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早朝の遭遇

「いやああああああああああ……!」


 ルカは叫び、飛び起きる。


 全身に嫌な汗をじっとりとかいて、気持ち悪い。


 ルカは今が現実であることを確かめるように、自分の身体に触れた。


 そうしてはじめて、さっきまで見ていた映像が夢であると認識できた。


 両手で顔を覆う。


「……っ」


 目覚めたあとも夢のせいで、鼓動が痛いくらい脈打っていた。


‘最近、見ることもなかったのに……最悪だわ……’


 頬に触れると、涙の痕があった。


「ルカ様、今の叫び声は!?」


 アニーが部屋に飛び込んでくる。


 私は涙ぐんでいるところを見られまいと顔を背ける。


「来ないで!」


「ですが……」


「……な、何でもないから、は、早く出ていって……お願いっ!」


 ルカは悪夢を見た直後で心に余裕がなく、金切り声をあげてしまう。


「し、失礼いたしました……!」


 アニーは逃げるように部屋を出ていく。


‘あとで、アニーに謝らないと……’


 ルカは目元をぬぐう。


 今のひどい顔は、誰にも見せられない。


 どこかに井戸があるはずだから、使わせてもらおう。


 ベッドから抜け出したルカは、寒さにぶるりと震える。


 寝巻の上に一枚羽織り、靴を履いて廊下に出た。


 都の屋敷の井戸は、母屋の裏手に作られていた。


 きっと、ここでも井戸は目立たぬ場所にあるはず。


 廊下を進み、階段を下りる。


 その間に考えてしまうのはあの悪夢のこと。


 ルカの記憶にある限り、あんな必死で怖い形相の父の顔を見たのはあれが最初で最後。


 暗闇の中に閉じ込められ、それから何がどうなったのかは、よく覚えていない。


 眠ったのか、それとも意識を失ったのか。


 気付くと、ルカは自分の部屋のベッドに寝かされていた。


 次の日からは父は娘を暗闇に閉じ込めたことなど忘れてしまったみたいに、いつものように接してくれたけど、しばらくはルカは父を見ると逃げだした。


 しかし使用人に父が怖いと話しても、みんな、曖昧な表情をするばかりだったことが印象的だった。


 あんなにも必死に父を止めようとしてくれたはずなのに。


「……寒い」


 小刻みに震えながらも、屋敷の裏手へ回る。


 思った通り井戸があった。


 桶で水を組み上げ、冷えた水で顔を洗う。


 そのお陰で、目もばっちり冴えた。


 屋敷に戻ろうと思ったその時、声が聞こえた。


 うなり声のような、叫び声のような。


‘……狼……?’


 声は敷地の中から聞こえた。


 狼であったら騒ぎになっているだろう。


 ルカは好奇心を刺激され、声のする方に足を向けた。


 そこでは、いくつもの木で作られた人形があり、何かが鋭い光を放つ。


 それはよく研がれた剣の刃。


 そして剣を握るのは、


‘オルシウス様……!’


 オルシウスが上半身裸で剣を振るい、木製の人形を薙ぎ払い、斬り裂き、貫いていた。


 冴え渡った剣技の美しさに、ルカは呼吸をすることも忘れて魅入ってしまう。


「――誰だっ」


「!?」


 その声に、ルカは我に返った。


 オルシウスがその感情を一切読まさぬ暗紫色の瞳で、射るように見て来た。


「! も、申し訳ありません……!」


 頬を熱くしながら、ルカは頭を下げた。


「なぜここにいる?」


「井戸を探していましたら声が聞こえたので、何があるのかと来たら、オルシウス様が剣の稽古をされていて……」


 フン、とオルシウスは鼻を鳴らすと、修練場の片隅に脱ぎ捨てていたであろうシャツの上におかれたタオルで、首筋や胸元の乱暴に汗を拭う。


「オルシウス様、少しお待ち下さい……!」


「?」


 ルカは返事を聞かないまま井戸で水を汲むと、オルシウスの元へすぐに戻った。


「タオルをお貸し下さい」


「自分で拭ける」


「やらせて頂きたいのです。それに、背中は一人では難しいかと……」


 汗を吸ってしんなりしたタオルを受け取ると、それを汲んだばかりの井戸水で洗い、しっかりと搾る。


「では失礼します……」


 そこで背中に回って拭おうとするのだが、身長差のせいでうまくいかない。


 オルシウスは小さく息を吐き出すと、その場に胡座をかいてくれる。


「ありがとうございます……」


 どれだけ剣の稽古をしていたのだろう。


 黒髪が汗を吸い、毛先から汗が雫となって垂れている。


 そして鋼のような筋肉に覆われた身体からは湯気が立ち上っていた。


「女の身体じゃないんだ。もっと力を入れてくれ」


「は、はいっ」


 できるかぎり力を込める。


「……井戸を探していたと言ったな。なぜだ?」


「顔を洗おうと思いまして」


「アニーに頼まなかったのか?」


「……外の空気を吸いたかったので」


 背中や首筋を拭い、温くなったタオルをまた井戸水ですすいで、汗を丁寧に拭っていった。


「今日だが集落を訪ね、領民に会え。俺の妻となるなら、領民のことを知る必要がある」


「かしこまりました。オルシウス様と、ですか?」


「ギルヴァとだ」


「はい。……オルシウス様のご予定は?」


「今日は領地の巡回だ」


「ご苦労様でございます」


「もう背中はいい。あとは自分でやる」


「分かりました。それでは、また朝食の時に……」


「……ああ」


 ルカは深々と頭を下げ、屋敷に戻った。

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