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竜帝

 ひざまずいたアルマ・ウスフ・ズィヤマールは全身を恐怖で戦慄かせ、目の前にいる無表情で自分を蔑む男を見上げる。




 男の名は、オルシウス。




 下克上により竜世界を統べる竜帝の地位を簒奪した、黒き竜を束ねる者。




 百九十センチ近い堂々とした体躯を筋肉でよろった、黒髪に怜悧な光をたたえた暗紫色の双眸を持つ青年。




 そしてアルマは、オルシウスとつがいになるため、彼の領地へやってきた。




 今日はこの領地の土を踏んで、わずか三日目。




「……答えろ。アルマ。なぜメイドを殴った?」




 その声は全く温度を感じさせない。




‘これが仮にもこれから永遠の愛を誓うかもしれない相手にかける声……?’




 オルシウスは初対面から愛想の欠片もなかったが、今の彼の声には明確な敵意があった。




「お、お許しを……」




「質問に答えろ」




「…………ふ、不用意に私に触れたから、でございます」




「メイドはお前の身の回りの世話が仕事だ。触れずにどう世話をしろと?」




「わ、私は聖女で、伯爵家の人間です。あんな……」




 おぞましさに吐き気がする。




 一体いつから聖女という立場は祝福から、呪いになったのか。




「あんな、穢れた黒き竜なんかに……」




 しまった、とアルマが口を滑らせた時にはもう遅かった。




 オルシウスは目を細める。




「穢れた、か。ずいぶんな嫌われようだな。俺たちがお前に何かしたか?」




「……い、いえ……。陛下、どうか、お許しください……もう二度と、このようなこといたしません……」




「当然だ。この期に及んでも尚、お前がここで自由に過ごせるとでも思ったか?」




「!」




「俺とつがいになると言うことは、俺だけではない、領民を愛するということだ。メイドを穢らわしいと理不尽な暴力を振るう奴に出来るか? 無理だろうな」




 オルシウスは立ち上がると、腰の剣を抜く。




 よく研がれた刃に、怯えたアルマの顔が映り込む。




「ま、まさか……わ、私を、こ、殺すのですかっ!? たかがメイドを殴っただけで……!?」




「たかが? 聖女の傲慢さと浅ましさにはほとほと呆れ果てる。お前の前にやってきた妻候補の聖女どもも、揃いも揃ってクズだったが……」




 オルシウスが冷えた眼差しでアルマを睨み、迫ってくる。




 アルマは必死に腕を動かして逃げようとするが、あっという間に追いつかれてしまう。




「最期くらい聖女らしく威厳を持て」




 アルマめがけ、剣が振り下ろされる。




「いやあああああああああ……!!」







 オルシウスは剣を床に突き立てた。




 アルマは意識を失い、ぐったりする。




「陛下! 今の叫び声は……っ!?」




 部屋へ飛び込んできたのは、黒いローブに肩まで伸ばされた黒髪、神経質そうな眼差しの壮年の男――ギルヴァ。




 オルシウスの秘書を務める側近だ。




「な、何をなさったのですか……」




「少し脅かしただけだ。すぐにそいつを都へ送り返せ」




「陛下、ですが……」




「俺の領民をいたずらに虐げる者とつがいになれと言うのか、ギルヴァ」




「いいえ……。すぐに」




 ギルヴァは人を呼んで、アルマを部屋から連れ出させた。




「……これで、送り返す花嫁候補は何人目だ」




「十人目、でございます」




 領民はオルシウスにとって全て。




 この命は領民を守るためにのみ存在する。




 それに理由もなく手を出す者は誰であろうと許しはしない。




 にもかかわらず、これまでの婚約者である聖女たちはことごとく使用人や領民を蔑みの眼差しで見る者ばかりだった。




 いっそ見せしめに殺してやろうと思ったこともあったが、殺す価値もない連中の血でこの身が穢れるのはごめんだと追放するに留まっていた。




「ギルヴァ。もう聖女にはうんざりだ。どれだけあの女どもに民が傷つけられるのを見届けなければならない?」




「申し訳ございません……。まさか、ここまで聖女たちが歪んでいるとは。しかしあなたは今や竜帝です。優れた子をなすためにも、優れた聖女との婚姻は遂げていただきたいのです。それが黒き竜の将来にも……」




「もういい、下がれ」




 ギルヴァを見送ったオルシウスは小さく息を吐き出す。




‘竜帝、か……’




 下らない称号だが、それを求めたのはオルシウス自身だ。




 栄誉が欲しかったわけでも、栄華を求めた訳でもなかった。




 竜帝という地位が、領民を守るために必要だったのだ。




 竜帝という言葉を聞くたび、守りきれなかった者のことが思い出され、口の中に血の味を覚えた。

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