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【二章終了】回帰の代償~史上最凶の魔法使い『白い悪魔』ですが、今度こそ殿下を幸せにしてみせます!~  作者: 涼暮月
一章

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29  『回帰』(一章・完)

 シアが目を覚ますと、そこは寝台の中だった。


(シーツも枕もふかふかで、石鹸と私の好きなバーベナの香りがする……)


 カエルレウス宮に用意された寝室の、最高級のベッドのようにふかふかで、一瞬すべては悪い夢だったのではないかという思いが、シアの胸をよぎった。


 もしかしたらあれは、フエゴ・ベルデの血筋に時々現れるという、予知夢の力だったのではないだろうか。

 そんな現実逃避めいたことすら考えた。


 だが、そんなものは甘い考えだとすぐにわかる。


「っ」


 体が異様に熱くて、怠い。

 遅れて訪れた、ずっしりとのしかかるような倦怠感。肌に触れるすべてが熱いような、ざわざわした不快感。

 この感覚には身に覚えがある。


(まるで風邪か、魔力の制御に失敗した時のような……)


 ――失敗、したのだろうか。


 打って変わって、一抹の不安がシアの胸に押し寄せる。だが次第に目が慣れて、ぼやけていた視界がはっきりしてくると、またもや予想が外れたことを悟った。


 回帰の魔法を失敗したわけではない。

 すべてが夢だったわけでもない。

 なぜなら――。


(手……小さい)


 持ち上げた手はどう見ても幼く、慣れ親しんだ自分のものではない。

 レースの寝間着の袖がめくれ、現れた腕は枯れ木のように細く頼りなかった。けれど自分のものだという感覚は、確かにある。

 つまり回帰には成功したが、戻る時間軸までは選べなかったということか。


(とりあえず、状況を把握しないと)


 シアは熱のせいで思うようにいかない手足を叱咤しながら、ベッドの上へ身を起こした。


「っ」


 マットレスが弾んだ瞬間、芯を失った身体がふらりとよろけたものの、どうにかこらえて薄暗い部屋の中に鏡を探す。

 と、幸いなことに。全身鏡がカーテンの隙間から洩れる月明かりを反射して、淡くその存在を主張していた。

 ベッドからのそのそと這い下り、足を引きずるようにして、シアは壁面へ置かれた全身鏡まで歩いていく。


「は、……くそっ」


 たったこれだけの動作なのに、息が上がってしまう。貧弱な体力に舌打ちを零し、シアはようやくたどり着いた鏡の前で、どさっと膝をついた。


「はぁ……」

(冷たくて、気持ちいい)


 支えを求めて突き出した手の平が、ひんやりとした鏡面を捕らえ、思わず深いため息が漏れてしまう。

 おかげで朦朧としかけた意識が、少しだけましになった気がする。


 シアは目を瞑って呼吸を整えると、パッと瞳を開けて鏡に映った自分を見つめた。


「……」


 薄暗い寝室の中、白いネグリジェを着た少女が絨毯にへたり込み、ぼんやりとこちらを見つめ返している。

 高熱のせいで林檎のように赤く上気した頬。とろんとして潤んだ緑柱石エメラルドの瞳。

 柔らかそうな白金の髪も、レースがあしらわれた絹のネグリジェも、くしゃくしゃにもつれ、いかにも病人らしい様相を呈している。


「病人……」


 そう呟いたところで、シアははたと思い至った。


(確か……十歳の時に流感が領内で流行して、酷く患った記憶がある。つまり、十歳に回帰したってこと……?)


「は、はは……っ」


 おおよその事情が呑み込めたことで、思わず皮肉めいた笑いが飛び出した。


 ――十歳。


 喜んでいいのか、嘆けばいいのかわからない。

 シアはこみ上げた感情を呑み込むように、ぎゅっと唇を引き結ぶ。


(ことが動き出すまでに、六年。クロヴィス様に会っていいのは、もっと先)


「……長すぎるよ」


 本当なら、いますぐにでも飛んでいきたかった。

 目を閉じればいまでも生々しく、脳裏にクロヴィスの最後が蘇る。

 苦痛に歪んだあの声も。

 だんだんと命が流れ出ていく感覚も。


「……っ」


 ――会って、抱きしめて。その無事を確かめたい。

 ――あのひとを取り戻せたことを、確信したい。


(それなのに)


「失ってなんかいないと、この悪夢を消したいのに……っ」


 それは、叶わないのだ。

 掠れた声が喉を震わす。


「……あいたい……」


 けれど敵を出し抜くためには、一度目の人生から大きく逸脱しないようにしなければならない。そうでなければ未来の方向性が変わってしまうから。

 変わってしまえば、一度目の人生で得た経験がまるで役に立たなくなるだろう。


(……それだけは、だめ)


 どれほど会いたくても。どれほど不安に押しつぶされそうになっても。

 クロヴィスには、光の中を歩いてほしいから……。


「はは。それにどうせこんな状態じゃ、ろくな魔法も使えない」


 所在無げに呟くと、シアは己の両手を見下ろした。

 十歳の時点ですでに一般的な魔法は使えた。独自に改良した魔法陣を使えば、移動魔法だって遜色なく発動できる。ただ……。


(この怠さは流感のせいだけじゃない。さっきから魔力が全然感じられない)


 おそらく、魔力を生み出す器官そのものが失われたわけではないのだろう。

 倦怠感や息苦しさはあるものの、他の異常は感じられない。

 胸にぽっかりとあいた喪失感以外は、失われたものは何もない。


「膨大な魔力を有する禁忌の魔法を使ったのだもの。あたりまえか」


 ありったけの魔力を奪われ、枯渇していてもおかしくはない。むしろ、それだけで成功したことに感謝すべきだ。


「魔力は自然に溜まる。そのための時間はたっぷりある」


 だから『会いたい』だなんて、泣き言を言ってる場合じゃない。


「いまは、やるべきことをやらなきゃ」


 十歳に戻ったということは、家族もまだ生きている。

 あの人たちを()()、救える。


(公爵家はクロヴィス様にとって、とても大きな力となる)


 因果律は時を歪めることを許さない。

 それと同時に、宿命を歪めることも許さない。


 人はこの世に生れ落ちるとき、命の期限や役割を女神によってあらかじめ定められているとそう聞くが、教会はそれを「宿命」や「運命」とそう呼ぶ。

 思わぬ横やりによって歪み閉ざされたとき、女神の意思とは別に宿命は捻じ曲がる。


(きっと、フエゴ・ベルデの宿命は、あそこで断たれるはずじゃなかった)


「歪められた運命なら、きっと正せる」


(……そう。一度目は出し抜かれたけれど、二度目はない)


 シアはふっと微笑むと、鏡の中の自分に向かって告げた。


「きっとろくな死に方はしないでしょうね」


 自分も、テネブレ・セルウィーも。

 どちらも禁忌を犯し、因果律の天秤を傾けた。

 たとえテネブレがラギメスと契約し因果律の目をすり抜けても、いずれは捉まる。

 そしてシアも。


(一度目で生きた年月と同じ、あの日がくれば、因果律に代償を支払わなければならない)


 因果律は歪みを嫌う。シアが新たな禁忌を犯さなければ、きっとその時までは、同じだけの時間を歩ませるはずだ。


「だから猶予は、あと十二年」


 長いようでいて、きっと短い。

 でも後悔はない。


「私が後悔するのは、この人生でもクロヴィス様との約束を果たせなかった、そのときだけ。でもそんなことは絶対に起こらないから」


 シアは胸を締め付ける最後の記憶を追い払うように、いつかの丘で交わした会話を思い出す。


『こんな小さな世界にとどまると仰るのなら、仕方がありません。小さな世界には小さな世界なりに、幸せな未来が待っているのでしょうね。あなたと共にあれば、いずれ素晴らしい景色が眺められる。そう信じておりますよ』


「約束しましたよね、その先の未来を見せてくれるって」


 あのとき、クロヴィスは「約束はできない」とそう口にしたけれど、確かにシアは誓ったのだ。

 幸せな未来を、彼が望む景色を。


(だから私は、この選択を後悔しない)


 たとえどんな代償を払おうとも。

 

「たとえ、すべてが叶ったその先の未来に、私が存在しなくても――……」




一章はこれにて完結です。

もしよければ、ブックマークや☆、感想などいただけると励みになります!


二章からは回帰編に突入です。

不定期更新になりますが、なるべく話がつながるよう書きたまったら更新していきます!

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