幕間2−2 激鎚の小熊
エルザは鉤爪の戦士団の副長の立場にある。
今は亡き“大盾”のベルクと“斧槍”のエイダ、ふたりの名高い戦士の長女として生まれたエルザは幼い頃より武芸全般に秀でた才を見せた。
将来は両親を超える偉大な戦士になると周囲は大いに期待していた。
だが、エルザには戦士として致命的なまでの弱点があった。
それは体格である。
どれほど鍛練をしても、類い希なる武芸の才能があったとしても、体格差というハンデは致命的な弱点になりうる。
エルザは幼い頃から負けてばかりだった。
ケンカ、木登り、子供たちでやる弱い魔物狩り。
同年代に比べてずっと小柄だったエルザは何をやっても遅れをとってばかりだった。
戦士団に入ってからもあっという間に同期に差をつけられ、落ちこぼれ一歩手前。
愛らしい顔立ちの童顔ということもあってついたあだ名は“小熊”のエルザだ。
だが、どれほど周囲に笑われてもエルザは偉大な戦士になることを諦めなかった。
嘲りも蔑みもまったくと言っていいほど意に介さず、黙々と鍛練を積み重ね続けた。
その努力と研鑽が実り才能が開花したのはエルザが十四歳の時だった。
魔物討伐に向かった先でエルザの大事な斧が壊れてしまった。
誰よりも鍛練をしたがゆえの不運だったが、戦士にとって愛用の武器は命も同然。日頃の手入れを怠ったとみられてしまう。
まして任務の真っ最中に壊れてしまったとあっては叱責どころか失望されても仕方が無かった。
エルザは生まれて初めて自らを強く恥じた。
誰にどんな心ない言葉をかけられても眉一つ動かさなかった少女は、顔から火が出るかと思うほどの屈辱と羞恥に文字通り《《爆発》》したのだ。
壊れた斧の代わりに折れた石柱を振り回してたったひとりで魔物の群れを壊滅させてしまった。
石柱が魔物を殴打する度に起こる爆発。
戦いの跡はまるで爆弾の雨でも降ったかのような有様だったという。
それ以降エルザは得物を斧から戦鎚に変えた。
魔法が生み出す“爆発”に耐えうる頑丈な得物が必要だったからだ。
それでもエルザが本気を出せば、数回の戦闘で戦鎚の頭が使い物にならなくなってしまう。
そこで頭は適宜交換できるように改造した。
“爆発”を収束させたり逆に広範囲に噴射できるように形状にも工夫をした。
これには魔族の兵器開発部が協力を惜しまなかった。
普段、日陰にいて目立つことのない開発部に足しげく通う美少女は、あっという間に技術者たちのアイドルになった。
“激鎚”のエルザ
いつの間にか、エルザはそう呼ばれるようになった。
もうどこにもエルザを“小熊”などと笑う者はいなくなっていた。
何事にも動じぬ冷静さと戦いにおける苛烈さを合わせ持つ彼女は、いずれ鉤爪の戦士団を率いる立場になるだろうと言われるようになっていく。
そんなエルザが珍しく困惑していた。
原因は、橋の上空に現れた謎の魔族だった。
「あれは……姫様?」
魔族であればあの“ツノ”を見間違うはずがない。
だが、なぜ頭にズタ袋をかぶっているのだろう。
おまけに宙に浮いている。
魔族は数多の魔法を生み出してきたが、いまだに空を自由に飛び回ることだけはできていない。
様々な“常識外”の出来事が冷静なエルザを動揺させていた。
「聞け! 死にたくなければ、橋から離れなさい!」
そこへ聞こえてきた声は、さらにエルザを困惑させた。
そんなエルザの肩を掴んだのは、弟のニコラスだった。
「副長、今すぐここを離れましょう」
「ニコラス……し、しかし母さ……戦士長からはここで同盟軍を迎え撃つように言われています」
「そんなこと言ってる場合じゃありません! あれは姫様です!」
ニコラスの言はなんの理由にもなっていなかったが、その真剣な目と何よりアリステル姫が関わっているという事実がエルザに決断をさせた。
「ここから離れる!」
副長の言葉に戦士たちはすぐさま行動をはじめた。
馬に跨がり全速力で橋から距離をとった。
しばらくして、背後で眩い光が発せられたのがわかった。
振り返ると、何かが橋を飲み込んでいき跡形もなく消し去るのが見えた。
恐るべき力だった。
あれに比べれば自分の魔法など児戯にも等しい。
アリステル姫──始祖の魔王と同じ“ツノ”を持つたった十二才の少女が見せた力。
エルザは生まれて初めてヒトに対して恐怖をおぼえた。




