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18 凱旋(1)

 二週間後――。

 ザノックスの言った通りクロヴィス一行が凱旋すると、王都全体が歓喜に包まれた。


「第一王子万歳!」

「クロヴィス殿下、万歳!」


 王都が近づいたあたりで先ぶれが出されていたらしく、城下街に入る最初の門をくぐった瞬間から、地面が震えるような歓声と降り注ぐ花々に出迎えられた。


「あれが西部の領民や旅人を百人以上も襲ったっていう、魔物かい?」

「すごいな。その群れを二つも討伐されたなんて」

「やはり殿下は、剣王陛下の再来――……」


 しかも王都の中心街へ近づけば近づくほど、レンガ造りの街並みのいたるところに、クロヴィスを現す青い布が掲げられている。

 等間隔に建てられたガス灯。

 アパートが連なる民家のベランダやバルコニー。

 商店やサロンの屋根から伸びる錬鉄製の看板に至るまで。


 結ばれた青い布やリボンが風にはためいている様は、まさに彼一色に染まっている。

 何よりも国民の歓待ぶりは、歩道にずらりと立ち並ぶ、大勢の人々の表情を見れば明らかだった。

 クロヴィスを中心に騎乗した隊列が一糸乱れず大通りを進むたび、出迎えた誰もが興奮した様子で満面の笑顔とともに手を振った。


 と、一行が十字に交差した大通りへと、差し掛かったときだった。


 青いリボンで結ばれたあれは、マーガレットだろうか。

 父親に肩車された小さな少女が、手にしていた花束をクロヴィスへ向かって放ったのだ。

 白と青の花束は、綺麗な円を描きながら宙を舞い、そしてクロヴィスにあと一歩届かず、落下するように思えた。が、しかし。

 シアの主君は腕を伸ばして難なく掴むと、それを少女に向かって掲げて見せた。


 とたんに、ドッと歓声がひときわ大きく響き渡る。

 その様子を少し離れた時計塔の上から眺めていたシアは、ぽつりと小さく呟いた。


「まったく、やけちゃうなぁ……」


 言葉通り、声には少しの嫉妬が混じっている。

 当然それは、どこまでも格好いいクロヴィスに対するものではなく、彼の側でキラキラと煌めく時間を共有している人たちへ、だ。


 最初の門をくぐる前に、シアは一行から抜けていた。

 あそこは闇の世界に生きるシアには、少しだけ眩しすぎる。


(まあ、それに。ちょうど彼に用もあったんだけど)


「ずいぶんと、人を惹きつけるひとだと思わない?」


 風による損壊を防ぐため、時計塔の上層階の四方に大きく開かれた空間には、一見するとアーチの縁へ気だるげに寄りかかるシアしかいない。

 しかし、ふわりと風に弄ばれた髪を片手で押さえながら、シアは背後の闇を横目で見やりそう尋ねた。


「警戒心の強い狼も、好奇心が掻き立てられて巣穴から出てくるくらいだものね?」

「……冗談言うな」


 むっつりと呟くと、アッシュは闇から姿を現した。

 首の裏をこすりながら、足音を立てない独特の歩みでシアの隣に並ぶ。

 それから唐突に、灰色の瞳で呆れたようにシアを見下ろした。


「紅結晶を宿したインバルは、お前が狩ったんだろう?」

「ん?」

「あれはどう見たって、刃物による切り口じゃない」


 アッシュが顎をしゃくった後方の荷車には、彼が指摘したように、シアが魔法で吹き飛ばした二頭目のインバルの頭が据えられている。


「んー。勢い余って、つい?」


 首を傾げてそう言ったシアに、アッシュは乾いた笑みを浮かべた。


「はは……『勢い余って』で、体内で結晶石を生み出すほど長く生きた魔物を、殺るお前が恐ろしいわ」


 結晶石とは、魔力が結晶化してできた鉱物のことである。

 同じく百年以上生きる魔物の体内で赤く結晶化した結晶石を『紅結晶』または『赤い心臓(ルビーハート)』とそう呼ぶ。

 紅結晶は魔道具の材料としても、希少な装飾品としても取引される一方で、かなり採取が難しい珍品としても有名だ。

 そもそも百年以上生きた魔物は、遭遇したとしても簡単に狩れる存在ではないからだ。


「でも、よくお前があれを欲しがらなかったな。掌サイズ……売れば目の玉が飛び出るほどの額だぞ」


 インバルの首のそばに据えられた紅結晶と、武骨な自分の手とを比較し、アッシュは物珍しそうにシアを見る。

 それに対し、シアは灰色の瞳に向かって得意気に口角をつりあげた。


「殿下にはそれ以上の価値があるのかもよ」

「……え、まじで? どうしたんだ、お前? 頭でも打ったのか?」


(失礼な!)


 わざわざ一句一句区切って強調され、シアはむっとした。

 だから腹いせに、分厚いブーツの踵で、思い切り足を踏みつけてやる。


「ふん!」

「いて!?」


 もっとも、シアのブーツが特注なのと同じく、アッシュのブーツも頑丈なので、言うほど効果はなかったが。


「なんなのさ、もう。せっかく私がタリアから『金輪際、月狼とは関わらない』っていうゲッシュまで引き出してやったのに、礼の一つもないわけ?」

「おおう、悪かったって」

「そう思うのなら、くれるものがあるだろう?」


 ちょいちょいと片手を差し出せば、灰色の瞳に無言で見つめられる。


「ん」

「……」

「ケルマ金貨じゃなくて、カナリル金貨でね」

「っ!」


 シュエラ王国の金よりも、質の高さで知られる東国の通貨に、当然アッシュはひくっと口元を引きつらせる。


「それって、三倍以上の違いが……」

「当然、払えるでしょ?」

「っ~~~このっ、守銭奴め!」


 ぐっとこぶしを握り、わなわなと打ち震えた末に、結局アッシュは懐から金貨の入った巾着を取り出した。それから素直に、差し出されたシアの手へと落とす。


「ご愁傷様」


 チャリチャリと確かな手応えと音がして、シアはホクホク顔で微笑む。

 そんな彼女に若干ゲンナリした様子でアッシュが問いかける。


「は、それで、これからどうすんだ?」

「んー?」


 袋の口を開け、金貨の枚数を数えながら、シアは生返事で答える。


「これからって?」

「……帰って来いよ。王位争いなんて、ろくでもない」

「?」


 ぽつりと落ちた弱々しい呟きに、シアは思わず巾着から顔を上げた。

 そこには珍しく、所在無げな表情を浮かべた友がいた。


(帰る、か……)


 思えば十五歳を目前にして全てを失い、流れ着いた世界で堕ちていくばかりだったシアへ、手を差し伸べてくれたのはアッシュだけだった。

 金の稼ぎ方も、人の欺き方も、殺し方すらも。今のシアの技術は彼から学んだ。

『シア』として生きるようになって以来、アッシュと彼が束ねる闇ギルド『月狼』が、いつしかシアの家になっていた。


 そう気付いたのは、今さっき。

 彼が「帰ってこい」と口にした瞬間だ。


 ――ずっと、帰る家なんてないと思っていたのに。


「……」


(でも、ごめんね。多分もう私の帰りたい場所は、あのひとのそばなんだ)


 シアは掌を広げて、巾着を魔法空間へ収納する。

 それから再び大通りを行くクロヴィスへ視線を向け、穏やかな声でこう告げた。


「アッシュ、ごめんね。あなたには感謝してる」


 その短い台詞と横顔には、言葉以上の多くが込められていた。


「……っ。礼なんて言うな、馬鹿やろう」


 やはり彼にしては覇気のない悪態をつき、それからアッシュは、シアと同じようにクロヴィスの姿を目で追った。


「どいつもこいつも、『氷の王子様』がそんなにいいかね。確かに身分も見た目も良いけどな。そんなん落ちぶれちまえば、一瞬で――っと、クソ!」

「ふ、はは! ついでに耳もいいみたい」


 シアがそう答えたのは、噂話が聞こえたようにクロヴィスがこちらを見上げ、確かな殺気がアッシュ目掛けて放たれたからだ。

 多分、アッシュが闇ギルドの頭領――つまり、暗殺者の頂点に立つ男でなければ、その殺気にあてられることも無かっただろう。

 だが危機に瀕した猫のように全身の毛を逆立てて、アッシュは思わず一歩、退いてしまった。

 無意識の本能に、彼のプライドはもちろん傷ついた。


「何だってんだ、ちくしょう!? お前も第一王子もバケモンか! オーラは本来、武器に纏わすもんであって放つもんじゃねぇ! もういいさ、俺は抜けた。ふたりで仲良く世界征服でも何でもしてくれ――」


 そう吐き捨てるとアッシュは背を向けて歩き出す。だが、二歩ほど行ったところでくるっと反転し、大股でシアに近づいた。


「わっ、なにさ?」


 わしゃわしゃわしゃ、と頭を撫でられ、シアは抗議の声を上げる。

 そんな彼女にアッシュは告げた。


「くっそほど面白くないが、これだけは言っておく」

「?」


 唸る様に喉を鳴らした後で、アッシュはすっと表情を消す。


「最近の国王はどこか異様だ。第一王子を相手にすると、攻撃的な衝動が突き上げるのか。感情を抑えるたびに持病を発症している」

「それは……」

「世間が言うように、憎んでいるのではないらしい。だが……ただわかるのは、第一王子が王座を勝ち取るのは、想像以上に困難だってことだ」



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