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夫(予定)との夕食

「ん……ん……」


 ルカはゆっくりと目を開けると、見知らぬ天井が視界に飛び込んできた。


 ルカは一瞬自分がどこにいるのか分からなくなってパニックになりかけたが、少ししてからここが黒き竜を統べるオルシウスの館だということを思い出す。


‘そうだ。私は、オルシウス様とつがいになるために来たんだ……’


 起き上がったルカは、大きく伸びをした。


 ぐうぅぅぅぅ。


「っ!」


 お腹を思わず押さえた。


 窓から月が見えた。


 どうやらかなり長い間、眠っていたらしい。


 廊下に出たルカは、あたりを見回す。


 館はしんと静まりかえっている。


 ぐ、ぐうぅぅ……。


‘もう、恥ずかしい音を出さないで!’


 誰かに聞かれていたら、この聖女は食い意地が張っていると思われてしまうかもしれない。


「ルカ様」


「!」


 いきなり声をかけられて振り返ると、アニーが立っていた。


「あ、アニー……」


「起きられたのですね」


「今、何時か分かる?」


「午後七時でございます」


 かなりいい時間だ。


「あ、あのね……」


「お食事でございますよね。お部屋で取られますか? それとも食堂で? ただいまオルシウス様が夕食をお召し上がりになっておりますが」


「……食堂で食べるわ」


「こちらでございます」


 アニーに案内されて食堂へ向かう。


 食堂の長テーブルにはオルシウスが着いていて、食事を取っていた。


 アニーに椅子を引いてもらい、ルカはオルシウスと向かい会うように席に着く。


 早速、他のメイドが前菜を運んできてくれる。


「だいぶ眠っていたようだな」


「はい……。疲れが溜まっていたせいかもしれません。昨日の夜、よく眠れなかったもので」


「黒き竜へ嫁ぐのが嫌で、か?」


「いえ、そんなことはありません!」


「そうムキになって反論されると、図星のように聞こえるぞ」


「……申し訳ありません」


 ルカは俯く。


「おい」


「は、はい」


「食事をしに来たんじゃないのか?」


「いただきます……」


 前菜に手をつける。


 しゃきしゃきした根菜の甘みが口に広がる。


「美味しいっ」


 頬張るようにあっという間に食べてしまう。


「こんな美味しいものを食べたの、はじめてですっ!」


「大袈裟だろう。うまいのはその通りだが、都でも食べられていただろう」


「……は、はい、まあ……」


 ルカは曖昧に頷く。


「ま、料理を作った者にはお前が喜んでいたと伝えておく」


「是非、お願いいたしますっ」


 前菜を食べ終えると、メインディッシュが運ばれてくる。


 びっくりするくらい分厚いお肉だ。


 香ばしい匂いに、ぐぅぅぅぅ、と恥ずかしいくらい大きなお腹の音が鳴ってしまう。


「……!」


「食事をしながら腹を鳴らすなんて、器用な奴だ」


 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。


「……すみません。お腹がかなり空いていたもので」


「肉は食えるか?」


「大好物ですっ」


「魚は?」


「食べられます」


「食べられないものがあれば、アニーに言え」


「いえ、嫌いなものなんてありません!」


「強がる必要はないんだぞ」


「強がっているなんて滅相もありません。相当、特殊なものでない限り、食べられます!」


「他の聖女どもはあれが食えない、これが食えない、都のこういう料理でなければ口に合わないとうるさかったぞ」


「私はそんなことは言いません。心配は無用です」


 確かに聖女たちは上流階級の女性たちだから、偏食していてもおかしくはない。


 ルカだって子どもの頃は野菜やら魚やら食べられないものがかなりあった。


 今こうして好き嫌いなく大抵のものが食べられるようになったのは、皮肉なことに奴隷同然の暮らしを送り、食べたくない食べられないなんて贅沢を言うことが許されなかったからだ。


 ひもじさで眠れない夜を何度過ごしたか分からない。


「お前の心配をしているんじゃない。これを作った料理人、この素材を用意した家人たちのことを心配して言っている」


「そ、そうでしたか……」


 思わずフォークとナイフを動かす手を止めてしまう。


‘あぁ……世の中には、こんなにも使用人たちを想ってくれるような優しい主人がいたのね……’


 ルカが過ごしてきた家は使用人が消耗品のように扱われてきたこともあって、そんなささいなことにさえ、自分が経験した境遇とくらべて胸が熱くなって、ぐっときてしまう。


‘将来の妻になるか分からない聖女よりも、長く仕えている使用人たちのことをまず第一に慮るオルシウス様は、とてもお優しい方なんだわ!’


 眼光は鋭いし、ぶっきらぼうな口調だし、威圧感もある。


 でも使用人を想える心の持ち主。


 オルシウスのように、この屋敷の人々に自分も接するようにしなければ、とルカは決意する。


「食事中に泣きべそをかくな。まずくなる」


「も、申し訳ありません」


 目尻の涙をぬぐい、水をぐっと飲み干して昂ぶった感情をどうにか鎮め、肉を口に運んだ。


「部屋はどうだ?」


「とても快適で……あ、そうだ、オルシウス様。お願いがあるのですが」


「叶えてやれるかは分からないが、聞くだけ聞こう」


 オルシウスは何かを試すような口ぶりで言う。


「大工道具と木材を用意していただけますか?」


「……何?」


 オルシウスの表情が強張る。


「大工道具と木材が……」


「そんなもの、何に使う」


「机ががたつくので。調べてみましたら、横木がなくなっていました。あのままでは使いにくいので……。ですから……」


「自分で直すのか?」


「はい。あれくらいならどうにか」


 屋敷で他の使用人から怒鳴り散らされながら覚えさせられた修繕術がまさかこんなところで役に立つなんて。


「アニー」


 オルシウスは、ルカの背後に控えているメイドの名を呼ぶ。


「はい」


「あとで届けてやれ」


「かしこまりました」


 オルシウスの鋭い眼光がルカに向けられた。


‘オルシウス様、私が壊したとお疑いなのかしら……’


 とはいえ、ルカが壊していないことを証明する手立ては残念ながらない。


 オルシウスの鋭い眼差しが気になってしまい、ほとんど食べた気がしなかった。

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