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集落へ

 朝食を終えたオルシウスは、外で待っていた兵士と共に馬にまたがる。


 朝食時にルカには見送りはいらないと言っておいたから、ギルヴァと使用人たちがオルシウスを見送りに出て来た。


 先に使用人たちを屋敷へ戻らせ、ギルヴァと二人きりになる。


「陛下、何か?」


「今日あたり、ルカは音を上げるだろう。いつでも都に送り出せる準備をしておけ」


「は?」


「今朝、俺が稽古している時にあいつが来たんだ」


「……どのようなご様子でしたか?」


「顔を洗うために井戸を探していて、偶然、修練場を見つけたらしい」


「アニーには命じなかったのですね。それも湯ではなく、冷えた水、ですか」


「目が腫れぼったかった。あれは泣いた痕だ。泣いたことを知られたくなかったから、アニーには頼まなかったんだろう」


「なるほど……。家が恋しくなったのでしょうか」


「所詮は上流階級の温室育ち。あれではどれほど我慢できても、いずれ心を病む」


「その前に、返すのですか?」


「心を病めば、別の竜のつがいになることが難しくなるだろう。そこまで試すつもりも、追い込む必要もない」


「では今日は屋敷で休ませるべきでは? 領民に会わせるのなら、また後日……」


「ダメだ。俺の妻になるんだ。こちらの都合で会う会わないは選べない。望まれた時にはいつでも駆けつけられなければ意味がない。それを試すことも兼ねているんだ。あとのことは頼んだ」


「……かしこまりました」


 オルシウスは馬腹を蹴り、馬を走らせた。



 兵士たちと共にオルシウスが屋敷を発つのを、ルカは部屋の窓から見送った。


「はぁ……」


 ため息がこぼれてしまう。


 今朝のことでオルシウスを怒らせてしまったのだろうか。


‘見送りには来るな、だなんて……’


 上半身とはいえ半裸の身体を拭うだなんて、まだ婚儀も執り行っていないうちからもう妻気取りかと、不快に思われたのだろうか。


 朝食時も、オルシウスは昨夜の夕食と打って変わって話しもせず、黙々と食べるだけ。


 その緊張感にルカも喋ってはいけないような気がして、終始黙っていた。


‘このままじゃ、そのうち追い返されてしまう……’


 不安と恐怖で胸が締め付けられ、苦しくなった。


 送り返されれば、ローザンとシェリルから役立たずと罵られ、殺されてしまうかもしれない。


‘オルシウス様のために食事を作ったらどうかしら。手の込んだものでなければどうにか作れるし……’


 アニーにオルシウスの好きなものを聞いてみよう、とルカは思いつく。


 それをこっそり練習して、手料理を食べてもらえれば、少しは機嫌を直してくれるかもしれない。


‘その前に、アニーに今朝のことを謝らないと’


 ノックの音に、ルカは顔を上げた。


「アニー?」


「いいえ、私です」


 この温度を感じさせない声の主は、屋敷の中では一人しかいない。


 ギルヴァだ。


「どうぞ」


「失礼いたします。陛下より、ルカ様を領民へ会わせるよう命じられました。今から出られますか?」


「はい……って、あぁ……このドレスでは不便ですよね」


 ドレスでは馬にも乗りにくいし、湿度の高い森の中でドレスは蒸れるし、不便だ。


「よろしければ、こちらで服をご用意させていただいても?」


「お願いします」


 ギルヴァはアニーに命じて、シャツとズボン、そしてブーツを持って来させる。


「では、アニー、支度の手伝い、頼んだぞ。――ルカ様、私は外でお待ちしております」


 ルカはベッドに腰かけ、アニーに手伝ってもらいながらブーツを履く。


「あの、アニー。今朝のことだけれど」


「……申し訳ありません。勝手に部屋に入るなど不躾でございました」


 アニーの沈んだ声に、ルカは慌てる。


「違うの。あなたに謝りたくって……!」


「謝る、でございますか?」


 アニーはぽかんとした顔をする。


「ええ。あなたは私の叫び声を聞いて心配してくれたのよね。でも私はあんな失礼な態度を取ってしまった……。本当は事情を説明すれば良かったんだけど、あの時は余裕が

なかったの。ごめんなさい」


 ルカが頭を下げると、アニーは慌てた。


「ルカ様、頭を下げるなんておやめください!」


「許してくれる?」


「許すも何もありません。……差し支えなければ、どうして叫び声をあげられたのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


「大したことじゃないの。実は怖い夢を見て……。幼い頃から見ている、すごく怖い夢だったの。最近は見ることもほとんどなかったんだけど、急に見てしまったの。それで泣いてしまって……」


「そうだったんですね。私はてっきり……」


「てっきり……何?」


「いえ、余計なことを申しました」


「教えて。私がオルシウス様と結婚すれば、あなたとは長い付き合いになるんだもの。お願いっ」


 アニーは少し言いにくそうに言い淀むが、手を合わせるルカに根負けたしたらしい。


「……ルカ様がここでの暮らしが嫌になって泣かれていると思ったんです。他の聖女の方々もみなさん、一週間も経たない内に同じような状況になって、それから数日と経たない内にここを去られていきましたから」


「なるほどね。たしかこれまで何人もの聖女がオルシウス様のもとを離れているのよね。私で何人目?」


「…………」


「アニー、私が何人目の花嫁候補だろうと別に何も思わないから。ね?」


「じゅ、」


「じゅ?」


「十一人目でございます」


「そんなに!?」


 予想外すぎる答えに、ルカは唖然としてしまう。


 せいぜい二、三人程度だろうと思っていたのだ。


「……はい」


「十一人目……。それは予想外だわ……」


 オルシウスはそれだけ花嫁に求めるこだわりが強いということなのだろう。


‘でも私はもう都へは帰れない……’


 都にルカの居場所などない。


 ルカはここにしがみつかなければいけないのだ。


 何が何でも。


「アニー。オルシウス様のために料理を作ってさしあげたいんだけど、お好きな料理を教えてくれない? やっぱりお肉料理?」


「もちろん肉料理もお好きではありますが、一番はやっぱりスクランブルエッグでございます」


「スクランブルエッグ!?」


 もっと手の込んだ豪華な料理を予想していただけに、驚いてしまう。


‘あの、オルシウス様が……’


 ルカは、スクランブルエッグを笑顔で頬張るオルシウスを想像しようとするけれど、うまくいかなかった。


 アニーが、ルカの反応に「くすっ」と微笑む。


「……ですよね。でも本当です。奥方様がまだ生きていらっしゃった頃、オルシウス様の誕生日に必ず作ってさしあげていたそうです。今でも誕生日にはスクランブルエッグをお召し上がりになるくらいなんですよ」


「そうなのね……。スクランブルエッグだったら、私にも作れそう」


「ブーツ、これくらいでどうでしょう」


「ありがとう。バッチリ」


 出かける準備を終えたルカは、アニーに「ありがとう」と笑いかけた。


 アニーと入れ違いに、ギルヴァが入って来た。


「準備はいかがですか?」


「いいわ」


「では参りましょう」


 ルカがギルヴァと一緒に外の厩へ向かう途中、


「……今朝、悲鳴をあげられて目覚められたと報告がありました」


 そう言われた。


「ご心配をおかけして、すみません。でも心配ありません。悪い夢を見ただけなんです。幼い頃から時々見る夢なんですけど、今朝、久しぶりに見てしまって……。それで思わず叫んでしまったんです」


「そうでしたか」


「はい。私は他の聖女のように尻尾を巻いて逃げたりはしませんっ!」


「る、ルカ様……」


「アニーから聞きました。オルシウス様にもそう伝えておいてくださいね」


「かしこまりました」


 ギルヴァはほっと安堵したような表情で頷いてくれる。


‘ギルヴァ様も、こんな柔らかな表情をされるのね’


 屋敷を出ると、厩からはすでに馬が引き出されており、護衛の兵士に助けられながら、ルカを馬にのせてくれる。


「ギルヴァ様」


「ルカ様。私めのことはギルヴァで結構でございます、あなたが様づけをされる御方は、陛下だけでいいのです。それから私への言葉遣いも丁寧である必要はございません」


「……ですが」


「あなたが陛下とご結婚されたあかつきには、我々の主人になるのですから。今のうちから馴れておくべきです」


「分かったわ、ギルヴァ。……これでいい?」


「結構でございます。それでいかがしましたか?」


「馬に乗れるようになりたいから、誰か馬の扱いに長けた人を紹介してくれる? いつまでも兵士の方に迷惑をおかけするのも申し訳がないから」


「かしこまりました。手配いたします」


「お願いね」


 はじめてこの森へやってきた時と同じように兵士がルカの乗った馬の轡を取り、ルカの左右を騎乗した兵士がぴったりと寄り添い、ギルヴァが先頭を行くという隊形で、沼から漂ってくる饐えたような腐臭のたちこめる道を進んで行く。


 それからどれだけ進んだだろうか、「ルカ様、見えてまいりました」とギルヴァが指さす。


「わ……!」


 ルカは思わず、声をあげてしまう。


 樹の上に家が建てられ、樹木の間には行き来をするための橋が渡されている。


 集落が樹の上に作られていた。

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