勇者の倒し方
「『源理』とは、この世界のありとあらゆるモノを構成する目には見えないもののことです」
一番最初の魔法の授業で、メリッサは私にそう教えてくれた。
この『源理』を発見したのが私のご先祖様である始祖の魔王アリカトルヤだ。
ご先祖様は二十四種類の『源理』を発見し、それらを組み合わせることで発現する『魔法』という技術を確立させたという。
だが、それは実は正しくはない。
アリカトルヤは『源理』を“発見”したのではなく“創った”のだと、今度はまた別の人に教わった。
この時すでに「ええい、どっちやねん!」と、居もしない私の心の中の関西人がツッコミを入れていた。
その後、魔法を学ぶためアリカトルヤ高等学院へと進学した私は、一つの『手記』に出会う。
『手記』は『アリカトルヤ手稿』とか『アリカトルヤ写本』とか呼ばれていた。
名前の通り、始祖の魔王アリカトルヤが記したとされるもので、そこには未発見の《《二十五番目の『源理』》》についてのヒントがあるということだった。
アリカトルヤ高等学院の魔法研究科──通称『塔』では、この二十五番目の『源理』を見つけ出すことが至上命題とされている。
『塔』に入ることを許された私には、最初にこのことが告げられ『アリカトルヤ手稿』の閲覧が許された。
劣化防止と盗難防止の魔法が厳重に施された革張りの本は、意外と薄かった。
ページを開き、ざっと中身を閲覧した私は驚愕し、そして思わずツッコんでいた。
「これ、中二病ノートじゃん!!!!」
ノートの端々に書き殴られた文字、落書きのようなイラスト、ぼんやりしながら手慰みで描いたであろう謎の模様。あらゆる場所からアリカトルヤという人の性格がにじみ出ていた。そして読んでいるとなぜか無性にこっぱずかしくなった。
おそらく、アリカトルヤという人は私と同じ生粋のオタ女子だったのだ。
今や伝説の人となったアリカトルヤはほとんど崇拝の対象になっている。
他の人たちはまさかこれがただの妄想を書き殴ったメモ帳であるとは想像すらできないのだろう。
私は確信した。
アリカトルヤは『源理』を“発見”したのでもなければ“創った”のでもない。
ましてや二十五番目の『源理』なんて存在しないのだと。
だけど一つだけ、手稿の中に気になる箇所があった。
『R.T』
ノートの最後に書かれていたサイン。
前世の私──『遠山リカ』が書類なんかによく使っていたものだ。
手慣れた書き方も癖のある『R』の形も間違いなく私の筆跡だった。
なぜ──
そう思うのと同時に、私の中にとある光景が流れ込んできた。
そこは私もよく知る魔王の城の会議室だった。
誰かまでは判別がつかなかったが、みんなおそらく魔族。
見慣れたツノの形から少なくとも一人はご先祖様《》だということがわかった。
「“神”を解体するというのか」
「やるしかないのよ。だってこのままじゃ……」
「とてつもない時間がかかるよ。こっちの時間で何億年って単位だ」
「高位自律型で分散処理する。六体……いえ、私たちが確保している七体すべて使うわ」
「単純に七分の一して、それでも何千万年か……」
「それだけじゃない。私たちみんなの霊核がある」
「そうか、一つ一つの処理能力は小さくても並列化すれば効率は跳ね上がる」
「ええ。そのためにも、この世界に『魔法』を実装する」
会話の内容は半分も理解できなかったけど、強大な存在に対抗しようとしていることだけは伝わってきた。
文字通りの“神”なのか、もしくはそれに等しい超越した存在なのか──
次に見えてきたのも同じ会議室だった。
年月が経ったのか顔ぶれが少し違っていた。
なにより、アリカトルヤが座っていた魔王の席は空だった。
「この世界の人間が神威を使ったって!?」
「間違いない。おそらくアレが僕たちに対抗しようとして、人間たちの遺伝情報に手を加えていたんだ」
「霊核を持つ生物を増やすための融和政策が裏目にでたな」
「くそっ! 全部、イコルの野郎のせいだ!」
「今さら言っても仕方ない。大事なのはこれからどうするかだよ。人間の軍隊はすぐそこまで来てるんだ」
「迎え撃ちましょう」
そう言ったのは一人の魔族の女性だった。
途端に、会議の参加者たちが声をあげる。
「バカを言うな! そりゃ人間と戦争をするってことだぞ!」
「そうだよ、それだけは避けようって決めたじゃないか」
「じゃあどうするの? 解散して散り散りバラバラに逃げる? それこそあり得ないでしょ。ここは、この国はあの人が残してくれたみんなの居場所なのよ」
そのヒトの言葉に誰も反論はできなかった。
「手分けして各クランの代表に声をかけましょう。この国を守るために力を貸してほしいって。全体指揮は私がとる」
各々が「わかった」と答えて席を立っていく中、最後まで残った一人が彼女に声をかけた。
「今や『勇者』は人間たちの方で、僕たちは『魔族』ってわけか。さしずめ君は新たな『魔王』ってところかな」
「やめてよ……私なんて……」
少しでも空気を軽くしようとしたのだろうか。
それとも、彼なりの皮肉だったのか。
『魔王』と呼ばれたそのヒトは、ひどく悲しそうに見えた。
* * *
遥か眼下にポール・ブリッジが見える。
大昔には橋の上に街が一つあったという巨大な建造物も、ここから見れば普通の橋とかわらない。
「本当はね、自分の手を汚してでも仲間を守ったヒトが一番偉くて、労われるべきなのよ。でも、あの魔王は歴史の教科書に名前すら載ってなかった」
「なんの話じゃ?」
「私には無理だなーって話」
私には人間を手にかけることはできない。そんな度胸はない。
だけど、彼女たちが守り、残してくれた場所を今度は私が守りたい。
そう思った。
高く掲げた右手に魔力を込める。
トプン……と、全身が魔力という海の中に沈む感覚。
そして自分がこの世界とは別の次元に接続されたことがわかる。
「接続要求。管理者名:RikaTouyama」
──確認。パスコードを入力してください。
「パスコードは……“くたばれ部長”!」
──確認中。
──接続を承認しました。おかえりなさいリカ。
「うん。ただいま」
私をリカと呼び「おかえりなさい」と優しく声をかけてくる彼女はいったい誰なのだろう。
わからん。わからんが、今はそんなことどうでもいい。
「あの橋をぶっ壊したいの。できる?」
──可能です。ビッグブリッジは破壊不可構造物ですが、リカにはそれを構成する不滅鉱への最上位干渉権限があります。
「なんだかよくわからないけど、できるならそれでいいわ」
初めに気付いたのは七年前。
私のヤケクソでめちゃくちゃな魔法が“橋”をぶっ壊した時だった。
そしてご先祖様の『中二病ノート』に触れたことで確信した。
創世から存在する“橋”は神が創ったもので、どんな手段を用いても傷一つつけることができない。
しかし、なぜか私にはぶっ壊せた。
お姫様に生まれた以外、チート能力みたいなものは持っていないと思っていたけどしっかりあったらしい。
うーん……だからって、なんでもぶっ壊せる能力って……。
高校時代、“破壊王”と呼ばれた私にピッタリすぎる能力かもしれないが、あんまり嬉しくない。
「どうやればいい? やり方を教えて」
──では、構築詩群をロードします。
その言葉と同時に、頭の中に呪文の措辞が浮かんでくる。
思った通り、呪文の中に源理を示す文字は存在しなかった。
厳密に言えばこれは魔法であって魔法じゃないからだ。
源理のさらに深奥にある過程であり法則。
“神”と呼ばれた“何か”を蕩かすエントロピーの増大。
なんのことだかさっぱりわからないのに、なぜだかずっと前から知っている。
だから私は、当たり前のようにその呪文を口にする。
「──黄金の林檎 常若の果実 禁を破るは簒奪の鷲
雷鳴轟く宮殿を檻に不滅なる盟約を破らん
怒れる神々はワタリガラスの嘶きをもって黄昏へと至る──」
呪文という“呼びかけ”は、どこか異なる場所、異なる次元にいる“何か”を目覚めさせる。
知性はあるが理性を持たないその“何か”は、機械のように私の意図をこちらの世界に具現化させるために動き出した。
やがて、私の手の平の上に“雫”が一つ生まれた。
あらゆるもの壊して源初に戻す乾坤の一滴。
「聞け! 死にたくなければ、橋から離れなさい!」
<音>の源理で拡声した声に<支配>の旋律を乗せて周囲一帯に警告する。
これで皆、命がけで逃げてくれるだろう。
「じゃあ、いくわよ……って、そういえばなんて名前の魔法なのこれ?」
──現象として具現化されたことがないため固有の名称はありません。そもそも精霊機構に依存するプロセスではありませんので魔法と呼ぶべきではないかと。
はいはい。名前が欲しいなら勝手につけろってことね。
「よし、決めた!」
勇者を倒すには、勇者なんて必要とされない世界を創ればいい。
それは大変な道のりだけど、方法はきっと一つじゃない。
だからこの魔法の名前は──
「いくわよ……“正しい勇者の倒し方”!」
強く握りしめた“雫”が手の中で輝きを放つ。
その拳を、私は思い切り眼下に向かって振り下ろした。
私から放たれた一条の光は彗星の軌跡のように真っ直ぐ地上へと突き刺さる。
一瞬の静寂の後、光が爆発した。
光は嵐のような力の乱流となって橋を粉砕し粉々にしていく。
橋だけでは飽き足らず対岸の岸壁をも削り取りながら広がっていった力の奔流が、対岸にいた人たちを飲み込もうとする直前──私は拳をもう一度強く握りしめた。
すると一転、嵐は空中の一転に向かって収束をはじめる。
微粒子レベルにまで分解された橋の瓦礫や削り取られた岸壁は荒れ狂う力と一緒に針の穴よりも小さな穴に吸い込まれて跡形もなく消え去った。
そして球状に切り取られた大地に、一瞬遅れて自分かたちを思い出したかのように大河が流れ混んでいく。
「うん。綺麗さっぱりなくなったわね。橋」
「他にもいろいろなくなっておる気がするのじゃが?」
「あー……」
言われてみれば橋の対岸に睨み会うように建てられていた見張り塔が削れて、書き割りを裏から見たみたいになっている。
「まあ、いいじゃない。誰も死んでないんだし。何より橋がなくなれば戦争も起きない! 無事解決! やったね!」
りっくんの背の上で、私は高らかに宣言した。
第一部おしまい。
次回更新からはエピローグになります。




