な魔法を教えて差し上げます」

「特別な魔法?」

「ラナイには教えたのですが、従来の転移魔法の改良版です」


 緑玉の転移魔法は、魔法で防壁が施された特殊な場所や大規模な物を転送するのでない限り、魔塔のように固定魔法陣や魔道具など使わない。


 だから「改良版て?」といまいち不審そうなイリオスに忍び笑いをこぼしつつ、シアは二人の足元に魔力で魔法陣を描く。


「『固定魔法陣や魔道具は使わない転移魔法』という点は緑玉が使用するものと同じです。ですが、それよりももっとすごいんですよ」


(元々この構式の原形を生み出したのは、イリオ兄様なんですけどね)


 それからイリオスの手をぎゅっと握って、シアは満面の笑みを浮かべた。


「まあ、一度体験されたほうがわかりやすいかもしれません」


 そう告げるのと同時に、一瞬で視界が切り替わる。

 すると何が起こったのかと鳩が豆鉄砲を食らったように、イリオスはその青い目をぱちぱちと瞬いた。


「!!」

(ふふ、驚いてますね)


 体感は緑玉の転移魔法と変わらないだろう。

 けれども、取り巻く魔力と魔法使いの目にだけ見える魔力の構築式があるので、イリオスのような天才に改良点を理解させるにはそれでじゅうぶんなのだ。


「な、いまのっ、十三講式が簡略されて、え? は? ま、まてっ、まだ解析しきってない!」


 だんだんと薄れていく魔力の痕跡に「あー!」と悲鳴を上げながら、イリオスが涙目で振り返る。


「……シア」

「イリオ兄様ったら」


 あまりにもショックを受けているので、つい意地の悪い揶揄いが口を突いて出てしまった。


「まるでふわふわの綿あめを紅茶に浮かべたら、溶けて消えてしまったと嘆く子供みたいですね」

「くっ」


 するとイリオスが拗ねたように顔を顰める。


「だって、知らない魔法陣……」

「その前にご飯が先です。魔法陣については食事が終わったら講式を書いて差し上げますよ」


 その宣言通り、まだほかほかと暖かい屋台ごはんで昼食を済ませたあと、シアは魔力で転移魔法陣を描いてあげた。


 かじりつくように夢中になったイリオスは、おそらく三十分ほどはてこでも動かない。

 だから持て余した時間、半円に切り取られた窓から街中の様子を眺めることにした。


 窓枠に頬杖をつき、眩しそうに目を細め、背に流しただけの髪を風が優しく弄ぶのに任せる。


(胸壁からの眺めも絶景だったけれど、ここから見るエスメラルダはひとしおね)


 大鐘が釣られた塔の頂上から見下ろす街並みは、どこか艶々と光り輝いている。

 昼を過ぎてから雲が晴れたようなので、ゆるく溶け始めた雪に午後の柔らかな日が反射しているのだろう。


 ——エスメラルダは、まさに宝石のような街だ。


 華美ではないが確かな華がある景観も。長い年月をかけて形成された唯一無二の文化も。自由と活気にあふれた領民たちも……。


(私が今までに手に入れた、どんな高価な宝石よりも美しく、価値がある)


 きっとこれから先、王都からたくさんの人が訪れるようになれば、誰も彼もがこの街に魅せられることだろう。


『貧しい北部は、蛮族の住む野蛮な土地』

『文明から取り残された、過去の遺物』


(そんなふうに語る貴族たちが、馬鹿みたいに度肝を抜かれる姿を早く見てみたいものね)


「でもそれ以上に……クロヴィス様、早くあなたにこの街を見せて差し上げたいのです」


 ——だってクロヴィスが思い描いた街が、ここにある。


(あの方は誰よりも現実的に、深くこの国の在り方を変えようとしていた)


 政だけではなく、流通事業や都市計画に至るまで。

 長の日照りにはどう対策すべきか。

 南部からの物資をもっと効率的に、各地へ行き渡らせる方法はないものか。

 この国に蔓延る格差や貧困を、根本から解決するにはどうすべきか。


 様々な問題に、クロヴィスは常に向き合い、学び、行動に移していた。

 だからきっとこの街は彼の興味を惹くはずだ。


(エスメラルダも王都も、都市の仕組みは変わらないもの)


 街で暮らす人々のほとんどは普通の人間で、優れた魔法使いの数は限られている。

 規模が大きければ大きいほど、当然多くの雇用を産み出す必要があり、都市の管理は極力魔法に依存しない政策が取られているのだ。

 つまり王都や他の都市にも活かせる技術は、たくさんあるということ。


(それに、インフラ技術や内政能力だけじゃない。『教会が介入していないのに、孤児や寡婦、低所得者層への支援が隅々まで行き届いているのはなぜだ』とか、『この独特な文化の背景は?』とか。様々なことに興味を示されるに決まっているわ。……絶対、顔には出されないけれど)


「だって知っていますよ。あなたがこの街をいつか訪れたいと願い、叶わなかったことを」


 答えは返ってこないとわかっていても、シアは瞼を閉じて、今にも聞こえてきそうな涼やかな声に耳を澄ます。


「——……」


 それからゆっくりと瞼を開け、吐息のような約束を紡いだ。


「今度は、私がこの街を案内してさしあげますね」


 それからしばらく、ぼんやりと流れゆく街の様子を眺めながら、クロヴィスへ思いを巡らせる。

 少しして、やけに挙動の気になる人物を見つけるまでは。


 ***


(うーん。気のせいかなとは思ったけど)


「兄様、あの二人組なのですが」

「ん?」


 イリオスが魔法陣から顔を上げ、シアが指差した方を見下ろす。


「外部の人間のようですが、さきほどからどの魔道具店でも見かけたような気がするのです」

「……貴族、だな」

「ええ」

(それに、もしかしたら……)


 ——知っている人物かもしれない。


 飲食店と魔道具店が混在する通りを歩いている二人組の男性は、色素の薄い北部人と違って蜂蜜のような濃い金髪と日に焼けた肌をしている。

 黒いウールの外套も洒落たデザインだが、中央貴族が着る様な仕立てで、極寒の地方ではどこか心もとない風情だ。


「……」

(何者かに追われているのかしら?)


 シアは男性たちの行動を視線で追い、不可解な点を見つけた。


 彼らの行動は一見すると、気まぐれに露店をのぞいては隣接する店に入り、店主と会話を交わして観光を楽しんでいる旅行者そのものだ。

 しかし、彼らを中心とした周囲を注意深く観察してみると、決まって一定の距離を保って後を追う人影がある。


(護衛ではないわね。あの人たちも気づいて、どうにかまこうとしているし。それに……) 


 シアはあることに気づいて、自然と口角が上がるのがわかった。


 ——それに追っ手から、魔力を感じる。


「……ふうん」

「シア?」


(このエスメラルダに魔塔(ネズミ)が紛れ込むなんて、いい度胸じゃない)


「……………なんか、やばい顔してる」

 

 何かを察知したイリオスが、若干引きつった顔でこちらを見る。

 聡い兄へ穏やかすぎる笑顔を向け、シアは魔法で色を変えた目を細めた。

 

「あら、そんなことはありませんよ。ただちょっと楽しいことを思いついただけ」

「楽しいこと?」

「ええ。イリオ兄様、魔法は使えますよね」

「え!?」

 

 突然の指摘にイリオスがびくりと肩を震わす。


「ナ、ナンノコト?」


(あらら。挙動不審に目をそらしたら、肯定するようなものなのに)


「フィタで制御されているのに、魔法なんて使えるわけ——」

「誤魔化さなくていいですよ」

 

 ごにょごにょと口の中で言い訳するイリオスを笑顔で制し、シアは可愛く首を傾げる。

 

「フィタにかけてあった抑制魔法を解析して無効化してしまったことくらい、わかっていますから」

「うぐ……いや、わざとじゃないし。いじってたら解けただけで」

(そうでしょう。もうそろそろ魔力の精度が上がる頃合いだと思っていましたから)


 実は昨日、イリオスがぐったりとしている隙に魔力を確認してみて、そろそろだと思っていたのだ。

 緑影との実戦。その前に変化を実感してもらうのも悪くはない。

 

(さっきの転移魔法もイリオ兄様ならもう使えるだろうし、あの人と対面させるのはまだ早いものね。そうとなれば——)

「ねえ、イリオ兄様?」

「……」

 

 腹の中は隠し、シアはあるお願い事をする。

 

「ラナイには黙っていてあげますから、してほしいことがあるんです。もちろん、口止め料ということで」


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