国は滅べど想いは続く
そうしてローガンさんについていった先は領主のお屋敷だった。
裏庭にひっそりと佇む古井戸までやってくると、ローガンさんは何やら操作しはじめる。
すると、井戸の積み石がカタカタと動きだして地下へと続く階段に姿を変えた。
「おお、すごい。石の一つ一つに<修復>の源理文字が刻んであるんだ。一度階段を作ってから砕いて井戸にしたのね」
「おっしゃる通りです。さすが、最年少で“塔”に招かれたほどのご才覚」
「いやぁ」
こんな風に持ち上げられるの、久しぶりなんで照れるね。
そういえば魔界の方はどうなってるのかな。
橋を壊しちゃったこと大問題とかになってなきゃいいけど。
なんてことを考えながらローガンさんと一緒に地下へと降りていく。
私たちが進むのに合わせて後ろの階段がまた井戸のかたちへと戻っていった。
地下には魔法の灯りが設置されていて、私たちが近づくと自動的に光はじめる。
全体的に、かなり凝った作りだ。
「これ、あの領主が作らせたの?」
「いいえ。この地下道のことは領主……元領主も知りません」
「知らない? 自分の屋敷なのに? じゃあ、なんでローガンさんは……」
「長い話になります」
そう言ったものの、私があまりにも聞きたそうな顔をしていたのかローガンさんはゆっくりと語りはじめた。
「ご存じでしょうか。この辺りはかつてポーリア公国という小さな国でした」
それは以前にマトゥーカさんから聞いたことがあった。
小さな国だが、広大な穀倉地帯とギヨッド河の豊かな恵のおかげもあってとても平和な国だったと。
なにより、珍しく魔族と国交を持った人間の国。
「うん。知ってる。確か王様が魔族の女の子に一目惚れしちゃって魔界まで探しに行ったんでしょ」
「ええ、その通りです」
クスリと笑ってローガンさんは続ける。
「国王陛下と王妃様はそれもう仲睦まじいご夫妻でした。お二人にあてられたのか、国民たちの中にも結婚ブームのようなものが巻き起こったほどです。多くの人間と魔族が縁を結び、子をなしました。私もその一人です」
ということは、ローガンさんは人間と魔族のハーフなんだ。
魔族の印がほとんど目立たないのはそういうわけなんだ
「庭師だった父とメイドだった母はこのお屋敷で出会い私を産みました」
「この屋敷って、もともとはポーリアのものだったんだ」
通りで外観と中身が合ってないわけだ。
きっと住んでいた領主の趣味が悪かったんだね。
「ここは第三王子様の離宮でした。聡明なお方でしたが、生まれつきお身体が弱かったため王宮を離れて暮らしておられました。歳の近い子供が他にいなかったこともあり、私は幼い頃より王子様のお側に仕えておりました。特別なことは何もありませんでしたが、穏やかな日々でした。当時、子供だった私はこの時間が一生続くと思っていました。ですが……」
「イルランドが攻めてきたんだね」
そこまでは私も聞いている。
魔族を毛嫌いするイルランドの王様は難癖つけてポーリアを平定しちゃったって。
「確か、魔族はみんな殺されちゃったのよね」
「はい。魔族はもちろん、魔族との間に生まれた子供、魔族の子をお腹に宿した妊婦、とにかく魔族と深く関わった者は誰であれ容赦なく殺されました」
「ひどい……」
いったい何がそこまでさせたのだろう。
確かに魔族は人間より強靭な身体を持っているし寿命も長い。
ツノや尻尾がある。魔法という力も持っている。人間が脅威に思うのは仕方ないのかもしれない。
だけど、同じ言葉で話合うことができるのに。
実際、ポーリアという国は人間と魔族が仲良くしていたはずだ。
「イルランドの粛清はここにもやってきました。離宮に仕えていた者たちは唯一残ったポーリア王家の血筋であるあの方を逃がすため多くが剣をとり戦いました。子供だった私はあの方と共にこの地下道を通って脱出するように言われました。父と母と言葉を交わしたのはそれが最後です。その後も、護衛が一人減り二人減り、気付けば私とあの方だけになっていました」
ローガンさんは詳しくは語らなかったけど、親しい人たちが次々と死んでいく光景はとても恐ろしいものだっただろう。
私には想像もつかない。
「昼も夜もなく私たちはひたすら走りました。他にどうすればいいかわからなかったのです。ですが、子供の足で進める距離などたかが知れています。すぐに追っ手やってきて……その後のことは覚えておりません」
そこで言葉を句切ると、ローガンさんは少し遠い目をする。
「私は運良く生き延び、こうしてあの方との想い出が残る屋敷に戻ってくることができました。残る人生はここで静かに過ごしたいと思っています」
確か、ポーリアが滅びたのは百年くらい前だ。
魔族と人間のハーフがどのくらいの寿命があるかわからないけど、ローガンさんはこれからも長い時間を想い出の場所で過ごすのだろう。
穏やかで静か、でも少し寂しい選択だと思った。
それから私たちは地下道をしばらく歩いて地上に出た。
出口は街の外にある麦挽きのための風車小屋の中にあった。
「姫様はこれからどうされるのですか?」
「うーん、とりあえず大きな街に向かうかな。聖王国に行きたいのよねー」
勇者とか教会とか聖遺物とか、いろいろ気になることがありまくりだ。
きっとそういうのを知るには聖王国が一番だと思う。
「あ! もしかしてケンネルさんに報告しちゃう!? それはけっこう困るんだけど」
「姫様は、まだやるべきことがおありになるのですね。では、先ほどのご発言は忘れることにいたします」
「やった! ありがとうローガンさん!」
最初は怖い人だと思ったけど、実はとっても良いヒトだった。
「ついでと言ってはなんですが、イルランドの王都に向かうことをお薦めいたします。月に一度、聖王国と往復をする商隊があります。商隊の中に懇意にしている者がおりますので、私からの紹介だと言えば同行させてもらえるでしょう」
「ほんと、すっごく助かる!」
重ね重ねローガンさんにはお世話になりっぱなしになってしまった。
「あらためてありがとうローガンさん。何かお礼をしたいんだけど、今はちょっと何もできそうになくて」
「どうかお気になさらず。将来の魔王陛下のお役に立てたと思えば、身に余る光栄にございます。それに……」
「それに?」
「姫様がお作りになられた、ギョショウというもの。あれはポーリアでは『ガルム』と呼ばれていて、古くから使われていたものでございます。国が絶え、二度と味わえないものと思っておりましたがまさかふたたび口にすることができるとは思いませんでした。感謝してもしきれません」
そっか。ローガンさんはポーリアの味を覚えている数少ないヒトなんだ。
マトゥーカさんに教えてあげたいなあ。
「感謝なんて……。こんなことしかできなくてごめんなさい。その頃私が魔王だったら何がなんでも王子様やローガンさんの国のこと助けにいったのに」
ふんす! と鼻息荒くする私をなぜかローガンさんは驚いた顔をして見る。
「もしやと思いましたが、おそらく姫様は勘違いをしておられます」
「へ……?」
「当時の魔王陛下に救われた私たちは魔界に迎えられました。それから八十年、魔族としては決して長生きとは言えませんが、最後は子供たちに囲まれながらあの人は静かに息を引き取りました」
「あの人って……あ、ああああ!!」
王子様は生き延びたんだ!
それで、ローガンさんと結ばれて……。
国を失ったけど、王子様とメイドの恋は実ったってこと!?
なにそれときめく!
「イルランドとの外交上、ポーリア王家の名を残すわけにはまいりませんでしたが血筋は今も魔界にて受け継がれております。ちなみに私たちの息子の一人は先々代の魔王陛下の入り婿なのですよ」
「先々代ってことは……ローガンさんって私のひいおばあちゃん!?」
たたみかけるように衝撃の事実が告げられた。
じゃあ私、ポーリアの王様の子孫なんだ。
いやービックリだよ。
「ポーリア王家の血をひくお方が、こうしてポーリアの民をお救いくださいましたことに今一度感謝を」
ローガンさんはそう言って、ふたたび臣下の礼を執るのだった。




